59.女の子同盟(2)
「……どうしてここに?」
「だってエリサはおじ様に会いたくないだろうなと思って。大好きだから大嫌いなのでしょう?」
……そうですけど何か?
どうせ幼い頃は『おとうしゃまとけっこんしゅるの♡』な~んて恥ずかしいことを言っていたこともありますけど!?
「あの頃の私を埋めたい……」
「小さいエリサはとっても可愛かったから埋めたら駄目よ。私が泣いちゃうわ」
それにしても。あれよあれよという間に馬車に乗せられ、たどり着いたのはマクレガー家。
「……謀ったわね?」
そうよ。ルーチェと約束をしている日に真実を話したのは、私がブチ切れた時のための作戦だったのだわ。
ということは、黒幕はウィリアム兄様ね?
「お久しぶり、エリサ。随分ご立腹かしら」
アシュリー様はいつもと同じ柔らかな笑顔だ。でも、今はその笑顔を見るのが苦しい。
「……アシュリー様、いまさらだとお思いになるかもしれませんが、スペンサー家の者として深くお詫び申し上げます」
顔を上げることができない。申し訳なさ過ぎて、恥ずかし過ぎて消えてしまいたいっ!
「エリサ、私はあなたの潔いところが好きだけど、その謝罪を受け取ることはできないわ」
「………はい」
そうよね。当たり前だ。謝ったって罪は消えない。心の傷も社会的損害も何一つ消えはしないわ。
「勘違いしないでね?罪の無いあなたから受け取るわけにはいかないという意味よ」
「……罪ならあります。私の存在自体が」
「あなた達の誕生は私が望んだの。だから、もしそれが罪だと言うならば罪人は私だわ」
アシュリー様が望んだ?どうして!?
それからアシュリー様は私の質問にはすべて答えてくれた。
正直、すべてに納得できた訳ではないし、たぶん子ども向けにやんわりと話してくださっているのだろうと思う。それでも、子ども相手にここまで丁寧に話してくださったのだもの。私も誠実に向き合わなくては。
「お話しくださりありがとうございます。
まず何よりも、フェリックス兄様の誕生をお許しくださり感謝申し上げます」
奥様がアシュリー様で本当によかった!
本来なら堕胎させられていてもおかしくはなかったのに。
「私は罪の無い命を奪うなんてできなかった。何よりもお腹の子はコーデリア様のたった一つの希望だったから。もしもあの時、子を奪われていたなら、あの方は命を絶っていたかもしれなかったわ」
「……婚外子とはそんなにも許されない存在なのですか?」
私は温かくて優しい世界しか知らない。
愛されない子どもなんか出会ったことがなかった。
「悪いのは子ができるような行為を他人とした親の方よ。ただ、そういうことをする人って身分が高かったり狡猾だったりするのよね。だから、ちゃっかり自分の身だけは守る。要は子どもを身代わりにしているのよ」
「……ひどい」
「罪の証であるその子どもを虐げることで伴侶の許しを得たり、伴侶もその子を冷遇することで傷付いた心を宥めるのかもしれないわ。
もちろん、中には大切に育てられる子もいるでしょうけど、残念ながら貴族では少ないわね」
お母様はそんな扱いを受けて育ったの?
いつも優しく微笑んでいるお母様しか知らない。私達を一心に愛して下さる、幸せそうなお母様しか知らなかった。
「……私達はとても恵まれているのですね」
だって、アシュリー様がいなければフェリックス兄様と私は生まれることすら叶わなかった。
生まれたとしても婚外子となっていたか、孤児院に預けられたか。それは厳しい生き方だっただろう。
そして、お母様が愛されず虐げられる苦しみを知っていたからウィリアム兄様は大切に育てられた。
お祖母様が家を守ろうと画策したことで、結果こうして幸せに暮らせていることが、何ともやるせない気持ちになる。
間違っても感謝などしない。でも、どれか1つでも欠けていたら今はないのだ。
「……私達兄弟がこうして仲良く暮らしてこられたのは奇跡なのだわ」
私はこれからどうしていけばいいのかしら。
この奇跡に甘えたまま生きていてはいけないと思う。
──私にできることは何?
「ウィリアム兄様はお父様を見届けるというか、見張っているのですね」
「そうねぇ。今度何かやらかしたら即行で爵位を奪うつもりだと言っていたわ。
フェリックスはそんなウィリアムを守りたいから弁護士を目指すのですって」
ウィリアム兄様は家を継ぐ決心をしたのね。そしてフェリックス兄様は違う形で守ることを選んだ。それなら私は……
「……ありがとうございます。アシュリー様のおかげでちゃんと考えられました」
「そう?よかったら聞いてもいい?」
「はい。まずはお母様に頼んで孤児院の慰問や奉仕活動に参加させてもらおうと思います。
話で聞くだけでなく、ちゃんと実態がみたい。
そして、不幸な子どもがいない世の中になれるように、少しでも頑張っていきたいです」
方法なんか分からないし、私の力ではなんの役にも立たないかもしれない。それでも、諦めてしまったら何も始まらないもの。
「……コーデリア様を許せる?」
「いいえ。私は絶対に許しません」
許せないのではない。許してはいけないのだと思った。
愛しているから、家族だからこそ絶対に彼等を許さない。
「エリサ。それでも私はあなた達が愛おしいし、幸せになってほしいと願うわ」
「ありがとうございます、アシュリー様。
私は彼らを許さないけれど、不幸になる気はありません。だってせっかくアシュリー様が望んでくださった命ですもの。精一杯生きて幸せになってみせます!」
「…よかった。また悩みがあったらいつでも相談に来てちょうだい。もちろん、悩みがなくてもね?」
「はいっ!」
アシュリー様は私達の幸運の女神様だ。この方に恥じない生き方をしなくては。
「ルーチェ、お兄様達に謝りたいの。頑張れって言ってくれる?」
「応援だけでいいの?そばにいるよ?」
「大丈夫。ルーチェが応援してくれたら負けないもん」
私の大切な幼馴染で親友。可愛い妹分のあなたがいると、私はいつもお姉さん気分で強くなれるのよ。
「ん~、決ーめた!お母様、私もう一度伯爵家に行って来るね」
「ルーチェ!?」
「……何をしに行くか教えてくれる?」
「私も伝えたいことがあるの」
「誰に?」
「おじ様に!」
ルーチェがお父様に?……嫌な予感しかしないわ。
「やり過ぎたらジェフから拳骨よ」
「はーい!じゃあ、行こっか」
はい、と手を差し出してくるのをジッと見る。
「ルー。何を伝えたいの?」
「んふふ♡」
どうやら言う気はないらしい。
こうなると絶対に口を割らない頑固者なのだ。
一体何を言うつもりなのかしら?




