46.ただいま
ガタンッ
「ふぇっ!?」
やだ、恥ずかしい。変な声が出てしまったわ。
「大丈夫ですか?奥様」
「いやね、うたた寝をしていたみたい」
馬車の中で寝てしまうなんて。でも、おかげで懐かしい夢を見ることが出来たわ。
「長旅ですもの、仕方がありません」
「それは貴女も同じでしょう?私のことは気にせず、コリーンも休める時に休んでね」
コリーンは別荘でお世話になったメイドでしたが、侯爵様のご厚意で、今も私付きのメイドとして働いてくれています。
もうそろそろで着きそう。ルーチェが泣いていないといいのだけど。
……夢の名残りかしら。ルーチェが生まれた頃を思い出すわ。
当たり前ではあるけれど、子供が欲しいという願いは皆の猛反対にあったのよね。
普段は私の気持ちを否定しないジェフですら、なかなか頷いてはくれなかった。
「ジェフ、貴方も言ってくれたはずよ。私は普通に皆と変わらず生きていくことが出来ると言ったのは貴方よ?」
「……そうだな。だが、それとこれは別だろう」
「どうして?結婚して妻になったのなら、母になるかもしれないのは当然でしょう?
授かりものだもの。本当に私のところに来てくれるかどうかは分からない。でも、私は諦めたくないわ。
私は、貴方との子供が欲しい。貴方に我が子を抱かせてあげたい。
お産が命懸けなのは誰でも一緒。普通の事だわ。ねぇ、ジェフ。そうでしょう?」
最終的には彼は私の願いを聞いてくれた。
まったく根拠の無い自信だけど、あの時の私は微塵も死ぬとは思わなかった。
『ウィリアムの幸せを望むなら、まずはアシュリーが幸せになれ』
貴方の言葉が私をここまで導いてくれたのよ。
馬車の速度が落ちた。最愛の待つ我が家に到着したようだ。
「あら、馬車が止まっています。あれは」
「マシュー様が来ているみたいね」
では、スペンサー伯爵は来なかったのかしら。それとも帰ったあと?
あんなにも幸せを願ったはずの彼は、今では私の眉間に皺をつくる要因です。
あの頃の私を叱りたい。彼を甘やかすなと!
スペンサー伯爵は仕事面では頑張っているようです。
商会の売上は少し下がったけど、まあ許容範囲内ですし、評判は悪くない。
ただ、夫や父親としては微妙みたいですね。
子供に悪さをするわけではありません。ちゃんと大切にしてくれている。でも、子供の勘の良さを分かっていないのだわ。
幼い子供は理屈では無く直感で物事を判断する生き物です。たぶん、父と母の間の何かを敏感に感じ取っているのでしょう。
これは私もルーチェを育てる中で学んだことです。
残念ながら彼は気付いていないのだわ。良くも悪くも慣れてしまう人だから。
子供達の態度がおかしいと感じても、『そういうものだ』と見過ごしているのでしょう。
……それはきっとコーデリア様のことも。
「おかえり、アシュリー」
「おかーりしゃい、かかたまっ!」
「ただいま!」
ジェフに軽くキスをして、飛びついてきたルーチェを抱きしめた。
「じぃじ、いたいたい?」
「大丈夫よ。ずいぶん元気になったわ。ルーチェの絵を喜んでた。ありがとうね」
「よく彼と鉢合わせなかったな」
「来るという連絡は貰っていましたし、まさか私が実家に居るとは思わなかったのでしょう」
スペンサー伯爵が実家に来た時、私は父の部屋で母と三人、仲良くお茶を飲んでいました。
父が階段から落ちて怪我をしたという連絡が来て、取り急ぎ私だけ実家に向かっていたのです。
「アシュリー、お邪魔しているよ」
「いらっしゃい、マシュー様。あちらはどうなったの?」
「とりあえず伯爵は家に戻ったよ。でも、やっぱり何も気付いてなかった」
「……相変わらず自分のことばかりなのかしら。子供達は?」
「兄弟はとっても仲がいいし、三人とも健康。
ただ上の二人は少し伯爵に対して不満があるみたいだな」
健診を担当して下さっているミルズ様は、子供達の精神面も気遣って下さるから本当にありがたいです。
ご自分もお子さんがいらっしゃるからか、子供の分かり難い会話も根気良く聞いて下さる素晴らしいお医者様なのです。
「とりあえず、中に入ろうか」
「あら、ごめんなさい。玄関先で話し始めてしまったわ」
つい、気が急いてしまって駄目ね。
「ルーチェ、お祖母様が素敵なプレゼントを用意してくれたのよ。見てみる?」
「ぷれじぇんと?みゆ!」
「コリーン、お願い出来るかしら」
「はい。ルーチェ様、お部屋に行きましょうか」
「はーい!」
ふふ、可愛いなぁ。別れた頃のウィリアムによく似ています。
「お待たせしました。話の続きをお願いします」




