54.わたしのお母様(4)
お母様のお話はとっても悲しかった。
今まで私達が楽しく笑っていられたのはお母様という犠牲があったからだ。
「……私は父上達が許せません」
「…うん。ウィリアムは許さなくていいわ」
だってお母様を裏切ったんだ。お母様はお体を壊すくらいに頑張ってくださったのに!
「でもね、怒りに呑み込まれては駄目よ」
「………よく分かりません」
だって腹が立つよ。お母様だけが損をしてるじゃないか。どうして父上はいままでヘラヘラ笑って生きてこれたの?どうしてお母様はもっと怒らないの!?
「もしもあなたが怒りに身を任せてお父様に不満を叩き付けて。そうしたらその瞬間は気が晴れるかもしれないわね。
でも、それで?腹が立つからと言葉や拳でやり込めて誰が幸せになれるかしら?」
「……だから許すの」
「いいえ。ただ、怒りからは何も生まれないと知ってほしいだけ。それにね?今、あなたの側にいるお父様は私を裏切った人ではないわ」
「……父上は一人だけだよ」
全然分かんない。父上は父上だ。お母様を裏切った悪い人じゃないか。
「私を裏切ったのは5年前のお父様よ。
でも、今ここにいるのは、間違ったことをたくさん後悔して、泣いても許してもらえなくて、たくさんの人から叱られたり笑われたりしながら必死に信頼を取り戻そうと頑張ってきた人なの。
あなた達の良い父親になろうと努力したと思うし、まあ、コーデリア様を泣かせてるあたりがまだダメダメだとは思うけど。
それでも、伯爵として、あなた達の父親として恥ずかしくない人間になろうとこの五年間頑張ってきたのは本当だと思うから。
だからね?どうやっても変えられない過去の姿を詰るのではなく、今、あなた達のために努力している姿を見てあげてほしい。
それは許すこととは違うわ。サボっているなと思ったらコラッ!って叱っていいし、許せないと思ったら素直に言っていいの。
それでもあの人があなた達の幸せのために頑張ってるのは本当だから。
だって、今まではお父様達のことが好きだったでしょう?」
……好きだった。幸せだと思ってた。
「それはね、嘘ではないわ。偽りなんかじゃない」
「……でも」
「それと!私のことを犠牲とか言わないで欲しいわね?」
「え!?あの、ごめんなさい?」
「ふふ、驚いた?」
「……はい」
だってそうとしか思えないもの。
「私はね、幸せになるために頑張ったのよ。
家族を守りたかったし、幸せにしたかったから。
間違えたこともたくさんあったけど、泣きたいことだってもちろんあったけど今は平気なの。
だって幸せそうなウィリアムに会えた。だから頑張ってよかったって心から思えるの。
ねえ、ウィリアム。あなたは幸せかしら」
それは本当に幸せそうな顔で。
お母様は本当に嬉しいんだって分かった。
「……ずっと幸せだったよ。
でも、私は誰にも似てないことだけがちょっと不安だった。だからお母様に会えて、愛されてたって分かって本当に嬉しかったんだ。
だから私はちゃんと幸せだよ?
今までたくさん頑張ってくれてありがとう。
お母様、だーいすきっ!」
もういいや。父上を許せないとは思うけど、お母様が幸せならもういいかな。……父上に優しくはしてあげないけど。
「父上のことはちゃんと見張っておくね!あ、フェリックスと罰を考えてたんだ。聞きたい?」
「あら、楽しそうね。ところで何の罰なのかしら」
「母上を泣かせたからだよ」
「それはダメね。ダメダメよ」
「でしょう?」
母上は……、何でかな。あんまり嫌いにはなれないんだ。
意地悪なお祖父様に命令されたのなら仕方がないとも思ってしまうし。
何より、いつだって私を誰よりも大切にしてくれているから。それに母上を嫌ったらフェリックス達が泣いてしまいます。
お母様に罰を伝えたら大笑いしていた。
『ドレスを着て母上の代わりにお茶会に行く』
なかなかいい案だったみたい!
「あ!魔法の願いごとは?」
「そうねえ。皆でお菓子の国に行きましょうか」
「うわっ、行きたい!フェリックス達も一緒?」
「もちろん。ルーチェも連れて行くから仲良くしてくれる?」
「うん!……父上はお留守番ね」
「そうね。じゃあ、可哀想だからチョコをひと粒だけお土産にしましょうか」
「手に載せたらすぐ溶けちゃうくらいちっちゃいのね!」
「あははっ、ひどいわっ」
だって直ぐには許せません。本当はお祖母様も。でも、お祖母様はもうお年だから優しくしてあげて欲しいと言われてしまいました。
お祖母様は最近お体の調子が良くないそうです。
でも、お祖母様が一番悪い気がするのに。
「だって、お祖母様がいなかったらあなたに会えなかったわ」
うぅ~~っ、そう言われてしまうと全部それで許されてしまうじゃないか。
ようするに私は幸せなんだ。
不満はあるけどね!でも、怒りは人を幸せにはしないという意味は分かったから。
お母様はまるで魔法使いみたい。
お話を聞いたときは、もう絶対に父上達を許さないと思ったのになぁ。
「今度お母様のお家に遊びに行ってもいいですか?」
「もちろんよ。でも、その前にフェリックス達と話しをしたほうがいいのではないかしら。
大切なお兄様を取られたと思って泣いてしまうかもしれないわ」
「……お母様は、……その、フェリックス達を本当に許せるのですね」
「だって何の罪もないでしょう?
ああ、ついでに婚外子のこともね。悪いのは不貞を犯した親であって子供は悪くない。私はそう思っているわ。
なんであんなに迫害するのか納得がいかないのよ」
「……フェリックスを守ってくれてありがとうございます。私の大切な弟なんです」
お母様が優しい方で本当によかった。
「だって大人ばかり勝手なことをして狡いでしょう?だから兄弟仲良く子ども同盟で立ち向かっちゃいましょうね」
「はい!」
同盟だなんて、何だか格好いい気がする。
「これからあなた達が大きくなって、学園に通ったり社交界に出るときが来たら、お父様達のことを何か言われるかもしれない。
どうしてもね、人の噂をするのが好きだったり、貶めるのが楽しい人がいるから。
だから、そんな人達が悪口を言う隙が無いくらい、このまま仲良くいてくれると嬉しいわ」
「大丈夫だよ。だってフェリックスはお母様が守ってくれたんだから。嘘を言われても気にならないし、フェリックスにも気にさせないから平気です」
「格好いいお兄ちゃんね」
「任せてください。ちゃんと『アシュリー様の手紙』を毎日読んでますから」
お母様からなんだって思いながら読むと、また違う気持ちになるんだ。だから最近は毎日読むことにしている。
「嬉しいけど少し恥ずかしいわね?」
「あ。父上はどうしますか?」
「……泣かれると面倒だからこのまま帰ろうかしら」
「それがいいと思います」
もう、父上が嫌われ代表でいいや。
フェリックス達にはどうやって話そうかな。
「お母様、次はいつ会えますか?」
お母様に相談しながらゆっくり考えよう。




