#2 術師の弟子はきれい好き【6代目&弟子】
本編 第8話「入り込む蛇」で登場の6代目のお話です。
僕、実は――この国最強の魔法使いの弟子なんです。
お師様は、素敵な人です。
その美貌はどんな刃物よりも鋭くて、稀に浮かべる微笑みは(口端が僅かに上がるだけなんですけども)、老若男女を虜にする……まさに魔性。
だけど、誰もお師様の素顔を知りません。
最強ババア――白髪の老婆の姿しか知らないのです。
『最強ババアの正体を明かして良いのは2人だけ――弟子と、最愛の人だけだ』
なんと魅惑的な響きでしょう。
幸運なことに(こんなことを言ったら怒られてしまうかもしれませんね)、現在お師様の素の姿を知るのは、弟子たる僕だけなのですから。
***
深い深い山の上に、ポツンと小さな家が一つ。
最強ババアが暮らす"魔女の家"だ。
決して大きくない家の、扉を開けば混沌が襲い来る。
壁中にへばりついた黒いヘドロはウネウネ蠢き。
絨毯だった一部は猫のように歩き回る。
そこかしこで小爆発が起こっては、虹色の煙が立ち上る。
「よし――行きます!」
いま、魔力を持たない凡人の弟子は、杖の代わりにホウキを構え、意を決した。
こちらを呑み込もうと大口を開けたスライムが迫りくる――師匠が自動掃除機として開発したはずの失敗作だ。
前転して巨大スライム躱しながら、すかさず絨毯猫を拾い上げる。
そのまま猫をスライムの口へスローイン。
天井から落ちてくるヘドロをバケツで受け止め、爆発寸前のフラスコには消火剤をぶち撒ける。
散らばった羊皮紙を拾い集める。
なおも飛びついてくるスライムをホウキで牽制しながら、机を拭いて、きれいに書類を並べ直した。
「よし! 今日は楽勝でしたね」
綺麗に片付いた部屋を見回し、彼は満足げに頷いた。
これで愛する師の研究環境は整った。
***
お師様の名前は、アルトノーウェン。
素敵でしょう?
高貴な響き。
それに比べて僕は……
「どうしたんだい?」
師が煙を噴き上げる試験管片手に、こちらに視線を向けている。
「いえ……大したことではありません」
取るに足らない、つまらない話。
ただでさえ魔力のない至らない弟子なのに、師の貴重な時間を割いてはなりません。
「ふむ……」
ところがなんとお師様は、試験管を机に戻すと、手袋をはずしてこちらへいらっしゃったのです。
「私の大切な弟子。なにがあったか話してごらん」
その魅惑的な声が、僕だけのために憂いを帯びている。
それだけで震え上がるほどに嬉しく、そして畏れ多い。
そんな僕の顔を、師はそっと持ち上げ目を合わせる。
僕は師に、その日あった出来事を正直に話しました。
「……君は、凡人などではない」
僕の話を聞いて、師はしばらく考えた後に実験台へと戻っていった。
噴き上げる朱色と紫の煙の向こうから、落ち着いた声が聞こえてくる。
「何が人を特別たらしめるか。……魔力、容姿、才、血筋。そのいずれでもないと、私は考える」
「ブッシュドハイネン。姓もなく、農民出のやぼったい名前だといわれたのだね」
「在り方だよ。その者の在り方が、その者を特別たらしめる」
「君は、私の弟子として常に、最善を尽くしている。それが"特別"以外のなんだというのだろうか――そうだろう? ブッシュドハイネン君」
試験管の中味をシリンダーへと移し、バーナーで加熱する。
作業する手は止めずに、声はひたすら淡々と。
けれども――師の言葉は、いつも僕の魂まで響くのです。
***
「ああ、ありがとうね」
数少ない魔女の小屋の訪問者。
引退間近の配達のお爺さんが、ぽかんと固まっている。
それはそうだ。
お師様の美貌に見惚れない人間などいないのです。
「おや、それはおかしいな。私は今、老婆の姿のはずなのだが」
声に出していないのに、僕の心の声は、お師様に筒抜けのようです。
師は面白そうに僕を見やると、さっさと自室へ戻られました。
(老婆でも、お師様は所作から存在まで、何もかもが尊いのです)
呆然とする配達員と共に、僕は師の背中を見送りました。
***
研究熱心なお師様のもと、ひたすらに掃除・整頓スキルばかりが伸びていく僕。
「すごいねぇ。お前の掃除はもはや魔術の領域だよ」
お師様のお役に立てて嬉しいものの。
いつかはこの座を譲らなければならないかも――魔力を持った"本物の弟子"に。
そんな不安に苛まれながらも、僕はただお師様のために頑張るのみです。
掃除・整頓スキルを究めすぎた僕が、史上初・"魔力のない"最強ババアになるだなんて――
この頃の僕は、全く知らなかったのです。
《7代目・最強ババアの手記より抜粋》
お読みいただきありがとうございました。
※人物メモ※
●6代目・アルトノーウェン
天才マッドサイエンティスト
優秀な人間と素材が好き
解剖が得意
●7代目・ブッシュドハイネン
魔力がない平凡な人間、歴代唯一の男性
師匠LOVE
掃除・整頓が得意
もし、……もしもですよ。
◯代目のお話が読みたい、などございましたら、感想欄で教えていただければ嬉しいです。




