61.未来へ
「ルーチェ、綺麗よ」
「ありがとう、お母様」
あんなにもお転婆だったルーチェがもう結婚するなんて。
9歳の時にフェリックスからプロポーズされたと聞いたときは本当に驚きました。
……いえ、伯爵の股間を蹴り上げたことの方がもっと驚いたけど。
それでも、兄妹のようだと思っていた二人だったので、さすがのジェフも驚きのあまり固まっていたのは懐かしい思い出です。
それでも、まだ12歳と9歳。気持ちは変わっていくだろうからと、婚約はルーチェが16歳になってからということになりました。
しかし、フェリックスは一途でした。
将来の夢は弁護士一択。そして、大切にする女性もルーチェだけ。それは成人を迎え、多くの令嬢と出会う機会を得ても変わることはなく。
「本当にあの男の子供なのかと疑いたくなるな」
ジェフがそう言いたくなるくらいの真っ直ぐさに、ルーチェも少しずつ兄としてではなく一人の男性として慕うようになり、予定通りルーチェが成人を迎えてからの婚約となりました。
「お義母様、そろそろ席につきましょう」
「あら、リネット様。ウィリアムは?」
「あの人はまだフェリックス様のところですわ。弟君のことが心配みたいで」
奥さんを放って弟に付きっきりとは困った子だわ。
「気になさらないでください。そういう家族思いな所がウィリアム様の長所ですもの」
ウィリアムとリネット様が結婚してもうすぐ3年になります。
学園の同級生であった二人は自然と惹かれ合い、そのままお付き合いが──とはいきませんでした。
リネット様はオブライエン公爵家の三女。
家格が釣り合わないことと、家の存続のために妻を酷使して捨てた家という醜聞を公爵様が気にされたからでした。
……あの時は本当にウィリアムに申し訳がなくて涙が出そうだった。
それでもウィリアムは諦めませんでした。
学園での成績を常に10位以内をキープし、さらに私やメルヴィンに教えを請いながら、商会の企画書をまとめ、公爵様相手に交渉を始めたのです。
身内贔屓と思われるかもしれませんが、ウィリアムには商才がある。申し訳ないけれど、リオ様より余程向いていると思いました。
それは公爵様も感じたのでしょう。
絶対に愛人は作らない。子供が出来なかった場合は養子を迎える、などの条件は付けられましたが、二人の仲が認められたのでした。
愛する妻だけでなく、ちゃっかり公爵家との取り引きまで結んでしまったウィリアムは、卒業してすぐに商会を引き継ぎました。
私が築き上げたものをようやく渡すことができた。
あの時は本当に嬉しかったわ。
「お義母様?」
「ああ、ごめんなさい。あなた達が結婚したときの事を色々と思い出していたの」
「ふふ、懐かしいです。あの時も今日も本当にいいお天気で。恵まれていますわね」
「体は大丈夫?」
「はい。さっきは元気に動いてたけど今は寝ちゃったのかしら」
そう言って優しく撫でているお腹はずいぶんと大きくなっています。
「無理はしないでね?」
「はい、ありがとうございます」
ウィリアムの努力が実り、公爵家との繋がりも出来て。前伯爵夫人がご存命ならばさぞかし喜んだであろうと思う。
家の繁栄だけを願い、私達に非情な行いをしてきた女性の最期は寂しいものでした。
あの日、ルーチェを迎えに行くと伯爵家は混乱に陥っていました。
◇◇◇
「ルーチェを迎えに来たのだけど」
執事を見つけ、そう言いかけるも、
「それが、前伯爵夫人がお倒れになりまして」
「……もしかしてルーチェが何か?」
ただ倒れただけにしては皆の様子がおかしい。
もともとお体を壊されているとは聞いていたから、ここまで騒がしいのは何かあったということでしょう。
「まずは中へ。お嬢様達はコーデリア様の所にいらっしゃいますのでご案内致します」
ジェフと二人、中に案内される。
歩きながら執事は何があったのかを掻い摘んで話してくれました。
それは……かなり衝撃的な内容で、まさかルーチェの蹴りから始まるとは思いもせず、フェリックスのプロポーズと聞きジェフが思わず足を止め、それらを見た前伯爵夫人が倒れたと聞いて、何と言ったらいいのか分からなくなりました。
「……愛する息子の股間を蹴り上げるような子がフェリックスと結婚するかもしれないことにショックを受けてお倒れになったの?」
確かに倒れるかもしれない……かしら?
「……いえ。それもショックだったとは思われますが、その…、ぼっちゃま達の正直なお気持ちを聞いてお倒れに……」
ああ、そうなのね。あの子達は伯爵には自分達の思いを伝えていたけれど、前伯爵夫人には言っていなかったのだわ。
高齢である祖母には優しくしてあげてと言った言葉をウィリアム達は守ってくれていたのね。
「でもそれは、あの方が受け止めるべき言葉ね」
「……はい。ですが、弱ったお体には堪えたらしく」
「ジェフ。先に子供達の所に行ってもらってもいいかしら」
「前伯爵夫人に会いに行くのか」
「うん。このままではあの子達が可哀想だわ」
自分達のせいで倒れただなんて、きっとショックを受けていることでしょう。
ご高齢なのは仕方がありませんが、ご自分のなさった結果はしっかりと受け止めていただかなければ。
「そうだな。君も悔いの残らないように話してくるといい」
「ふふ、とどめを刺さないように気を付けるわ」




