55.ちゃんと見てる
ウィリアムとの語らいが終わり、部屋を出ようとすると、呆れた事に伯爵が戸口に立っていました。
「……父上、まさか盗み聞きですか?」
ウィリアムがジロリと睨めつける。
「違うんだ!邪魔をしてはいけないと思って待っていただけだよ!」
「なんで待つのですか。勝手に待たないで下さい。お母様、行きましょう」
まあ、すごい塩対応だわ。ウィリアムの意外な一面を見た気がします。
「ウィリアム、少しだけ待ってくれる?
伯爵。言いたいことがおありならサクッと言ってください。貴方と仲良く語らうつもりはありませんの」
今更何だと言うのでしょう。さっきはウィリアムのために良く言って差し上げたけど、正直なところ貴方への不満はたくさんあるのですよ?
「……貴女が体を壊していると知らなくて」
「言いましたよ?動悸と息苦しさがあると。マシュー様が妊娠のせいかもしれないけれど、検査するようにと言ってくださったとき、同席していましたよね?」
「あ……、」
「私もあの時は分かりませんでしたし今更ですわ。
すべて終わったことです。あの頃の話をされても何も変わりません。
謝罪はいりませんので、今後も良い当主、父親、夫となれるように頑張ってくださいませ」
五年前から何度この言葉を投げかけているかしら。
「だが、私は貴女になんと謝ればいいのか」
「ですから謝らないでください。私が貴方の裏切りを許すことは一生ありませんから」
この五年間、あの頃のことを何度も思い出してたくさん考えました。
自分の駄目だったところも気付けましたし、お義母様やリオ様やコーデリア様の立場や事情もたくさん考えた。
でも、どう考えても一年以上もの長期で愛人を囲ってきたのは言い訳のしようもない事実で、避妊がどうこうという問題ではないのです。
浮気は妻であった私への裏切り行為でしかありませんもの。そんなことを許すはずがないでしょう?
なのに、また傷付いた顔をするから。
ウィリアムに感謝するといいわ。もう一回殴ってやりたくなったのを我慢しているもの。
「父上はなんで謝るの?」
ウィリアムを見ると、心底不思議だと言わんばかりの表情です。
「お母様がいらないって言っているのに、それでも謝るのって、『いいよ』って言って欲しいから?
それは駄目だよ。お母様だけじゃなくて私も許さないよ?」
驚きました。賢いとは思っていましたが、伯爵の狡い面を見抜いてしまうなんて!
「お母様がね、ここにいるのは五年前の父上じゃないって教えてくれたんだ。五年間頑張って変わろうとしてきた父上だから昔のことで責めないでって。今の父上を見てあげてって。
父上。ちゃんと見てるからね。
五年前と変わらないんだったら怒るよ。
私もフェリックスもエリサも。父上のことが大嫌いになるから。もう二度とお話してあげないし、ご飯も一緒に食べない。
なんだったら三人でお母様のお家に行っちゃうから!」
「なっ!?何を言っているんだ!コーデリアはどうするんだ!?」
馬鹿かしら、この人。言うべきことはそんなことではないでしょうに。
「離婚したらいいんじゃない?」
「……親に向かって何て口の利き方を」
「ストップ」
……この男、今何を言おうとしたの?
「7歳の子供に言い負かされて、まさか親だからと力ずくで抑え込むつもりですか」
「だが!」
「子供だって一人の人間です。自分の意見も意志もあります。貴方が親だというのならば尚更、彼の言葉を聞いてあげるべきなのではありませんか?」
なぜ私が26歳にもなった、それも伯爵なんてご大層な身分の男を教え諭さないといけないのよ。
「ウィリアム、大丈夫?」
「……お母様、ごめんなさい」
「え?」
「教えてもらったばっかりなのに、どうしても腹が立っちゃった」
「…ウィルはいい子ね。えらいわ」
ぎゅっと抱きしめて背中を撫でてあげる。
「今日、たくさんお話ししたばかりだもの。怒れてしまうのは仕方がないわ。
ただね?言葉ってちょっと怖いの。言霊って知っているかしら」
「……知りません」
「言葉には何らかの力が宿っていて、その物事を引き寄せるのですって。
だから、私はできる!頑張れる!と前向きな言葉を使い続けると、本当に出来るようになったりするの。
逆にね、お前は駄目なやつだ!とかマイナスなことを言われ続けると本当に駄目な気がしてしまうわ。
だから、どれだけ腹が立っても強いマイナスの言葉は使っては駄目よ?」
「……はい」
とは言っても子供ですもの。まったく駄目というのもアレよね。
「さっきの、一緒にご飯を食べないとかは有りよ」
「アシュリー!?」
「マクレガー夫人ですわ。気安く名前を呼ばないでくださる?
ウィリアム。お父様限定で、『禿げちゃえ』くらいは許してあげる♡」
「分かりました!」
うん、いいお返事だわ。
「アシュリー様、その人から外見の良さを無くしたら何も残りませんわ」
コーデリア様がいらした途端に酷いことを言っています。
「どうせなら『もげ…「コーデリア様待って!!」
今、捥げろって言おうとしたわよね!?
「だってもう必要ないモノですわよ?」
「必要だろう!?」
「まったく。これっぽっちも必要ではありませんが。
旦那様に必要なのは、ウィリアムの言葉を聞く耳と、ウィリアムへ謝罪を述べる口と、さっさとここから立ち去る足さえあればいいと思います」
凄いわ。コーデリア様がとても強くなってる。
母は強しとは本当のことね。
コーデリア様の本気を感じ取ったのか、伯爵がウィリアムに頭を下げました。
「……ウィリアム、怒鳴ってすまなかった」
「私も言い過ぎました。でも本気ですから。
これからの父上をちゃんと見てますから!」
「分かった。頑張るよ」
「たぶん、フェリックスは凄く怒ると思うし、エリサが大きくなったら虫を見るくらいの目で見られると思うから覚悟しておいて下さいね」
「え!?」
あら、意外だわ。どうしてフェリックスは怒るの?
「フェリックスは母上のことが大好きなんです。だから母上のことを適当に扱っていたことを知ったら絶対に怒ります。
あと、エリサは女の子だから、きっと浮気男は気持ち悪いって言うと思います」
あ、傷付いてる。当然だと思うけどまったく覚悟していなかったのね。
「ウィリアムは?」
「こういう大人には絶対にならないと心に誓いました。あと、素直に自分の気持ちを伝えられる人になりたいです。悪い見本に感謝します」
素晴らしいわ。なんだか今日一日でとっても成長してしまった気がする。可哀想だけど、避けては通れないものだったし、これだけしっかりしていれば道を踏み外すこともないかしら。
あとは、今後も何度でも話を聞いてあげるしかないわね。
「ウィリアムは絶対に大丈夫よ」
「言霊ですか?」
「ふふ、願いごとは得意なの」
どうかこれからもウィリアムが幸せでありますように。




