51.わたしのお母様
その日は朝から屋敷の中が慌ただしかった。
母上からお客様が来ることは聞いていたけど、どうして使用人の皆までソワソワしているんだろう。
今日来るのは『アシュリー様』だ。母上の恩人で、生きる指針?らしい。
毎年、私の誕生日には手紙を送ってくださる人。
手紙の内容はいつも、私の誕生を祝う言葉と生まれてきたことへの感謝。そして、家族を大切にするようにと綴られている。
どうして私に手紙を送ってくれるの。
どうして手紙を見るたび、父上は悲しそうな顔をするの。
……どうして私は誰にも似ていないの?
フェリックスは父上似。エリサは母上似。でも私は両親にもお祖母様にも似ていない。
母上の実家はゴミ箱だから近寄っては駄目なんだって。だからそちらの家の人達と似てるかどうかは分からないけど、ゴミ箱と似ていたら母上に嫌われていると思うからたぶん違うと思う。
でも、ゴミ箱みたいな家ってどんなの?家が汚いの?と聞いたら、おなかの中が真っ黒で汚いのだと教えてくれた。何それ怖い。
「こんにちは、ウィリアム」
優しく私を呼ぶ声。それは喜びに満ちていて。
私を見つめる瞳は微笑みながらも涙で潤んでいる。
「……アシュリー様は私のお母様ですか?」
だってこんなにもそっくりだ。なぜか、すとんっと納得してしまった。
アシュリー様はほんの少し驚いた顔をして、
「ええ。あなたを産んだのは私よ。
ウィリアム……あなたを抱きしめてもいいかしら」
嫌だとは思わなかった。何となく不思議なだけ。
だからコクリと頷くと、アシュリー様はゆっくりと、そうっと抱きしめてくれた。
「……ウィリアム」
「はい」
「ウィリアム……ウィル」
「泣いてるの?」
「ふふ、あなたに会えて嬉しいの。嬉し過ぎて涙が出ちゃったわ。触れることを許してくれてありがとう」
アシュリー様は不思議だ。
今まで感じたことのない気持ちが溢れてくる。
嬉しいような、悲しいような、もどかしいような。たくさんの気持ちがぐるぐるに混ざっていてよく分からないけど、でも嫌ではない。
「アシュリー様、誕生日のお手紙ありがとうございます」
「嬉しいわ。読んでくれたのね」
「もちろんです。ちゃんと弟と妹を大切にしてます。ごはんもたくさん食べてるし、運動もしてます。
父上と母上に大好きの言葉も伝えてるし、使用人にもちゃんとありがとうって言っています」
いつも手紙には、大好きとありがとう、悪いことをしたらごめんなさいと言えるようになってねと書かれていました。
弟達が悪いことをしたら、叱る前に、どうして?と聞いてあげてね。と書かれてあったり、アシュリー様からのお手紙はいつもみんなを大切にしてねと書かれた優しい気持ちになれる贈り物だ。
「すごいわ。ウィリアムは誰かの言葉をちゃんと聞くことができるのね。そして挑戦もしてくれた。
貴方はとってもやさしい、素敵な子だわ」
そんなふうに褒められたのは初めてだ。
「普通だよ?」
「あら、ウィリアムは知らないの?
男の子はね、素直に自分の気持ちを伝えるのが苦手な子が案外と多いのよ。格好つけたいお年頃というか」
「?へんなの。だってアシュリー様に言われた通りにしたらみんな喜んでくれました」
「今度あなたのお父様に聞いてみて。14歳の伯爵は素直になれない男の子の見本みたいだったのよ」
……父上が?あ、でも何となく分かる気がする。
だって父上は気付かない。
母上が少し怒っていても、フェリックスがちょっと拗ねていても。
だからそんな態度をとって周りが嫌な気持ちになることに気が付かなかったのかもしれない。
「ごめんなさい。父上は少しにぶいんです」
私のその一言に、母上もアシュリー様も、使用人すらも吹き出してしまいました。
「もう、本当に困った方ね」とクスクス笑いながら、「ウィリアムの方が100倍いい男だわ」と褒められてしまった。父上、ごめんね?
そうして、私の前にはミルクたっぷりの紅茶。
母上とアシュリー様の前には何も入っていない紅茶が置かれ、使用人は皆部屋を出ていきました。
「ウィリアムが知りたいことはあるかしら」
知りたいこと。何かな。どうして私のお母様はこの家に住まないのか、とか?あ、でも、
「アシュリー様。あの、お母様と呼んだほうがいいですか?」
「……あなたが嫌でなければ、そう呼んで貰えると嬉しいわ」
「お母様、嫌ではないです。ただ……よく分からなくて。どうしてお母様は一緒に住まないのですか?どうして今まで会いに来て下さらなかったのですか?」
だってお母様は私に会いたかったと言った。
だったらもっと早くに来てくれたら良かったのに。そうしたらフェリックス達にも紹介して、皆で仲良く遊べたのに。
自分に似ている人をこういうのもなんだけど、お母様はとっても綺麗だ。だから……
あれ?結婚って何人とも出来るの?
物語の王子様には何人もお姫様が出てきたりしない。たった一人の大切なお姫様を守り続けるんだ。
なのにどうして……
父上には母上とお母様がいるの?
「お母様……父上は悪い人なのですか?」




