39.出会い 3(ジェフリー)
二人でゆっくりと歩く。
他愛無いことを話しながら、ふと見つけた小さな幸せに笑い合いながら。
こんな穏やかな時間がずっと続くといい。そう思っていても、あっという間に店に着いてしまった。
本当にこぢんまりとした店だ。だが、私にとって、ある意味人生を変えてくれた店。
どうしてもアシュリー様を連れて来たいと思ってしまった。
「いらっしゃいませ、あら、ジェフ坊じゃないの」
「坊は止めてくれと言ってるでしょうが。
アシュリー様、こちらは店主の奥様で」
「あらあら。まあまあまあまあっ!
ジェフ坊がものすっごい美人を連れてきちゃったわね!」
「……うん。美人だよな。依頼人のアシュリーさん。
ちょっと心臓が悪いんだって。食べていい料理とか分かる?」
「え!?マクレガーさん!」
ごめんな。人に知られたくないのは分かっているが、病には食べ物から気を使わないといけないと知っているから許してくれ。
「ああ、そうなの。じゃあ、塩分控えめでお野菜を多めにしておこうかね。奥の席に行きな。適当に持っていくから」
「よろしく。行こうか」
「……はい」
訳が分からず少し不信感。そんな感じかな。
「申し訳ありません、勝手なことをしました」
「……謝罪を受け入れます」
受け入れるけど許すのは別。と言うことか。
「ハンナさん…、さっきの女性ね。彼女は私の人生の恩人で師匠なんです」
「師匠とは弁護士として?」
「いや、生きる上でだな。……事故の話をしたでしょう?」
「…はい」
「妻のお腹には子供がいた。同じ馬車に乗っていて事故に遭った。……生き残ったのは私だけだった」
こうやって自分の過去を話すのは卑怯だろうか。
でも、彼女には聞いてほしいと思った。
「妻とは恋愛結婚ではありません。それでも少しずつ夫婦として仲を深め、子供を授かることができました。
……突然二人を喪って足にも後遺症が残った。
もう、どう生きればいいのか分からなくて。
それなのにね。人間とはそんな時でもお腹が空いてしまうんだ」
あの時は本当に絶望した。
妻と子供を失って悲しみに暮れているはずなのにお腹が鳴ったんだ。そんなはずはないと思った。それどころでは無い、人生の終わりを感じているはずなのにと。
「……情けなくて泣いたよ。でも泣こうが何をしようが体は空腹を訴え、生きろと命じる。
もう、フラフラになりながら料理の匂いに釣られてこの店に入ったんだ。ボロボロと泣きながら」
いや本当にもう、よく通報されなかったと思う。
無精髭を生やし足にはぐるぐると包帯を巻き、松葉杖をついてよろけながら腹を鳴らして泣きながら入って来る男だ。
「そんな私を見て、『あらあら。随分とお腹がすいてるんだねぇ』と笑いながら温かいご飯を食べさせてくれた。
私は違うんだと、生きているのが辛いのだと泣いた。それなのに腹が減るのが悲しいと泣いた。
そうしたらね、『悲しいうちは生きろと言うことさ。私なんざいつお迎えが来てもいい年だからね。悲しんでいる暇なんかないよ。1日終えるたびに感謝ばかりだ』そう言って笑いながら、バシバシ背中を叩かれた」
おばさんは遠慮なく叩くから結構痛い。
でも、あの言葉に、死とは誰にでも訪れるもので特別では無く、だからこそ後悔の無いように生きなくてはいけないのだと思ったのだ。
「だからね。貴方も私も変わらない。だって死は誰にでもやってくるものだ。
貴方の病は、ただ体を休めなさいという合図であって、それに怯え、大切なものを手放せと言っているわけでは無いんです。
……そうですね。これからはのんびりと、さっきの花のように小さな幸せを見つけながら生きろということですよ」
そこまで話し終えると、ちょうど料理が運ばれて来た。
「おや、美味しそうなクリーム煮だ」
鶏肉とたっぷりの野菜が入ったクリーム煮は、ハンナさんの得意料理だ。
「……はい、美味しそうです」
そう返事をしながらも、美しいアンバーの瞳からはポロポロと涙が溢れていた。
「ごめん、泣かせてしまったな」
まるで、寄る辺ない子供のように泣く姿に心が痛む。
ハンカチを取り出し、涙が伝い落ちる頬を拭った。
「すみません、泣くなんて……」
「いや、私はもっと号泣していたから。君のように綺麗な涙ではなかったよ。
……泣きたいなら泣いてしまいなさい。
よく一人で頑張ったね。お疲れ様」
「うっ…~~~」
それからアシュリー様は一頻り泣いた。
泣くのことは大切なことだ。涙は心を浄化するから。
涙が止まる頃、ハンナさんが濡らしたタオルを持って来てくれた。
「ジェフ坊や、泣かすならせめてご飯を食べてからにせんかね」
「ああ、すみません。ハンナさんの名言を聞かせたら泣いちゃいました」
「まったく。ほれ嬢ちゃん、これで目を冷やしな。
ご飯は温め直すからもう少し待っていてねぇ」
ここに来ると、私は坊だしアシュリー様は嬢ちゃんだ。
ハンナさんのお年はいったい幾つなのか。
「スッキリしましたか?」
「……お恥ずかしい姿をお見せしてしまいました」
「そうですか?普通ですよ。嬉しければ笑うし、悲しければ泣く。お腹が空いたらご飯を食べて。
ただ、1日を後悔無く過ごす努力をする。あれからの私の日常です」
「……私は駄目です。そんな生活、ずっと出来ていなかった」
「まずはハンナさんのご飯でお腹を満たしましょう?」
「…はい」
それからは美味しい食事をいただき、彼女の話を聞いた。また何度か涙を零しながら、それでも彼女は話し続けた。
「マクレガーさんは不思議です。ずっと誰にも言えなかったことを会って一日で話せてしまいました。
弁護士さんは聞き上手なのでしょうか?」
「そう言ってもらえると嬉しいですね。
まあ、今日から私達は同じ目的を持って戦う同士です。背中を預けるのに信頼は必要ですから」
そう言った私を、何故か切なげに見て微笑んだ。
「どうしました?」
「……いえ。会って一日の貴方とは信頼関係が結べて、5年も夫婦だった彼とは出来なかったのだなと、少し悲しくなりました」
どうやら伯爵は、アシュリー様にかなり心の傷を負わせているようだ。
「たぶん、求めるものが違ったせいでしょう」
「求めるもの?」
「貴方は妻として、正しく夫と向き合おうとした。
でも、残念ながらご主人は守られる子供でいたかった」
「……こども?」
「ずっとそうやって生きて来たのでしょう。
責任の少ない次男坊として可愛がられ、突然当主として担ぎ上げられた。でも、それすらも母親と貴方に守ってもらえた。
伯爵はそこから成長していないのだと思います。
体だけ成長したお子様は、君の中の母性に惹かれたのでしょう。
お互いに求めるものが違うから、愛情はあるのに理解し合うことが出来ない。
そういうことではないでしょうか」




