#6 始まりの黒人形
初代・最強ババアことリオランの晩年です。
天下の最強ババア、越えるべき壁、天才のあたしに相応しいライバル……。
でもやっぱり1番は――"あたしの大好きな師匠"。
引きこもりだし、喋るのすぐに面倒がるし、教えるのが壊滅的に下手くそで、研究おばかで生活力は皆無……。
そんなダメダメな師匠だけど、でもやっぱりあたしの師匠はあいつだけだ。
師匠が亡くなったとき、なんかの冗談かと思った。
いや、もうとっくに百歳超えたババアだからさ。
いつお迎えがきたっておかしくない。
そんなことは分かってたんだ。
「だからって――。お前まで、いなくなることないだろ!?」
***
魔女の小屋の、奥の部屋。
この家の主の寝室の扉が、今朝はいつまで経っても開かない。
生活リズムも乱れがちな師匠は、昼過ぎまで寝てることも多かった。
けれど、その日は予感がしてたんだ。
だから――そんなに驚きはしなかったと思う。
珍しくベッドの上で、これまた珍しくきちんと布団も被って寝ている。
出会った時よりひと回りも二回りも小さくなったリオランが、既に冷たくなっていても。
そっと髪を整える。
真っ白な長髪は、百歳の婆さんとは思えないくらいサラサラで。
ベッド脇に椅子を寄せて、あたしはしばらくボーッと眺めてた。
キィーィ……。
少しガタが来ている扉が小さくきしみ、隙間から黒い影が部屋の中へと滑り込んできた。
影はぴょんとベッドに飛び乗り、師匠の体にピタリと寄り添った。
「イチ……」
翼のないドラゴン・イチ。
最強ババアの手元に残った最後の使い魔。
主の孤独に最後まで寄り添った、優しいドラゴンだ。
「気持ち、分かるよ」
あたしは泣かないし、ドラゴンのイチは涙を流さない。
けれど、その黒い体全身で、悲しいと訴えていた。
そっと背中を撫でてやろうと手を伸ばし――
濃密な黒い霧が、イチの体から溢れ出す。
しゅるしゅるる……
たちまちドラゴンの肉体は崩れ去り、霧の塊へと変じた。
もうもうとそれは隣に横たわるリオランの体を覆い尽くし、
「まさか、おい!」
慌てて静止しようとするが間に合わない。
水に触れた角砂糖の様に、リオランの体が溶け始めた。
みるみる輪郭が解け、黒い霧が師匠の体を、光の粒子へ変えていく。
――僅か数秒の出来事だった。
ベッドの上に残るのは、たった1枚の黒い布。
「お前……」
光の粒子が、残渣のように白く煌めく。
繋ぎ止めようと手を伸ばすレミの目の前で、それさえもすぐに黒布へと吸い込まれていった。
「――お前まであたしを置いてくなんて、酷いだろうが!」
主のために、国境を守るかつての仲間たちのために。
己に術式を刻み込み続けたイチは、既にドラゴンという生物の枠から外れてしまっていた。
本質からは随分とかけ離れてしまったが、それでもまだまだ一緒に過ごすことができたはずなのに。
「自身を記録媒体に……。"究極のスクロール"って訳かよ」
そっと黒布を撫でたレミは、理解した。
イチは己に、主・リオランの魔力や術式、記憶全てを書き込んだのだ。
『オレを使って、主の願いを守ってくれ』
イチはレミにそう言いたいのだろう。
ポツリ。
黒布に、涙が滲む。
「競争だって……どっちが先に師匠を超えられるかって……。なのに、お前――」
一緒に術式を描き続けた日々が思い返される。
共に、未来を探ろうと――なのにこれは、あんまりではないか。
「……使役」
部屋の静寂に消え入りそうな小さな声。
その呟きは、使い魔起動の魔術の詠唱。
目の前の黒布が脈動し、形を変える。
すくりと立ち上がったのは、一体の黒人形。
「ちゃんと、お前の願い通り。全部守ってやるからよ……だから、お前も手伝え。イチ」
ここに、イチは生まれ変わる。
歴代最強ババアの忠実な使い魔・黒人形として。
先々の魔女たちを、静かに支え続けるのだ。
お読みいただきありがとうございました。
新たにブックマーク、そして番外編にもかかわらず評価までいただき……本当に感激しています。
今回は、黒人形の成り立ちのお話でした。
本編第12話"2代目"のラスト部分に繋がる物語です。
次回は来週末に更新予定で、雰囲気は一転して 甘めのものを予定しております。
現在、続編『最強ババアのティータイム〜新たな弟子編』を執筆中です。
黒人形たちもパワーアップして活躍します(^^)
活動報告のほうでも進捗をお知らせしようと思いますので、よろしければそちらもご覧くださいね。




