#7 チェレン薬舗――ビビアンの旧友【リオラン&ビビアン】
再びリオラン&ビビアンです。
大通りから離れた路地は、濃密な花の香りに満ちていた。
ぐねぐねと細い道の先に、古びた看板を掲げた小さな店――『チェレン薬舗』掠れた文字で、そう書かれていた。
背の低い扉をくぐれば、コロンと木鈴の軽い音。
壁の棚には、花や木の実、薬草、粉や液体、そして何かの骨まで並んでいる。
街に買い出しに来た師弟が、休憩がてらに寄ったのだが――
狭い店内の唯一のテーブルで、リオランは“死んでいた”。
「死ぬんじゃないわよ。少し歩いただけでしょ!」
コトリと置かれたマグから、香辛料と煮詰めたミルクの甘い香りが漂った。
「人混み……にがて」
机に突っ伏したまま、消え入りそうに答えるリオラン。
「せまっ! おいビルトラウド、お前がいると余計狭ぇ!」
奥から割れた声。暖簾を押しのけて現れたのは、汚れた前掛けにボサボサ頭の女店主・チェレン。
「やだ、チェレン。ビビアンと呼びなさい。美しくない」
「お前の格好の方がどうかと思うぞ……」
自分の分まで茶を淹れたビビアンは、優雅にティーカップを傾ける。
貴族らしい所作――だが、筋肉で張ったワンピースが悲鳴を上げていた。
(スカートさん、ご愁傷さま……)
チェレンは内心で合掌した。
「で、この子は?」
壁際をすり抜けて、チェレンはリオランの向かいに腰を下ろす。
「リオランよ。久々の人里で、人酔いしたの」
「へぇ……まさか、あの“リオラン”かい?」
興味本位にチェレンは少女をつついてみる。
「うぐ……」
「ほんとだ、死んでる。おい、その茶飲んでみな」
渋々マグを口にしたリオランの目が丸くなる。
ほんの一口すすっただけで、口の中で香りが爆発、まるで匂いの博物館だ。
「これ……なに?」
「うまいだろ!」
みるみる生気が戻っていく。
「ただの薬茶じゃない……魔力が整う。回復草のポンポン茶……いや違う。もっと複雑――」
ぶつぶつと呟き始めたリオランに、ビビアンが苦笑した。
「ごめんなさいね。この子、研究おバカで」
「いや、親近感沸くわ。……テメェは勝手に棚を漁るな!」
何か良い茶菓子はないかと、ビビアンは棚の瓶を吟味中。
「綺麗にしてあげてるだけよ……あら、ドライフルーツ。いいじゃない」
「ここは薬屋だ! 茶屋じゃねえ!」
やれやれと椅子に座るビビアンに、チェレンが言った。
「たまには実家に顔出せば? 茶くらい出してくれるだろ」
ビビアンの手が止まる。
「いいえ。弟のシュエルラウドがね、『やっぱり無理だ後継なんて! 兄ちゃん変わって!』ですって」
「あー……弟くん」
顔色をくもらせたビビアンを前に、少し柔らかくなるチェレンの声。
古くからの腐れ縁だ。
ビルトラウドが、伯爵家に勘当され、身一つで魔塔で身を立てるまで。
苦労するのを間近で見てきた。
気の利いた言葉でもかけようとした瞬間、
「まったく、“姉さま”と呼びなさいと言ってるのに!」
「……そっちかよ」
チェレンが向かいを見ると、マグの影から覗く二つの瞳。
「お。お姉さんに質問かい?」
「ふたり……仲良し」
ポツリと呟かれた言葉に、大人組2人は硬直した。
「ないな」「ないわね」
一拍遅れて息の合った返事がくる。
その様子に、相変わらずマグを盾にして窺いながらも、リオランは感心した。
(先生のこんなくつろいだ姿、始めて見るかも)
「何か考えてるみたいだけど、絶対ぇ違うからな!」
ふむ、と内心頷くリオランに、チェレンが身震いしながら釘を差した。
「これ……中身、なに?」
そんなことより本題はこちらだ。
リオランは手元のマグカップを突き出した。
「お目が高いな。それは――」
「駄目よ、リオ。それは買い物のあと。教えてほしければ、付き合いなさい」
ピシャリと師に遮られ、むうっと膨れるリオランだが。
「元気になったわね。さ、行くわよ」
さっと立ち上がったビビアンは、気の乗らない弟子を引きずるように扉へと向かった。
「おー、いってら。薬茶の話できるの、楽しみにしてるよ」
軽く手を上げるチェレンは、店の奥に引っ込んだ。
手を引かれながらも、薬茶への未練からリオランは振り返る。
すると、暖簾がふわりと揺れて――
「……心配しなくても、あいつの"1番"は君さ」
店主はそっと、リオランの耳にささやいた。
割れた声が存外優しく、にっこり少女を見送った。
お読みいただきありがとうございました。
時系列は「#1 師弟の買い物」の途中にあたります。
チェレン薬舗は後に代々、歴代の最強ババアの行きつけ薬屋になるのだとか……。
作中の薬茶は、マサラチャイをイメージして書きました。体が温まって作者の大好きな飲み物です。
それでは、また来週。
次回は歴代でも珍しい、男の最強ババアの物語を予定しております。
続編ともリンクする物語。
よろしければ、もうしばらくお付き合いくださいませ。




