45.懐かしい夢(4)
「おかしいです。全然普通ではないですし、小さな幸せとは言えないと思うの」
「そうかい?」
どうしてこんなことに?
風に乗って潮の香りが運ばれてくる。
窓から美しい海原が一望出来るこの屋敷は、ジェフリーさんの別荘だ。
「魚介は平気だよね?」
「好きです。って、だからそうじゃなくて!やっぱり駄目です、帰りましょう」
「ニックが君の為に朝から市場に行って食材を仕入れてきたのに?」
ずるい……、そうやって言われたら断れないじゃないですか!
事の始まりは、離婚して6年ぶりにやっと実家に帰り家族との再会を果たしました。
そして、1週間ほど甘えさせてもらった頃。
さて、今後はどうしようかと考えていたところに、突然ジェフリーさんがやって来たのです。
「転地療養ですか?」
「うん。以前、祖母が利用していた別荘があるんだ。海が綺麗な所だよ」
「ですが、そこまでして頂くわけにはいきませんわ」
大変ありがたいとは思うけど、まだ友人の域を出ない私なんかがそこまでお世話になるわけにはいきません。
「おや、忘れたんですか?私はアシュリーを口説いている最中なんだよ。ドレスやアクセサリーを大量に送るより、別荘での療養の方がいいと思ったんだが」
「……なぜそんなにも豪華な二択なのです?」
普通にお菓子や花束とかでは駄目なのですか。
「そこなら祖母を診てくれていた医師もいる。子爵も安心なのではないかな」
そう。ジェフリーさんはちゃっかりとお父様達に根回しをしていたのです。何をどうしたのかは分かりませんが、家族は彼を受け入れているようで。
「そうですね。厚かましいかもしれませんが、娘の体が少しでも良くなる可能性があるのであればお願いしたいです」
お父様!?
「もちろんです。今は使っておりませんので、利用して頂ける方がこちらもありがたい。家は住む人がいなくなると傷みますから」
「アシュリー、私からもお願いよ。貴方が家に居てくれるのは嬉しいの。でも、ここでは何かあってもお医者様が来てくれるまでに時間が掛かってしまうでしょう?」
家族にここまで言われてしまえばお断りは出来ませんでした。
「……ありがとうございます。では、本当にお世話になってもよろしいでしょうか」
でも、本当は体のことが不安だったのでとてもありがたかった。
ええ、ありがたかったのですけどね?
……今、私は慄いております。
だってここは高級別荘地。白を基調にした美しいお屋敷はどう考えても貴族のもの。それもかなりお金持ちの家だわ。
「……ジェフリーさんのご実家は?」
「やっと私に興味を持ってくれたのかな。
私はマクギニス侯爵家の三男坊で、今は長兄が継いでいるよ」
やっぱり。確かに品のある方だと思っていた。何よりも彼は貴族相手の弁護士だ。それなりの後ろ盾はあると思っていたけれど、まさかの大物でした。
え、侯爵家の別荘でお世話になるの?
「侯爵様には何と?」
「愛する人を療養させたいと伝えたら、二つ返事で使っていいと言ってくれたよ」
だから根回しが早いですっ!
「……お礼状を送ってもよろしいでしょうか」
「ああ、喜ぶと思うな」
喜ぶ……なぜ?
「兄は私が恋をしたことが嬉しかったらしい」
「……それは頑張って治さなくてはいけませんね」
「頑張らなくていいよ。のんびりいこう」
「はい」
ジェフリーさんは仕事がある為、すぐに戻ることになり、少し心細くはあったけど、使用人の方達がとても良くして下さるのですぐに慣れることができた。
ここでは本当にゆったりと過ごさせてもらっている。
たっぷりの睡眠と美味しい食事。美しい景色に癒やされながら散策を楽しんだ。
慢性的にあった頭痛はすっかりと消え、息苦しさや動悸や目眩もずいぶんと減った気がする。
「もしかしたら、本当に治るの?」
それは喜びでもあり、悲しみでもあった。
健康を取り戻せたら嬉しい。でも、それならばウィリアムを諦める必要は無かったのでは?と後悔が押し寄せた。
一度そう思うと駄目だった。
今、あの子はどうしているのだろう。コーデリア様は本当にウィリアムを大切にしてくれているの?リオ様だって、私とそっくりなウィリアムのことなど嫌になっているかもしれない。
そんなたくさんの不安が溢れだす。
どうしよう、様子を見に行くわけにもいかないし、子供達の健診もまだよね。
どうしよう、どうしたら……
いい案など浮かぶはずも無く、それでも考えるのを止めることも出来ず、その日は朝まで眠ることが出来なかった。
「アシュリー様、何かございましたか?」
「…何でもないわ。ただ、あまりにものんびりし過ぎたせいか、昨日は少し寝付けなかっただけよ」
寝不足なのが分かってしまったのでしょう。
駄目ね、心配をかけてしまうなんて。
「そうですか?あの、ジェフリー様がお見えになりましたがお通ししても宜しいでしょうか」
「え?」
やだ、こんな顔を見られたくないのに。
それでも会わないわけにもいかず、何とか化粧で誤魔化してから会うことにしました。
「眠れませんでしたか?」
一発でバレました。なんと目敏い方なのでしょう。
女性の顔をまじまじと見るものではありませんと言いたくなります。
「……そこは気付かない振りをして頂きたかったです」
「それは無理かなぁ」
ジェフリーさんは結構いじめっ子かも。
「でも間に合ってよかった。やっと仕事に区切りが付いたから、今日から私もここに住むことにしたんだ。暫くはよろしく頼むよ」
「え!?」
「一人だと思い詰めてしまうだろう?」
……どうしてこの人は。
意地悪なのか優しいのか。本当に困ってしまうわ。
「遅くなって悪かったな。これからは一緒に考えようと言ったのに、最後の仕事が思ったり長引いてしまったんだ」
「最後って……」
「とりあえずは半年ほど休むことにした」
「そんな、駄目ですよっ」
「いいじゃないか。私もこう見えて結構頑張って働いてきたんだ。少しくらいは休まないとな。
それに言っただろう?覚悟しなさいとね」
……同居は口説くに入りますか?




