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#9 海辺の花嫁

8代目・ゾゾアの物語。

弟子のシティ視点です。


「全くこの、嘘つき男め」

「ははは。参ったな。これでも一応、誠実な海の男という評判なんだが」


君にだけはどうしてか、嘘をついてしまうんだ。

そう言って、海兵・タタンは笑いながら、叩かれた頭を押さえた。


筋骨隆々の大男のくせに、はにかみながら言うものだから。

ゾゾアはぷいと横をむいた。

その横顔を、優しく夕風が撫でていった。



小さな港町・チェフベリ。


"海蛇が暴れている"


そう呼ばれてやってきたのだが。

河口にいたのは小さな蛇で。それもすぐ、兵士たちが鎮圧してしまったのだ。


全くもっての肩透かし。

やることがなくなった最強ババアは、タタンに誘われて、夕暮れの近い港町を歩き始めた。


「あたしゃ忙しいんだよ」

この辺りは1年を通して温かく、男も女も軽い装いだ。

サンダルやシャツ、シンプルな夏スカートが行き交う中で、真っ黒のゴシックドレスは浮いていた。


「せっかくだよ、息抜きしよう」

夕食を一緒にと誘うタタンにそっぽをむいて、相変わらずつれない態度のゾゾアだが。


「ゾゾア、 私あれ食べたい! 揚げた丸いやつ!」

袖を引いてせがむシティに、最強ババアはようやく折れた。


「揚げ芋だね。全く……500ペリまでだよ」

「やった! ゾゾア大好き!」

小銭を渡され、パッと顔を輝かせるシティ。

なんだかんだ、シティには甘い。

肩をすくめるゾゾアの口元には、小さく笑みが浮かんでいた。


「揚げ芋か。なら、サントバのところかな」

ぽんと大きな手を打ち合わせ、海の男はにかりと笑った。


「レディ。よろしければ、エスコートを?」

大仰な身振りで日に焼けた腕を差し出され、ため息つきつつ、ゾゾアはそっと手を乗せた。


右にタタン、左にシティ。

海の男と小さな弟子に挟まれて、最強術師の老婆は人通りの増え始めた下町へと足を踏み入れた。


背の高い石造りの建物は、1階は店、上層階が居住スペースだ。

建物同士の間は近く、入り込むほど道は狭くなる。


けれども不思議と暗くない。


道に面した店からは魚の焼ける良い匂い。

ただでさえ狭い道に、小さな机や椅子を並べはじめる店もある。

後ろから「どいたどいた」と荷車が。


「ああ、魔女さまでしたか。失礼しました」

荷車の男は、声をかけた相手が最強ババアだと気づいても、必要以上に慇懃とならず。


「タタン、魔女様と一緒かい? これ、持ってきな」

「魔女様、これ美味しいですよ。味見なさって。タタン、あなたは有料よ!」

「小さい黒人形さん、良かったらどうぞ」

行く先で差し出される紙袋、小さく切られた串焼きに、シティに手渡された小さな花束。


この町は、居心地良い。

それは、チロチロ輝くガス灯や赤いレンガ道、白色石を使った建造物。

そういう景観もあるのだろうが。


人が、温かいのだ。


恐れ、好奇、打算に悪意――それが当たり前の反応で、最強ババアの日常だ。


「私、人形に見えるはずなのに」

手の中の花束を眺めながら、シティはぽつりと呟いた。

見習い弟子の服を着たシティは、他人からは魔女の使い魔――真っ黒な人型に見えるはずなのに。

不気味がられることもなく、当然のように花が差し出される。


それが、このチェフベリの町の、素敵なところだった。


「はあ、全く。これじゃまた強欲ババアと言われかねないよ」

両手いっぱいに紙袋を抱えたタタンを振り返り、やれやれと呆れ顔のゾゾア。


「何を言うんだ。皆、あなたに感謝している。店ごと渡したい奴だっているんだから。貰ってくれると嬉しいよ」

真顔で話すタタンの言葉に、ゾゾアはなんとも言えない顔をした。


シティはそんな二人の様子を、串肉を齧りながら眺めていた。




***

長く伸びる大人たちの影を踏みながら、歩いた先は海だった。


せっかくだからとシンプルな服に着替えて、海岸に遊びに来たのだ。

漁師小屋に置かれていたのは、飾り気の少ない黒のドレス。


好みもサイズも師匠にぴったりのものだから、やはり計画的なものかとシティは隣の大男を半目で見上げた。


「ここは誰も来ないんだ」

さすが海兵。

海のことは詳しい。

程よく町から離れた白い砂浜は、足跡1つなく美しい。


「珍しく時間ができたね」

笑顔で話すタタンだが、


(時間を作ってくれたんだ)

