57.守る人(フェリックス)
僕は母上が大好きだ。
綺麗で優しくて、自慢の母上。
でも、兄様の本当のお母様から父上を奪ったのだと知ってしまった。
兄様の本当のお母様のアシュリー様もとっても優しくて大好きだ。
父上と離婚して母上と再婚したことは知っていたけど、本当の理由を教えてもらったのは僕が10歳になってからだった。
「……兄様、ごめんなさい」
「フェリックス、どうして謝るんだい?これはね、私達にはどうにも出来ない問題だよ。だって生まれる前のことだもの。
だからフェリックスが謝る必要はない。というより謝りたい気持ちにさせた父上を今から蹴飛ばしに行こうか?」
兄様の笑顔がとっても怖い。
「……僕とエリサのこと嫌いにならない?」
「悲しいな、フェル。私がどれだけお前達を愛おしく思っているのか伝わっていなかっただなんて」
「でも……」
本当は分かってるんだ。兄様はいつだって僕達に優しいもの。お母様と同じくらい大好きだ。
……でも、だからって兄様に甘えていいのかな。
兄様は本当ならこの家でアシュリー様と仲良く暮らせたはずなのに。
「この話はね、ずうっと何年も前のお話だよ?
私は魔法使いではないから、過去に戻って父上をぶん殴ることも、お祖母様のスネを蹴飛ばすことも出来ない。
母上をゴミ箱から救い出して、もっと誠実な人と結婚してもらうことだって絶対に出来ないんだ。
でもね、それと同じくらいに、赤ちゃんの頃から大切にしてきた可愛い可愛いフェルとエリを嫌うことだって絶対に出来ないよ。
ねえ、フェル。君なら出来る?もし、私と立場が逆だったら、昔話を聞いただけで私を嫌いになっちゃうのかな?」
もし僕だったら?……無理、無理無理無理無理無理絶対に無理っ!
だって僕は兄様が大好きだ。エリだって同じだと思う。
「……兄様、大好きです」
「ありがとう。私もフェルが大好きだよ」
そう言って頭を撫でられると涙が出てしまった。僕はもう10歳になったのに。
「たぶん、エリもこのことを知ったら凄く傷付くと思うんだ。だから私達で守ってあげよう?」
兄様はいつから知っていたのだろう。
たった一人でこのことを知って、それでも僕達を嫌うことなく大切に守ってくれていたんだ。
「はい!絶対にエリを守るし、これからは兄様のことも守れるように頑張るから!」
僕だってお兄ちゃんだもの。守られるのではなくて守る人にならなきゃ。
「ありがとう。その言葉だけで十分だよ」
兄様はそう言って笑ってくれたけど僕は本気だ。
でも、どうやったら兄様を守れるかな。
僕は傷付くのも傷付けるのも嫌だから騎士には向いていないと思うし、危険だから兄様も許してくれないよね。
じゃあ、伯爵になった兄様をサポートする?
だけど父上の仕事は家令や侍従が手伝っているし、領地は管理人がいるからなあ。
それにしっかりものの兄様を守るなんてどうやったら……
「それで私のところに来たのか」
「はい。だってジェフリー様は人を守ることがお仕事なのですよね?」
アシュリー様の旦那様のジェフリー様は弁護士さんだ。昔、アシュリー様が困っているところを助けたのが縁で結婚したって聞いたもん。
ジェフリー様は凄く格好いい。お顔もだけど雰囲気?何というか、すっごく余裕があって父上よりも偉い人みたい。それに、お話がとっても分かりやすくて、その上物知りなんだ。
剣を持たなくても人を守れる、僕の尊敬する人です。
「弁護士になるには普通の勉強以外に、専門的なことをたくさん勉強する必要がある」
「はい」
「国内でも法律を学ぶ場はあるが、隣国の方がレベルが高い。だから私も留学をしたんだ」
「留学ですか」
「ああ。もし留学するなら、まずは公用語を覚えることが必要だ。近隣国から人が集まるからね。
あと、寮生活になるけど、基本的に使用人は連れていけない。身の回りのことを自分で出来るようにならないと駄目なんだ」
「……はい」
一人で他国に行くんだ。ちょっと怖いかも。
「まあ、あとは君がどういう弁護士になりたいかによっても変わってくるかな」
「弁護士って色々あるんですか?」
「うん。人からの依頼と、商会からの依頼では内容にかなり違いがあるだろう?」
そっか。人間とお店だときっとぜんぜん違うんだよね?
