47.ただいま(2)
「ジェフ?貴方のせいで私は死んだと思われているのでは?」
確かに、ウィリアム宛の手紙はジェフに預けていたわ。だっていつどうなるかは誰にも分からないから。
だから、もしもの時の為に彼にお願いしておいたのだけど、まさかこんな使い方をされるとは。
「そう思って欲しかったんだが、自分可愛さに脳内で改竄されたのか、妻への愛で誤魔化してここまで辿り着かなかったよ。
まあ、それでも喝入れにはなったと思うが」
ああ。そう言えば彼は逃げるのが得意です。
自分を擁護するために、私が不貞を働いていたと思い込もうとした前科があります。
「でもどうして?」
「自分を守る盾ばかり頑丈で多少の事では響かないようだからな。それを打ち破るべきかと思ったんだ」
なるほど。でも、あの手紙はどうするのかしら。もともとウィリアム宛だから読んでくれたら嬉しいけれど、でもそれは今ではないというか。なんとも複雑な気分です。
「そろそろ会いに行ってもいいんじゃないか?」
……どうやら私のためだったみたいですね。
ウィリアムに会いたい。ずっとそう思っている。
話を聞くだけでなく、元気な姿が見たい。抱きしめたい。あなたの声が聞きたい。
でも、せっかく家族として仲良くやれているのに、会いに行ってはいけないと思っていました。
「…いいのかしら。会いたいと望んでも」
「まずはコーデリア夫人に会ってみないか」
「コーデリア様に?」
「彼女のことが心配なのだろう?」
「……そうね。私は彼女の弱みにつけ込んでしまったもの。ウィリアムを守りたいからって酷いことをしたわ」
当時の彼女には選択肢があまりにも少なかった。
彼との間に子供を作らなければ、子供が産めることを証明できなければ、父親の中での商品価値が著しく下がる。
純潔でも無い、子も産めないとなれば、次に売られる先は地獄だと分かっていたはずです。
愛してくれる存在が欲しかったのは本当だと思います。でも、次に自分がどうなってしまうのか、その恐怖もあったのだと思えば、彼女は間違いなく被害者でした。
人は追い詰められると正常な思考ができなくなる。
あの頃の私がそうだったからよく分かります。
ウィリアムを産んだあとの……いいえ。本当は産む前からじわりじわりと私を追いつめていたのだと思う。
弱った体。奪われた子ども。寄り付かない夫。無くならない仕事。義母の策略。
それらをすべて一人でどうにかしなくてはと焦っていた。
私が頑張れば。もっともっと頑張れば、そうしたらまだ何とか出来るはずだと、本当ならば一人で乗り切れるはずのない問題を我武者羅に働くことでどうにかしようと藻掻いていた……。
私はもっと誰かに頼るべきだった。
でも、あの頃は私が何とかしなくてはと、それしか考えられなかった。
それでも道を踏み外さなかったのは、仲間がいたから。商会の仲間がいなかったら、もっと酷いことになっていたかもしれません。
でも、コーデリア様は一人きりだった。
追い詰められた彼女を止めてくれる人はどこにもいなかったのです。
あの時、彼女に贖罪を求めてはいけなかったのだと今なら思えます。
それでも、仲のよい家族として上手くやれているならと思っていたのだけど。
「マシュー様、コーデリア様と伯爵がうまくいっていないのは本当なのよね?」
「ああ。何でというのは聞かないでくれよ」
「分かったわ、ありがとう」
彼女が今、幸せではないのなら、それはきっとウィリアム達も感じ取っている。
だから父親に不満を持っているのかもしれない。面と向かって文句を言うほどではない。でも何となくモヤモヤする、そんな感じなのだろうか。
「コーデリア様に手紙を出してみるわ。ここで悩んでいても仕方がないものね」
「ああ、だったら届けてやるよ。こないだお節介なことをしてしまったから様子を見に行こうと思ってたんだ」
「じゃあ、ちょっと待っててくれる?急いで書いちゃうわ」
便箋を出し、何と書くべきか考える。
手紙にあれこれと書き連ねるべきではないわね。会ってお話がしたい。それだけでいいわ。
大切なことはちゃんと顔を見て話したい。
「では、これをお願い」
「了解。お礼は夜ご飯でよろしく」
「もちろん。ジェフが嫉妬しない程度に寛いでいって」
「アシュリーがいなくても、今度はルーチェに近付くなって言うんだから酷いよな」
「ふふっ。早くコリーンに告白したら?」
「え!」
「来る頻度が高いから嫌がられるのよ。お目当てがコリーンだと分かったら、喜んで協力してくれるのではないかしら」
「……アシュリーは困らないのか」
「コリーンがいなくなったら寂しくはあるけど、幸せになるために離れるなら喜んで送り出すわ」
コリーンは働き者で気立てもいいもの。
マシュー様と幸せになってくれたら嬉しい。
「……帰りにデートに誘ってみる」
「実家に付き合わせてしまったから、休暇をあげる予定よ。頑張って!」
「おお、サンキュ」
5年も経てばこうして色んなものが変わっていく。
それなのに、なぜ伯爵は変わらないのか。
子供達がいなかったらいっそ放っておいたけど。
「いい加減成長しなさいよ、馬鹿伯爵」
子どもに悟られたお馬鹿をどうしてやろうかしら。