シティはそう思う。

自分にだってバレバレなのだ。ゾゾアもとっくに気付いているだろう。


浜辺から見上げる町は、白い外壁が夕陽に染まっている。

ポツポツと、家の窓の明かりが灯り、それがなんとも幻想的だった。


(この人の、おかげなんだよなあ)

視線を戻せば、何やらゾゾアに包みを手渡す大男。

大事そうに受け取るゾゾアの髪を、海風が優しく揺らしている。

こうして、素の姿の師を外で見るのは新鮮だった。


チェフベリの民が最強ババアに好意的なのは、胸に勲章が輝くあの大男が、バカみたいに毎日町中を宣伝して回ったからで。


(ゾゾアが休めることだし、及第点ね)

判定をくだしたシティは、二人の方へ駆け寄った。


「ゾゾア、なになに? 何もらったの?」




***

抱えた揚げ菓子なんかをつまみながら、海兵と最強術師、そしてその幼弟子は、3人でゆっくり砂浜に足跡をつけていく。


「ねえ、なんの日なの?」

タタンからの贈り物は、おそろしく手触りの良いスカーフだった。

二人の記念日だという。

幼い弟子の質問に、ゾゾアは赤らむ顔を首にまいたスカーフで隠してしまった。

珍しい反応だ。


反対側のタタンに聞こうと首を向ければ、口の中に揚げ芋が放り込まれる。


「ほら、冷めないうちに食べてしまおう」

口の中がいっぱいで、シティはもぐもぐと質問と共に芋を飲み込んだ。


三人はしばらく、黙って歩いた。

寄せては返す波の音。


シティは貝殻拾いを始め、ゾゾアは新しい魔術を思いついたと喜んでいる。


幾度かの試行の末、きれいな貝殻を厳選するシティに、師の呼び声が届いた。


「シティ、見てみな」


見上げれば、波を吸い寄せ、体の周りをぐるりと回してみせるゾゾアの姿。


波の音、水の温度に、塩の味。

嗜好を魔術に取り込むことが得意な師らしく、また何重にも術式が重ねられている。


その複雑さ、繊細さ、そして後から紐解くよう命ぜられる面倒な課題のこと――


溢れる思考を差し置いて、シティは真っ先にこう思った。


(ゾゾア……かわいい)


師であり母であり良き相棒であるゾゾアの、シティが知らない一面。


いや、知っていた。

時折そんな一面を。

見ないふりをしていた。


でないと私のゾゾアは、私のものじゃなくなってしまいそうで。


でもシティは、いつにも増して美しく笑うゾゾアを見て、そんなことはなかったと気づく。


タタンはゾゾアに必要な人。

ゾゾアを強く美しくしてくれる人なのだ。



黒いドレスに戯れのように青い魔力を散らしながら、

ゾゾアは浜辺をゆっくり歩いた。


背後から射す強い西陽が、青を奪い、黒を透かす。

光の加減ひとつで、魔力の粒子は白に、ドレスの影は金に見えた。


夕日がつくる一瞬の錯覚。

それでもシティには、それがほんとうの姿のように思えた。


(ゾゾア、花嫁さんみたい……)


胸の奥が、ぎゅっと温かくなる。


陽が宵闇に溶け切るまでをそっと見守り、服についた砂を払って、シティは二人の元へ駆けていった。




お読みいただきありがとうございました。


本編第4話「師弟の思い出―8代目最強ババア:ゾゾア」につながる小話でした。


次回は1/3(土)の更新予定です。

皆さま、よいお年をお過ごしくださいね。


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