「まあ、まずはウィリアムに相談するといい。
ご両親にはまだ言いたくないのだろう?」
……だって、本当なら父上達からも守りたいんだ。でもそんなこと言えないもの。
「でも、守りたいのに、その兄様を頼っていいのかな」
「どちらかというと頼ってあげないとウィリアムが悲しむと思うぞ。あの子はブラコンでシスコンだからね」
それは僕だって同じだけど。
「頼りきって相手によりかかり過ぎるのは良くないが、人に相談することは悪いことじゃない。逆に、一人で突っ走る方が良くないことも多いんだよ。
まずは色々な人の意見を聞いてごらん?君の中の当たり前と他の人の当たり前が案外と違うことが分かったり、自分では考えもつかないことが見つかるかもしれない。まずは他人の言葉を聞く耳を持つべきだ」
「聞く耳?」
「そう。自分とは違う考えを聞いて、なるほどと思う人もいれば、頭から否定する人もいるんだ」
「そうなの?僕はジェフリー様のお話を聞くのが好きだよ?」
「それは嬉しいな。うん、君はちゃんと人の話を聞ける耳がある。なら次は、それらを鵜呑みにしないで自分なりの答えを導き出せるようにしていこう。
例えば、『ウィリアムが言ってることが正しい』と即答するのではなく、ちゃんとそこで本当にそれでいいのかを考えるんだ」
「ゔ!」
大変だ!僕は結構そういうふうに考えるかも。
兄様は凄いって思ってるもん。信じちゃうよ。
「そういう考え方をすると、もしもそれで失敗した時に、誰々がそう言ったからだと罪を擦り付けたくなるだろう?」
「……そっか。本当だ。だから答えを出す前にちゃんと自分で考えて、決めたのは自分だから失敗してもそれは僕だけの失敗になるんだね?」
「凄いな。フェリックスはちゃんと自分で考えられているじゃないか」
そう言いながらぐりぐりと頭を撫でられて、何だか胸がぽかぽかした。
「兄様にも頭を撫でてもらったんです。ジェフリー様を真似ていたのですね!」
兄様はジェフリー様をお父様と呼んで慕ってるもん。絶対にそうだ。
「それは嬉しいな」
ジェフリー様が本当に嬉しそうに笑っています。ジェフリー様にとっても兄様は本当の子供なのかも。
「……兄様はどうしてここで一緒に暮らさないのかな」
本当の事を知った時、こっちを選ぶことだって出来たはずなのに。
「理由は一つではないと思うが、その中の一つは君達と離れたくなかったからだと思うよ」
そうかな。でも、それは良いことかな、駄目なことかな。
「……ジェフリー様は僕のこと嫌じゃない?」
だって僕は父上にそっくりだから。アシュリー様を傷付けた人とそっくりなんて、今頃気付いちゃったけど本当は嫌だったかな。
「どうして?私はね、君達が仲良くしているのを見てると嬉しくなるよ」
「……なんで?」
「アシュリーが頑張った甲斐があったということだからね。夫としては大変喜ばしいんだ。だから、これからも仲の良い兄弟でいて欲しい」
「……ジェフリー様、ありがと。僕ね、ジェフリー様のこと尊敬してるんだ。だから嫌われてなくてよかった」
「君は君だ。家族思いの優しいフェリックスのことが私は好きだよ」
そう言ってもう一度頭を撫でてくれた。
みんな優しいなあ。兄様も、ジェフリー様もアシュリー様も。
僕もこんなふうに大きくて、優しい人になりたい。
僕の目標が決まった。
ジェフリー様みたいな弁護士さんになる。
いつか、立派な弁護士になって兄様を守ってみせるんだから。




