40.断罪
「おかえりなさいませ」
「ああ。コーデリアは?」
私は結局マクレガー氏を訪ねることはなかった。
「奥様は孤児院への慰問に向かわれました」
その言葉を聞いてホッとした。
もしかしたら、コーデリアはいなくなっているのではないかと不安だったのだ。
「お父様、おかえりなさい!」
「ただいま、ウィリアム。留守中変わったことはなかったかい?」
それは本当に心配していたというより、ただの挨拶程度に掛けた言葉だった。だが、
「ありました。お父様に大切なお話があります。お時間を頂けませんか?」
もともと年齢の割に大人びているとは思っていたが、こんなふうに話し掛けられるのは初めてのことだ。
「もちろんいいよ。着替える時間だけ貰ってもいいかい?」
「はい、では部屋でお待ちしております」
子供部屋で話すのか?話があるのはウィリアムだけではないのだろうか。
「分かった、また後で」
軽く汚れを洗い流し着替えを済ます。
子供達の話とは何だろうか。
何かおねだりとか?
そんなことを考えながら部屋に向かうと。
ぺちりっ!
ただいまの挨拶の為に屈んだ頬を、エリサが叩いたのだ。
「おとしゃま、めよ!えり、おこってりゅわ!」
……うん。それは分かる。
だけどどうして?
「ウィリアム、エリサが怒っているから呼んだのかい?」
「エリだけじゃなく僕だって怒ってます!」
「フェリックス?」
「お座り下さい、父上。私達三人は父上にとっても怒っているし、失望しているんです」
失望!?もうすぐ7歳になるウィリアムの言葉に愕然とした。語彙力凄いな……いや、そうではなく。
「それでウィリアム。皆は一体何を怒っているんだ?」
「だっておとしゃまわりゅい!」
エリサが私が悪いのだと指差した。
「エリ、人を指差すのはお行儀が悪いよ?」
「……ごめんなしゃい」
「うん、いい子だ」
「エリ、いいこよ!」
微笑ましい光景だけど、そろそろ教えて欲しい。
「お母様が泣いてた」
「……え?」
フェリックスの言葉に驚く。だってあのコーデリアが泣く?
「父上。母上は笑っていたんです。なのにポロポロと涙がこぼれて。どうしたのって聞いたら、あら?って言ってました。涙が出ていることに気付いていませんでした」
「マリアはお母様は少し疲れてるみたいだって。
でも疲れたら泣くの?そんなのおかしいよ」
マリア……コーデリア付きの侍女か。
「ヒソヒソ話を聞きました。父上が他の女性の所に向かったって。奥様は自業自得だけどお可哀想にって言っていました」
「何だって!?誰がそんなことをっ」
いや……そういう問題ではない。これは全部、今まで私が見て見ぬふりをしてきた結果じゃないか。
『貴方がこれまで知ろうとしてこなかったこと全てですが何か?』
あの時、コーデリアはそう言っていた。
それはアシュリーのことだけでなく、そうしたことすべてを指していたのか。
「父上は浮気しているのですか?」
ウィリアムの言葉は、まるで5年前に時を戻したかのように感じた。
あの時、なぜアシュリーを求めて家を出たんだ。
そんなことさえしなければ、こんなことにはならなかったのに!
……いや、違う。いつかは子供達も真実を知ったはずだ。
夫婦にそっくりな2番目と3番目の子供。では、1番目の子供は誰に似たのか。
気付くきっかけなどたくさんある。使用人の内緒話。貴族の間でだって知れ渡っているじゃないか。
……これが私の罪か。
今更やっと本当に理解した。
筋を通さず、言われるがままに楽な方に逃げた。
女性から得られる安堵と快楽、そして優越感。
そんなものに浸って、本当に私に寄り添おうとしてくれていたアシュリーを蔑ろにして失った。
それでもコーデリアは私のもとに残ってくれたのに、そんな彼女と向き合うことも守ることもせず、5年という歳月を無駄にした。
きっと、コーデリアは泣く事も出来なかったのに。
そしてまた私はアシュリーに逃げようとして、コーデリアと子供達を傷付けた。
私はなんて……
「……すまない。本当だな、悪いのは全部私だ」
「母上を助けてくれる?」
「うん。許してくれるかは分からないけど、たくさん謝るよ。ちゃんと大事にする」
「僕達ちゃ~んと見てるからね!」
「そうだな。今度母上を泣かせたら父上に何か罰を与えようよ」
「兄様、すごい!」
子供達は言いたい事を言って満足したようだ。
まだ、事の重さを知らないから。
いつか真実を知った時、彼等はどうなるのだろう。
……守らなくては。
アシュリーの願いだからじゃない。私の大切な家族なのだから。




