#5 翼のないドラゴンは、黒蛇になる夢を見る【リオラン&イチ】
昨日、第4話を公開しました。
未読の方はよろしければそちらもお読みくださいね。
初代・最強ババアであるリオランと使い魔のドラゴン・イチ、そして弟子のレミの物語です。
「……また、派手なの」
帰宅したリオランは荒れ放題の部屋の様子に、小さくため息をついた。
深い山の中にある魔女の小屋。
大して広くもない丸太小屋の中に、大きな黒い生き物が転がっている。
机や椅子はひっくり返り、道具があちこちに散らばっていた。
極めつけは、巨大な蛇が這い回ったような黒い泥の跡。
「体は大きいのに……甘えん坊」
惨状を前にして、それでも擦り寄ってくる黒い影に、リオランはその表情の乏しい顔を緩めてしまう。
「待って。きれいにする」
相手を制しながら取り出したのは、真っ赤なルージュ。
その口紅で、床に幾何学模様の方陣を描く。
バシュッ
"清浄の陣"が明るく起動し、たちまち部屋は綺麗になった。
「キュウッ!」
すっかり泥よごれがとれた"翼のないドラゴン"が、喜びの声と共に飛びついてきた。
「全く。今度は泥で、黒蛇になったの」
押し倒されながらもなんとか受け止め、リオランは優しく語りかけた。
「今日も、会いにいこうか。……先に片付け、手伝って」
きれいになっても乱雑に散らかった部屋はそのままだ。
窓の外に雪がちらつく。
(国境はさらに寒そう……)
黒蛇になった仲間たちに想いを馳せながら――
1人とドラゴンは、倒れた机をもとに戻し、落ちた小物を拾い集めた。
***
「おい、どけよ」
リオランの弟子、炎の術師・レミが、手元を邪魔する不届き者に注意した。
術式を描き込むべく広げた真っ白な布の上。
翼のないドラゴン・イチがゴロンと寝転がったのだ。
大型犬の2倍もある体躯なのだから、下の布地はぐちゃぐちゃだ。
「うわ、最悪。遊びなら、ババアのとこに行けよ」
下敷きにされた布を引っ張り出せば、すっかりしわくちゃだ。
しかめっ面でよれた布を睨んでいると、「キュッ」と足元から催促の声。
視線を落とせば、犯人は悪びれもせず仰向けになり、黒くてタプタプの腹を見せつけている。
「撫でねーよ……は? お前に描けって!?」
コクコク頷くドラゴンの仔は、至極真面目に待機していた。
***
幼いドラゴンの提案に、レミは思案した。
彼女が試していたのは"スクロール"。
――術式を紙や石に描き込み、後から魔術を発動させるものだ。
スクロールが発現できる力は、せいぜい術者本来の二割ほど。
あくまで魔力のない人間の、日常使いの補助道具――一般的には。
「ババアのは、次元が違うんだよなぁ……」
最強ババアこと師・リオランのスクロールは、"異常"である。
あり得ないほどの緻密な書き込みを何重にも重ねたそれは、術師本来の力すら凌駕する。
それを紙や石、"無機物"ではなく"生き物"に。
師は、彼女の使い魔にスクロールを施した。
「いきなりお前に刻め、ってか?」
転がるドラゴンを前に、レミは戸惑った。
布に描くのすら難しいのに。
「『主を超えたければ、オレに描いてみせろ』……だと?」
目の前のドラゴンはそう言っている。
(そっか……。確か師匠は、ドラゴンには術式を描き込みきれなかったって……)
レミはニヤリと笑った。
「やってやろうじゃん!」
師匠にできなかったことを成し遂げて、さっさとあんたを超えてやる。
***
レミは絶句した。
目の前のドラゴンは、真っ黒のモヤに覆われていた。
「お前、それ……!」
それは、膨大な術式だった。
聡いドラゴンは、レミが何度も練習する側から学び、自ら術式を体に刻んだのだ。
翼のないドラゴンに、翼が生える。
それは肉体を埋め尽くし、魂にまで刻み込まれた術式の具現化。
実体のない魔力の翼がはばたくのを見て、レミは思わず一歩、退いた。
「『強くなって、みんなを守る。ずっとオレが、守ってやる』……そうか」
しばらく黙り込んだレミだったが。
「おっし。あたしも負けちゃいられないな!」
2人は並んで術式を描き始めた。
***
辺りはすっかり冬景色。
魔女の小屋がある山も、真っ白な雪に覆われている。
柔らかな雪の上を黒い影が、足跡を残し駆けていく。
今日も、翼のないドラゴンの幼体は、無邪気に主と遊んでいた。
かつて師は、多くの生き物に囲まれていた。
びっこの灰色オオカミに、耳のない長耳ウサギ。
回り続けるハツカネズミに、変色しないカメレオン。
使い魔たちは、自分たちを助けた術師に報いるために。
黒蛇に姿を変えて、国境を護り続ける。
「やっぱりすげーよ。ババアの術式は……」
リオランが投げたボールを取りに、イチが元気よく駆けていく。
師・リオランの魔術は、守るための術式だ。
びっこの灰色オオカミは、雷の速度で空を飛び。
耳のない長耳兎は、どんな音も漏らさず拾い、地中を泳ぐように移動する。
(過剰防衛にもほどがあるけどな!)
どちらかというと強化術に近いだろうか。
最強ババアの使い魔たちは、最強の力をもって国境を守り続けている。
守るために施した術が、彼らを守らせる側に追いやってしまった。
そのことを悔いているのだろう。
「イチ、上手!」
ボールを受け取り、ドラゴンを抱き上げるリオランを眺める。
愛おしそうに、手の中の使い魔を抱きしめる彼女を見て、レミはそっと呟いた。
「皆、馬鹿だよなぁ……」
師は知っているのだろうか。
最後に手元に残った使い魔が――己に術式を刻み続けたイチが、既にドラゴンではなくなっていることを。
「キュッ」
嬉しそうに主を舐めるイチを見て。
「よし。あたしも修行すっか!」
寒さに負けじと頬をはたくと、レミは真っ直ぐ前を見据えた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ドラゴンのイチは、実は念話で大人のように話せるのですが――主リオランの前では「キュキュー」と猫をかぶってます。少しでも主人の心を癒やしたい一心ですね。
第4話〜第6話は、本編の第11話「2代目レミ」を補完する内容となっています。
第6話は来週末に公開予定です。




