9.宝物
本館の使用人達が私を見て戸惑っています。
「若様、あの……なぜ若奥様と?」
「ウィリアムに会い来ただけだ。今は何をしている?」
「今はお部屋で遊んでいらっしゃいます。
ですが、申し訳ございません。若奥様をお通しすることは出来かねます」
「何故だ」
「奥様のご命令でございますから」
しっかりと頭を下げつつも主の命を守り拒絶する姿は、使用人としては正しいのでしょう。
でもねえ。
「あなた、ヘレンだったわね?」
本館にはあまりこないので使用人のお名前はうろ覚えで申し訳ないわ。
「はい、左様でございます」
「ではヘレン。貴方の目の前にいるのは誰かしら」
「……若様でいらっしゃいますが」
「正式には?」
「リオ・スペンサー伯爵様です」
「はい。良く出来ました」
ちゃんと言えるのではありませんか。
「リオ様は既に爵位を継いで6年経ちます。それなのに、なぜ未だに若様と呼んでいるの?」
既に前伯爵は他界しています。それなのに若様と呼び続けるのは侮っていると取られてもおかしくないと気付いていないのでしょうか。
「そして、伯爵である彼以上の権限を持っている方がいると、ヘレンはそう言いたいのかしら」
ようやく理解したのでしょう。すっかりと青褪めてしまって少し可哀想になりました。
「お義母様は本館にお住まいではありますが、伯爵家の主はリオ様よ。これからは間違えないでね?」
「……はい、申し訳ございません……」
ああ、涙目だわ。ごめんね、これは本当は私達が悪かったのよ。
私は本館にはほとんど来ないからリオ様の扱いを知らなかったし、リオ様は伯爵家の内情をすべて把握しているわけではないから、まだ多くのことをお義母様に頼っているのでしょう。だから、彼自身が若様と呼ばれることに、お義母様に指示を出されることに違和感が無かったみたいですもの。
「リオ様も、いつまでも子供気分でいてはいけませんよ。これを機に当主としての振る舞いというものを身につける努力をなさいませ」
「……すまない。その、感謝する」
「いえ。ではリオ様、私は中に入ってもよろしいでしょうか?」
「当たり前です。行きましょう」
……とは言っても、私達が通り過ぎたらお義母様の元に知らせに行くのでしょうね?
「ヘレン、案内を頼めるかしら」
「……畏まりました。ご案内致します」
少しだけ時間稼ぎをしましょう。まあ、先程の叱責を聞いた他の使用人が知らせに走っているかもしれないけどね。
ウィリアムに会えるのは月に二度。30分という短い時間だけでした。それすらも寝たばかりだとか、飲み物をこぼして入浴中であるとか、まあ、色々な邪魔もされましたね。
…今思えば、もっと強く出ればよかったかと後悔しています。
でも、お義母様と完全に対立してしまうとリオ様もどちらかを選ばなければいけなくなるし、お義母様のご実家は商会のお得意様でもあるのですよね。
結婚とはたくさんの嬉しい縁もあるけれど、面倒な柵もたくさんあるのです。
「こちらでございます」
「ありがとう。あと、飲み物をお願い出来る?」
「承知致しました」
「あしゅい!」
「こんにちは、ウィリアム。元気だった?」
すると、満面の笑みで、
「はーいっ!」
とお返事してくれました。
ウィリアムは私を名前で呼ぶようになってしまいました。たぶん、お義母様が私を『アシュリーさん』と呼ぶからだと思います。
でも舌が回らないところが可愛過ぎてそのままにしてしまった駄目な母です。
「……ウィリアム、私は無視なのか」
「おとしゃ、ばっばい」
「ふふっ。ウィル、どうしてリオ様はバイバイなの?」
「あしゅい、だっこ!」
「あら、重たくなったわ」
「くふふっ!」
ギュッと抱きしめると楽しげな笑い声がこぼれます。
日向のような匂いがして、ああ、愛おしいなあと心から思う。
………離れたくない。側にいたい。
このまま連れ去ってしまいたい。
何度思ったことでしょう。
こんなにも少ない時間しか触れ合えていないのに、最近のウィリアムは私を覚えてくれている。
「ウィリアム、大好きよ」
「あしゅい、しゅき~!」
「リオ様は好き?」
「う?しゅき?」
なぜリオ様には塩対応なのかしら。
「……おばあさまは、好き?」
「ばぁば、しゅきっ!」
……そう。ウィリアムにとってお義母様は良き祖母なのです。
ウィリアムはいつも笑顔で楽しそうです。
最近では言葉も増え、私を覚えていたりと頭がいいかも!と親馬鹿ながらも思ってしまいます。
こんなにも良い環境で育ち、愛情をもってお世話をされて。
……私に出来ることは、この子を連れて行くことではないと思う。
大切だからこそ、駄目なのです。