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アシュリーの願いごと  作者: ましろ


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42/65

42.懐かしい夢

あ、これは夢だわ。


何となく分かった。だって、これはあの時、初めてジェフにあった時だもの。


ハンナさんのお店に向かう道。二人でゆっくりと歩きながら、小さな幸せを見つけて笑いあった。

不思議と彼の隣は居心地がよかった。

だからかしら。お店で大泣きしてしまって。

彼は困るでもなく、泣きたいなら泣いていいのだと、弱い私を許してくれた。


でも、リオ様には辛辣だったわ。お母様に甘えたいだけの子供だと言ったのよ。





「……確かに彼は甘えているかもしれませんが、母性?」

「おや、納得がいかないかな?」


納得がいかないというか、納得したくないというか。

夫がマザコンだと思うと気持ちが悪いです。


「でも、だったら何故本当の妻にしたのかしら。

あのまま白い結婚で離縁していたらこんなにも面倒なことにはならなかったのに」

「人の感情は一つとは限らないですよ。

貴方に一目惚れでもしたんじゃないですか?」

「………何でこんな年増と結婚しなくちゃいけないんだと叫ばれましたけど?」

「アハハッ、彼は本当に心が子供だな」


笑われてしまったわ。でも心が子供……。凄く分かりやすい表現な気もします。


「マクレガーさんは大人過ぎて、私達のいざこざは児戯に見えていそうで少し恥ずかしいです」


つい、拗ねるようなことを言ってしまいます。


「酷いな、年寄り扱いですか?」

「…お年を伺っても?」

「32です。アシュリー様より7つ上ですよ」

「貫禄がお有りだからもう少し上かと思っていました」


だって私の周りにはこんなにも落ち着いていて、頼りがいのある方はいなかったわ。

リオ様は論外だし、メルは仕事は出来るけど俺様だし、マシュー様は私と同レベルで張り合う仲だし。


「褒め言葉だと思っておきます」

「……褒めてますよ?」

「アシュリー様は、存外可愛らしくていらっしゃる」

「子供扱いするならご年輩者扱いしますよ!」


駄目だわ。何だか調子が狂う。私はこんなに余裕がなかったかしら。何だかマクレガーさんの手のひらの上でコロコロ転がされている気分です。


「はい、お詫びに苺をあげましょう」


デザートで出てきたプチケーキには苺が添えてあります。でも、好きだなんて言っていないのに。


「……何故ですか」

「お好きでしょう?出された時、目が輝いていましたよ」


もう~~っ!どうしたの、今日の私!

感情がダダ漏れみたいで恥ずかし過ぎるわ。


「……ありがとうございます」

「どういたしまして」


何だか……何かしら。このくすぐったい感じは。

まるで昔に戻ったみたい。

懐かしい我が家。弟にデザートを譲ったら、お父様が今度は私に譲ってくれた、そんなささやかな幸せが溢れていたあの頃。


「アシュリー様?」

「……ごめんなさい。涙腺がおかしいわ。

実家にいた頃を思い出しただけなんです。こうやってデザートを譲り合いっ子していたなって」

「ずっと帰れていないのですよね」

「……はい」

「じゃあ、サクッと勝利をもぎ取って、ご実家に凱旋しなくてはいけませんね」

「…ふふ、もうそんな簡単に」

「正義は必ず勝つんですよ」


本当に頼もしいなあ。何だか小さな女の子になった気分。守られるなんて何年ぶりなの。


「……ありがとうございます。頼りにしていますわ」

「お任せ下さい。一緒に頑張りましょう」


一緒に。嬉しい言葉だわ。

私はリオ様に一緒に頑張って欲しかった。そう言えば良かった。何故ずっと強がっていたのだろう。


「……私は彼を下に見ていたのかしら」

「下というより、庇護する対象だったのでしょう。最初の印象とは案外と引き摺るものです」

「あ。……弟と変わらないと思ったんだわ」

「理由が分かって良かったですね」

「……良かったのかしら?」


片や相手に母性を求め、片や離れて暮らす弟を重ね見る。


「第一印象を引き摺るといっても、成長するうちに上書きしていくものです。貴方はちゃんと夫として大切にしていたのでしょう?」

「……でも、仕事を任せられなかったわ」

「それは仕方がありません。仕事はおままごとではない。貴方が任せられないと判断したのなら、それなりの理由があったのでしょう。経営者として大事な判断だ。夫だからと使うのは愚か者のすることです。

ただ、そういった話し合いをするべきだったとは思うかな」


話し合いはあまりしていなかった。

リオ様は分かりやすい、体の触れ合いを求めていた。

確かに抱き合うのは嫌いではなかった。

相手の体温を感じ、優しい愛撫に酔う。

でも、それだけでは虚しかった。

……若いし、男の人はそういうものなのかと諦めていたし、仕事の話をしようとすると彼は不機嫌になるので、結局は有耶無耶になってしまっていた。


「……彼の愛人は演技達者らしく、彼しかいないと愛を乞う健気な娘を演じていたそうです。

私もそうしたら良かったのかしら」

「そうしたら伯爵家は没落したでしょうね」


まさかの没落まで言いますか。


「大変迷惑ではありますが、前伯爵夫人のなさったことはある意味正しいんです。

貴方というしっかりした有能な女性を妻として迎え、片や従順で庇護欲をそそり、彼の自尊心を擽る愛人を用意する。

伯爵を守り、満足させる最高の布陣です。

ただ、彼はそのせいで全く成長することが出来なかった。

学園に通い、知識を得た。それだけだ。

本来なら、彼に合わせるのではなく、彼を当主に相応しくなるよう育てるべきだったんだ。

何故、そんなにも甘やかしてしまったのか」


……そうか。彼の為だけに正しく作られた歪な関係。

それがすべての間違いだったのね。


「たったひとりだけ残ったリオ様を、何としても守りたかったのね」

「守り方を間違えたな」

「そうですね。……お義母様も私も、守り方を間違えていたようです」

「君の場合、守る必要は無かったんですよ」

「……でも、夫です」

「夫婦とは助け合うものであって、一方的に守るものではありませんよ」


ぐうの音も出ないとは、まさにこの事です。


「……もっと早くにマクレガーさんにお会いしたかった」

「おや、口説いてます?」

「貴方は本当にもうっ!」


でも、笑わせて下さってありがとう。

一つ一つ紐解かれた事実には自己嫌悪したくなるものも多くて。でも、貴方がそうやって私の心を守ってくれるから。……そうね、守られているんだわ。


「弱虫な私を守ってくれてありがとうございます」

「君は弱くない。こんなの普通のことですよ」

「私には普通じゃないです」

「では、普通にしていきましょうね」

「……はい」


不思議です。最近ずっと感じていた息苦しさが和らいだ気がするわ。

今日はぐっすりと眠れそう。


こんなにも穏やかな気持ちになれて……。


「本当にありがとう」






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― 新着の感想 ―
ああ良かった! アシュリーは生きているんですね。 もしかしたら、死んじゃったからジェフは手紙を届けに来たのかと思ってました。(いつ死んでも良いように、ウィリアムが成人するまでの手紙をあらかじめ書いてあ…
はじめまして! 最新話まで読ました!! 面白いですね!! いやあ、どの部分も大変素晴らしいんですが…… ここすごいなと思ったのは、余白の使い方ですね! エピソードの終わりの余白で、おそらく何…
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