60.女の子同盟(3)
馬車が止まると、屋敷からお兄様達がすごい速さで駆けて来た。
「おかえり、エリサ」
でも、ホッとした顔をしながらもいつもと変わらない言葉を口にするだけだ。
「……ただいま、兄様。嫌いって言ってごめんなさい。本当は大好きよ?」
「うん、知ってる」
そこはうれしいと言うところよ。
でも、兄様達に抱きしめられるのは久しぶりだわ。恥ずかしいけど、ちょっと嬉しい。
「ルーチェ、エリサのことありがとうね」
「私の親友だもん。本当は泊まってもらおうと思ったんだけどやりたい事が出来ちゃって」
ルーチェがちらりと視線を逸らす。
見つめる先にはお父様が沈痛な面持ちで、それでもこちらにゆっくりと歩いて来る。
私が知らないままでいて欲しかったのだろうな。
いつか、知らない人から面白半分で伝えられて傷付くかもしれないなんて考えもしないで、ただいつまでも自分に可愛く懐く子供でいて欲しかったのかしら。
そんな想像をして思わずため息を吐きそうになった、その瞬間。
「──え?」
突然ルーチェが近付いてきたお父様に向かって走り出した。そして。
「悪魔退散っ!」
意味の分からないことを叫びながら、お父様の股間を蹴り上げたのだ。
「ぐおっつ!!」
お父様が聞いたこともないような叫び声を上げて蹲ってしまった。
「ルーチェ、何をしているの!?」
「悪漢に絡まれた時の対処法よ」
アシュリー様、何を教えているの!?いえ、ジェフリー様の方かしら?
「絡まれたって、お父様は何もしていないわ!」
「え?めちゃめちゃ絡まれてるわよ。私の人生に絡まりまくり。流石にそろそろ腹が立ったの。あー、少しスッキリしたわ!」
その清々しい笑顔はアシュリー様にやっぱり似ていて、もしかして本当はあの方がこうしたかったのでは?と思えてしまった。
「ルーチェ。そんなばっちいものにレディーが触れるものではないよ」
「大丈夫よ、兄様。触れたのは靴だから」
「……ウィル兄様、叱るところが違うわよ」
このそっくり兄妹は本当に……。
「……ルーチェ嬢。子供とはいえこれは許される行為ではないぞ……」
お父様が少し回復したらしい。
まだ立ち上がれないみたいだけど。
「口を開くな、気持ち悪い。伯爵のせいで私は人間不信になったわ。どう責任を取ってくれるの」
「なっ!?」
「お母様の騙されまくった人生を聞いたら結婚が怖くなったわ。特に貴族の権力主義には嫌悪感しかない。
私はこのまま一生結婚なんかしたくないと思う親不孝者よ。お母様達に花嫁姿を見せてあげる自信が無いもの」
「……ルーチェ」
「なのに、ウィリアム兄様もフェリックスもエリサもすっごく良い子で貴方を恨まずに生きる道を選んで行く。
さすが私の大好きな人達!って思うけど、伯爵がノーダメージなのが許せないもん。だったら私くらい貴方を蹴っ飛ばして何が悪いの?
訴えたかったらどうぞ?浮気して子供を人間不信にさせてしまい股間を蹴り上げられましたとね。たぶん、新聞に面白可笑しく書いてもらえると思うわよ」
こういう口が回りまくる辺りはジェフリー様譲りなのかしら。でも、そんなことじゃなくて。
「ルーチェ、私のことは?私も信じられないかな」
「……エリサは大好きよ。家族ももちろん好き」
「じゃあ僕は?」
「フェリックスもちゃんと好き。……ただ、それ以外の他人がちょっと怖い」
ルーチェを抱きしめる。ごめんね、先に知っていたのをズルいとしか思わなかった。お母様が傷付けられたお話なんか怖いに決まってるのに。
「……ルーチェ嬢、その」
「父上はあっちに行ってて」
兄様が厳しい声で制止した。そうだね、ここで謝罪しても何の意味もない。
「旦那様、中に戻りましょう。今、何を言っても貴方のための謝罪にしかなりませんわ」
お母様はそう言ってお父様の背を押しながら、ルーチェに向かって頭を下げてから屋敷に戻って行った。
「ルーチェ、気付いてあげられなくてごめんな」
「ううん、大丈夫。本当はそんなでもないの。ただ、伯爵を懲らしめたかっただけよ?な~んか平和そうなんだもの」
嘘つきルーチェ。そんな言葉は信じないわ。
でも、今すぐどうこう出来る問題ではないのかしら。
「ルーチェ、僕と婚約する?」
「「「えっ!?」」」
フェル兄様と婚約!?何がどうしてそうなるの!
「僕は次男だから婿入り出来るし、弁護士になる予定だからジェフリー様のお仕事を手伝える。何よりも君が信頼してくれていて、僕だって絶対に裏切ることはないよ。どう?」
12歳のフェリックス兄様と9歳のルーチェなら年齢的には問題ないけど。
「……大人達が大反対すると思うわ」
「エリサ、論点が違う。フェリックス、兄妹の好きと結婚相手の好きは違うぞ」
「当たり前じゃないか。ルーチェは家族以外で一番大好きな女の子だ。
恋かって言われたら分からないけど、でも、すごく大切だし、ルーチェとなら幸せになれるだろうなって思ったんだ」
ルーチェを見れば放心状態。
そうよね、今まで兄として見ていた人に言われても混乱するわよね?
「………伯爵が親族?」
「気にするのはそこ?」
「絶縁しても構わないけど」
「弁護士になるなら絶縁はしない方が得……て、違う!何でこんな話になったの!?」
珍しい。ルーチェがこんなに余裕が無くなるなんて。
「そうだね。じゃあ、覚えておいてね。僕が立候補したこと!好きになってもらえる様に頑張るから」
「え?ちゃんと好きだけど」
「僕もルーチェが大好きだよ!」
……うわ。フェリックス兄様の邪気の無い笑顔が凄いわ。
まあ、優良物件だとは思うけど。顔も頭も家柄も悪くないし優しいし。婿入りOKだしすでにルーチェのご両親と仲もいい。目指す職業もジェフリー様と一緒だもの。いずれ事務所を継ぐことだって……
あら?これ以上の相手を探すのって結構大変なのでは?




