43.懐かしい夢(2)
サクッと勝って凱旋と言ったマクレガーさんは、どうやら本気だったらしい。
「まず、前伯爵夫人が大人しくしている間に引退してもらいましょう」
「引退?」
「だって諸悪の根源ですからね。今なら貴女とやり直したいと思っている伯爵が協力して下さることでしょう。
ですので、離婚という言葉は少し呑み込んでおいてください。まずは準備が必要です」
マクレガーさんの言う通り、リオ様はすぐに協力してくれました。お義母様はまさかリオ様から引退勧告を受けるとは思っていなかったようです。半ば呆然としながらサインをしてくださいました。
それから、家令と執事長、メイド長との業務内容の見直し。領地の管理人との話し合いなど、かなり広範囲にマクレガーさんの力をお借りしてしまって、これは弁護士の仕事の範疇を超えているのでは?と心配になるほどでした。
「伯爵が夫人に権限を与えているので、その夫人からの依頼であれば私が動くことに問題はありません」
リオ様は現在、メルから商会の仕事を叩き込まれているので、根回しをするのは今がチャンスなのです。
ただ、私は休養が必要と言われている為、マクレガーさんのご厚意に甘えている状態で、ありがたいやら申し訳ないやら。もちろんお金はちゃんとお支払いしますから!
「円満離婚への布石だと思って下さい。
証言も色々頂けましたし、そろそろ動いても大丈夫でしょう」
「……やっと離婚出来るのですね」
「ごねたらウィリアム様の親権争いをすると持ち掛けます。宜しいですか?」
「はい。だって出来るなら私が育てたい。本当の気持ちですから大丈夫です」
「あと、お体のことは伏せておきましょう。
療養という名の別居を言い出す可能性が高い」
「はい、それでお願いします」
言いそうだわ。一番最悪な、妻が療養中だから愛人がいても仕方がないというパターンだ。
「それにね。今、手札を全部見せるのは勿体無いかな」
「……何故です?」
「浮気ってね。繰り返すんですよ」
「は!?」
何ですかそれは。浮気とは呪いか何かですか?
「コーデリア様にお会いしましたが、彼女の気持ちは嘘ではないでしょう。貴方に償う為にと、きっと頑張ってくれると思います。
でも、彼はどうかな。目の前に自分を陥れた人がいるんです。反省ではなく逆恨みをしかねません。
そんな人との結婚生活は幸せとは言い難いでしょう。下手をすれば心を壊します。何せまだ19歳ですからね。
1年はさすがに大丈夫でしょう。でも3~5年くらいで上手く行かなくなる可能性が高い」
そんな……。私はそこまで考えていませんでした。
離婚をして、反省して。今度こそコーデリア様と幸せな家庭を築くために頑張ってくれるはずだと……。
「ですので、もしもの為のカードは必要なんです。脅してもいいし、もう一度反省してもらってもいい。上手な使い道を考えましょうね。
本来ならアフターケアは不要ですが、ウィリアム様のことがありますから。攻撃材料は残しておきましょう」
ちょっと怖い……。マクレガーさんは悪人に対して結構容赦がありません。
「……浮気が不治の病だとは知りませんでした」
でも、言葉にするのはこっちにします。
「浮気なんてね、狡くて甘くて弛い奴がハマるものです。結構当て嵌まってますから警戒するに越したことは無いですよ」
言うなぁ、この人。
「マクレガーさんはリオ様に何か恨みでも?」
何となく冗談で口にした言葉でしたが、思ったより驚いた顔をさせてしまいました。
「……うん。そうですね。どうやら私は怒っているし、彼のことが嫌いなようだ」
こんなにもハッキリと嫌いだと仰るとは思いませんでした。普段は卒がない方なので意外です。
「まあ、善人ではありませんし」
「だって、貴女をこんなにも傷付けた」
「……わたし?」
「はい。どうやら私はそれが許し難いようです」
え、なに?どうして?
こんな、いつも落ち着いていて朗らかな笑顔を保っている方が、私の為にこんなにも怒っているの?
……駄目よ。勘違いしては駄目。ただ、お仕事熱心なだけだわ!
落ち着いて。息を吐いて、吸って、吐いて──
そういえば、コレをする回数が減った気がする。
気持ち的に負担が減ってきたからかしら。
「大丈夫ですか?横になりますか?」
しまった。心配させてしまったわね。
「その、違うんです。貴方が……いえ、何でもないです」
なんて言えばいいの?貴方が私の為に怒ってくれたのが嬉しいかった?でも、そんなことを言ったら変に思われるっ!
「少し顔が赤い。今日は早くに休んで下さい」
「……はい、そうします……」
ううっ、どうせモテない女ですよ。こんなことで狼狽えちゃう恥ずかしい女なんですっ。
最近すっかりとマクレガーさんに甘えてしまっていたからいけないのね。
離婚するとはいえ人妻ですのに、この程度のことで赤面するなんて本当に駄目だわ。
……でも、そうね。離婚が成立したら、マクレガーさんとはお別れです。
「どうしました?」
「いえ、もう少しでマクレガーさんともお別れだなと思いまして」
「おや、冷たいですね。役目が終わったらおしまいですか?」
「え、でも」
「私は貴方と小さな幸せを見つけながら、のんびり歩くのがお気に入りになってしまったのに」
本当に?このまま縁を繋いでいてもいいの?
「……では、すべてが終わったらハンナさんのお店に行きましょう。また、ゆっくりと歩きながら」
「いいですね、楽しみです」
これくらいならいいかしら。
ハンナさんのお店に行って、少しお話して。
そうしたら家に帰ろう。お父様達に会いたい。
それでいい。これ以上マクレガーさんには頼ってはいけないわ。




