50.再会(3)
「どうだった?」
「会えてよかったわ。……不思議なの、なんの蟠りもなかった」
会うまでは少し不安でした。
5年は長い。それは、あの頃の苦しみを癒やすほどに。ウィリアムに会えない悲しみと不安が募るほどに。
「もう、家庭を壊された悲しみはなかったわ。
……あれはきっかけであって、いつかは壊れていたと今なら分かるからかしら」
きっとコーデリア様がいなくても他の令嬢が代わりに現れるだけだっただろうし、もっと質の悪い方だった可能性もある。
「……だって私もたくさん間違えてしまったもの。お義母様の考えを理解していたのに、仕事を頑張ればいつかは認めて貰えると信じていた。
もっと、話し合えたらよかったと思うわ」
そうしたら……
「それは頑張った後だから言えることだ。
頑張る前に話し合っても、やりたくないだけだろうと怠け者の嫁というレッテルを貼られた可能性だってある。
君はあの頃、自分ができる限り頑張った。そして、彼らとは上手くいかなかった。
残念だが、それがすべてだ」
「……人生はままならないわね」
本当に失敗だらけでみっともない。どうしてもっと上手くできなかったのかと考えてしまうわ。
「君は神ではない。すべてを上手く回らせるなんて無理だよ。人にできる事には限界がある」
「ええ、そうよね。そうなんだけど」
失敗した記憶というものは本当に忘れ難く。思い出すたびに、のたうち回って叫びたい気持ちになるのです。
「間違いを認めるのは苦しいし、自分はこれだけ頑張った!とそこで終わることだってできる。でも、君は己の間違いを認めて、ではどうしたらいいかを考えられる人だ。
それは十分に尊いことだと私は思うよ」
「……ジェフは私に甘いと思うわ」
「君が自分に厳しいからね。私が甘やかすべきだろう?」
人は一人では生きられないってこういうことかしら。
二人でいるから助け合えるし、補い合える。過ちを指摘することも、慰め合うこともできる。
「ジェフも頼ってね?」
「私が甘えまくっているのを知らないのかい」
そうかな。私が甘やかされてばかりだと思うけど。
「ウィリアムのことはどうなった?」
「そうだわ。一番大切なことを伝えていなかったわね。
最初はね、コーデリア様が先に説明をしてから会うつもりだったのだけど、彼女はどうしても加害者意識が強いでしょう。自分達がひたすらに悪いと説明しそうで」
「まあ、全面的に彼らが悪いだろう。前伯爵夫人と伯爵の悪手だったはずだ」
「……貴族として生きるのであれば、家門を守るという事は大切なことよ。お義母様の考えを全否定してはいけない気がして」
「ああ、考えとして悪としては教えたくないということか」
「ええ。ただの家族としてだけではなく、領民や商会を抱える者としての責任というものがあるでしょう?貴族の義務。これをどう伝えるべきかと思って」
家門を背負うということは、時に情を捨てなくてはいけないこともある。未だに貴族の結婚とは家を守るためのもので、恋愛結婚をする人は少ないもの。
「だからこそ誠実であれ」
「え?」
「愛だけでなく、利害を含めある種の契約として結ばれる婚姻だからこそ、互いへの誠実さが必要だろう。
彼らになかったのはそれだよ。
前伯爵夫人は契約を持ち掛けておきながら君を信用せず、いずれ裏切る心づもりだった。それは誠実さに欠ける非道な行いだろう。
伯爵もだ。君にだけ負担を強いていることから目を逸らし、そのくせまるで恋愛結婚かのように自分への一番の関心と愛を強要した。そしてそれが得られないことに不満を覚え、母親を諌めることなくその策略に乗り、他者との快楽に溺れた。これも妻に対しての誠実さがない行いだ」
誠実さ……。そうね、それは身分など関係なく、人と関わる上でとても大切なことよね。
「…ジェフは凄い。あっさりと答えに辿り着くのだもの」
「外から見ているとよく分かるものだ。それにね、弁護士には誠実義務というのがあるんだ。だからちょっとしたズルだよ」
「ふふっ、惚れ直しました」
「私は彼のおかげで株が上がっても微妙に嬉しくないのだが」
私を抱き締めながら不満をこぼすジェフが面白い。
彼のやらかしは内緒にするべきね。私の名を呼びながら……なんて、社会的に抹殺しそうで怖い。
「それで?」
「普通に会おうかなと思って。難しいことや言い訳は無しで、ただ会いたかったと抱きしめたい。話し合いはそれからかしら」
まずは会える喜びを伝えたい。どれだけ愛しているのかを伝えたいの。
「そうだな。まずは会って、ウィリアムが聞きたいこと、知りたいことに答えていく。その方がいいんじゃないか」
「ええ。一度きりで理解するのは難しいでしょうし。
まずは私もコーデリア様も……伯爵だってウィリアムを愛しているのだと、そこから伝えたいわ」
全てはそれから。
どうなるかは分からない。
でも、会いたい。
貴方に愛を伝えたいのよ、ウィリアム。




