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アシュリーの願いごと  作者: ましろ


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63.未来へ(3)

「私に気付かせてくれてありがとう」


夫人は子供達に笑顔で語りました。


「貴方達のおかげでようやくアシュリーさんに謝罪することができたわ。

貴方達にも……本当に辛い思いをさせて。

謝って済むことではないけれど、本当に申し訳ないと思っています。

でも殿方の急所を蹴り上げるのはやり過ぎよ。驚きのあまりひっくり返ってしまったわ」


夫人はただ驚いてしまっただけだと、笑い話だというように伝えてくれたのです。


「貴方達が私のような心無い人間ではないと分かって安心したわ。

どうかこれからも皆で仲よく健やかに生きてちょうだい。……本当にごめんなさいね」


それだけを告げると、夫人は子供達に向かって頭を下げられました。

子供達は安心したのか、驚かせてごめんなさいと泣きながら謝罪し、何とか事無きを得ました。


後日、夫人は施設への入院をご自分で手配されました。


「謝罪したからといって今更貴方達と仲良くする気は微塵も無くってよ」


そう言い残して施設に移り、それから3ヶ月後、誰にも看取られることなく静かにこの世を去られました。

あれ程守りたかった伯爵家を離れ、愛する息子や孫達を遠ざけ、たった一人きりで旅立たれたのです。




「……アシュリー、これで満足か」


憔悴した伯爵がポツリと私を責めるような言葉を吐き出しました。


かつて愛した男だった。共に生きることを誓い、その裏切りに傷付き、それでも貴方の幸せを願ったこともあったわね。

貴方は何度繰り返すつもりなのかしら。何度も変わると誓ってきたはずなのに。


「貴方はいつまで人のせいにして生きるつもりなの?夫人の決断に異議があるなら、どうしてご存命の間にそう伝えてあげなかったの」

「……私が何を言っても聞き入れてはくださらなかったさ。母上はいつだってそうだった」

「馬鹿ね。気持ちを伝えることに意味があるのに。

結果が見えてるからやらないって何?

貴方は結局どこまでも自分が傷付きたくなかっただけでしょう。

……貴方が勇気を出して伝えていたら、彼女の最期は孤独ではなかったかもしれないわね」


私の言葉に、伯爵はくしゃりと顔を歪め、その場を去りました。

母親を一人で逝かせてしまった後悔を持て余しているのだろうとは分かるけれど、それを受け止めるのは私ではないのだと、いつになったら理解できるのだろうか。


「夫人の罪は重いわね」


どこまでも他責思考の甘々坊ちゃん。私にも責任の一端はあるのかしら。


「アレは何時までも変わらんな。いっそ殴ってみたら直るかもしれんぞ」

「ジェフ、故障ではないから叩いても直らないわよ」


いくら足が悪くても、貴方が殴ったら彼は再起不能になるのではないかしら。


「やっぱり駄目人間製造機だったかしらね」

「そんなものはとうに時効だし、結局は彼の甘えだろう」

「ふふ、そうかも」


彼の言葉に一筋も傷が付いていないと感じるのは、あれが夫人自身が己に科した罰だと理解しているから。

あの頃の行いが罪であったのだと本当に認めた上での、彼女なりの贖罪だったのでしょう。








「姉さん、そろそろ入場だよ」


……駄目ね。せっかくの祝いの席でこんな昔のことを思い出すなんて。


扉が開き、ジェフと共にルーチェが入場しました。

ゆっくりと歩みを進める二人に、幼かった娘と手を繋いで歩いていた昔が思い出されました。


神前で待つフェリックスは、若い頃のリオ様に良く似た面差しで。ジェフからフェリックスへと、ルーチェの手が引き継がれました。

式は進み、フェリックスがルーチェのベールを上げると、ルーチェは本当に幸せそうに微笑んでいて。

それを見たフェリックスも嬉しそうに笑いました。


……ああ、この気持ちをなんと言えばいいのかしら。


フェリックスと手を繋ぎ微笑み合うルーチェを見ていると、ウィリアムの結婚式とは何か違う気持ちが込み上げてきました。


「……僕は……やっと願いが叶ったよ」

「え?」


今では子爵家を継ぎ、ずいぶんと立派になった弟の言葉に、彼の願いとは何であったかと首を傾げる。


「姉さんの結婚式が本当に楽しみで、きっと素敵な花嫁姿だと期待していたんだ」


ああ、それは初めての……。

あの時は時間もお金も無くて、手頃でシンプルなドレスを購入して、不機嫌なリオ様と簡易な式を挙げただけだったわ。


「あの時、いつかもう一度式を挙げ直して欲しいって心から思ったんだ。

姉さんはもっと素敵なドレスを着て、新郎はもっと大人になって。二人とももっともっと幸せそうな顔で。

……今のルーチェ達は、あの時僕が見たかった姉さんそのものだ」


その言葉に、あの時、おざなりに済まされてしまった式に、遠くから駆け付けて来てくれた家族に申し訳無さと居たたまれなさを感じながらも、私は幸せよと笑顔を作っていたことを思い出しました。


「……そうね。私も……あの時、こんなふうに式を挙げたかったことを思い出したわ」


リオ様には欠片も未練は無い。

それでも、まるで若い頃の彼にそっくりなフェリックスと私似のルーチェの幸せそうな姿は、あの頃になりたかった自分達に重なって、19歳の、未来に夢を抱いていた自分が何だか救われた気がしました。


昔を思い出し、思わず涙が溢れそうになる。


そんな私の手を、ジェフが優しく握ってくれました。


……うん。大丈夫よ、19歳の私。

あなたはちゃんと幸せになれるから。


ジェフの手を握り返し、前を向く。


「どうか幸せになってね」


若い二人の幸せを願う。


そんな私の言葉が聞こえたのか、ルーチェが私のほうを見て嬉しそうに微笑みました。







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― 新着の感想 ―
他責思考の人間って小説では改善されるけど、現実では本当に治らないし変わらないよなーって思ってたらリオは1mmも変わらなくてリアルだなと思いました。自己防衛のためとか理由があっても周りは堪ったものじゃな…
この弟君の言葉、とてもいいと思います。 姉の幸せを祈り、期待していた姿とは違うものを見せられて、様々な思いを抱いていただろうけれど、今こうして姉も姪も幸せであること、自分も当時のあれこれを昇華できたの…
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