#10 チョコを食べても良い理由
諸事情でいつもより投稿遅くなりました、すみません…
"やってはいけない理由はある"
それは、シティがよく知る世の中の絶対ルールの1つである。
「こら! お前、またとんでもないことをしてくれたわね!」
院長が顔を真っ赤にして怒っている。
「誰も、怪我はしてないわ。迷惑も、かけてない」
不服そうに口をとがらせ、シティは薄青の瞳で院長を見返した。
「ま、なんて生意気」
ふと院長は気になった。
(この子の目、こんな色だったかしら?)
鮮やかではないものの、曇り空程度には青みのある瞳。以前はもっと灰に近かったような気が。
いや、きっと気のせいだ。なんせ孤児は沢山いるのだから。
「空き家だろうが、怪我人が出ていなかろうが、関係ありません。屋根の上を走るなんて非常識、見た人が驚くでしょう。孤児院の品位にもかかわるわ」
ピシャリと怒られ、シティは渋々謝った。
その時、シティの瞳が一層青みを増したのを、誰も気が付かなかった。
***
「あら、あなた。目の色が濃くなったわね」
厨房のマギーが、シティの顔を見て驚いた。
こっそり子供たちに余り物でお菓子を作って差し入れてくれる、素敵なマギー。
今日もまた、どうしても甘い物が欲しくなって訪れたシティの袖に、マギーはこっそりクッキーを忍ばせてくれたのだ。
「目の色が濃くなるのは、魔術の後天素養って聞くわ」
珍しそうに、そしてどことなく嬉しそうにシティを覗き込むマギーだが。
「はあ? んなわけあるか。目の色に出るほどの奴は、魔塔のエリートか、王宮魔術師レベルだろうが。光の加減だよ」
仕事しろ、とマギーの頭を叩いたのは厨房長。
「でも一度、ちゃんと診てもらったほうが……」
なおも言い募るマギーに、厨房長は声を荒げた。
「いい加減にしろ。さっさとガキを追い出さないと、お前がこっそり菓子を配ってること、上に言いつけるからな」
ギロリと厨房長の視線がこちらに向けられ、シティは慌てて厨房から逃げ出した。
***
どうして、やってはいけない理由ばかり。
やっても良い理由はどこにあるのかしら。
シティは悩む。
彼女は決してお馬鹿な子ではなかった。
高台から飛び降りたのも、突然聖歌隊に加わって大声で歌い出したのも、地面いっぱいに染め物の搾り粕で落書きをしてみたのも。
自分の中で溢れそうになる衝動を、何かの形で表さないと。
渦巻く熱が、きっと爆発してしまう。
「チョコレート、食べてみたい」
ほんの、一欠片で構わない。
孤児院で出る、祭事のときだけの特別な、「砂糖」というものが使われたお菓子よりも。
もっと甘くて濃いらしい。
そんなものは、孤児に必要ない。
大人たちはそう言うが。
「だって、試してみないと分からないじゃない」
不要なもの、試さなければ分からない。
ほら、鍋が熱くて触っちゃだめって、火傷して学ぶでしょう?
私は、私の輪郭を、試すことで確かめたい。
なのに――
「あれもだめ、これもだめ。一体何なら試して良いのよ」
全速力を確かめたかった。
自分の声の限界を知りたかった。
溢れるイメージを描き起こしたかった。
「甘さ」を味わってみたかった。
けれどもそれは許されない。
許されない理由があることを、シティは身をもって知ってしまったのだから――
***
マギーに目の色を指摘されてから数日後。
今日も小腹を空かせたシティは、こっそり厨房に向かっていた。
染め物作業から抜け出して、足音を立てずに石階段を駆け下りる。
ふと人の気配に足を止めた。
「なんでも、厨房長に目つけられたらしいよ」
「あたしは食材の横領って聞いたね」
中庭の見える窓に向かい、下女たちが噂話に興じている。
そっと後ろを通り抜けるが、続く言葉にシティの体は凍りついた。
「あたい知ってる。マギーでしょ? 子供を医者にみせろって騒いだらしいじゃない」
「正義感、てやつ? まあ、それでクビになるなんて、詮無いねぇ」
ケタケタ笑い、下女たちの話はなおも続く。
けれども彼女たちの声はもう、シティの耳には届いていなかった。
(私の……せい?)
頭が、ぐわんぐわんと揺れている。
(私が、お菓子をもらったり、心配かけたから……マギーがクビになっちゃった?)
***
試しては、いけないのだ。
衝動を、表に出しては、いけないのだ。
己を律し、我慢を重ねる。
ぐるり、ぐるり、己の中で渦を描く何かが、熱を持ち、熱く熱く、シティの中に溜まり続けた。
もし、ほんの少し、周りが彼女を自由にさせてやっていれば。
速度の向こうに、歌唱の響きに、生まれたアートに、豊かな味覚に、それは発現しただろう。
だからこれは、防げた事故だったはずなのだ。
***
孤児院は、崩壊した。
青い嵐が、窓枠や外れた扉を空へ吹き上げる。
まるでそこに海の渦潮が現れたように、実体のない青い光が荒れ狂っていた。
魔力暴発。
少女の中に、抑圧された魔力が、遂に行き場を失ったのだ。
嵐の中央にうずくまる少女。
彼女は命を燃やし尽くし、果てる運命だった。
たまたま通りががかったのが、かの"最強ババア"でなければ。
***
「やってはいけない理由?」
最強ババアは意味が分からない、というように聞き返した。
「は。ないよそんなもの。人様に迷惑さえかけなければね」
噂に聞いた最強ババアは、最強の名の通り、片手で嵐を沈めてしまった。
乱れ一つない白髪に、黒のゴシックドレスの老婆は、静かにシティの話に耳を傾けた。
(噂と違って、怖くないわ)
最強ババアの腕に抱かれ、安心したシティは説明した。
どんなに迷惑にならないように工夫しても、どこかで迷惑がかかっている、と孤児院で教わったことを。
「はん。そりゃ、理由じゃないさね。"都合"だよ。大人たちの、どうでもいい都合だね」
「お前に必要なのは"やって良い理由"じゃない。お前の"やってみたい"を、"応援する気持ち"さ」
つまり、孤児院では自分は応援してもらえなかったのか。
俯いてしまうシティの様子に。
「周りがそうしてくれないのなら、自分で応援するしかない」
最強ババアは強く言い聞かせた。
そして、まだ元気のない幼子に、
「ま、すぐには難しいだろうさね……しばらくは、あたしが応援してやるよ」
柔らかく付け加えられたその言葉に、少女はぱっと顔を上げた。
その瞳は、まるで海のように、深い青に染まっていた。
お読みいただき、ありがとうございました。
『最強ババアのティータイム』の番外編である『最強ババアのオフタイム』は、次回から不定期更新になる予定です。
(いつも読みに来てくださっている皆様、ありがとうございます)
本当はあと二つ、
・5代目・最強ババアの園芸日記
・オフタイムのドレス
を公開予定でしたが、続編のネタバレになってしまうことに気がつきました。
続編『最強ババアのティータイム〜新たな弟子編』に専念しつつ、
また余裕ができた時に、番外編もお届けできたらと思っています。




