36.語られた真実(3)
「これがお前が知りたがっていた真実だ」
……アシュリーが病気?
「そんな……、うそだ」
「何年もお前達に馬車馬のように働かされて、妊娠してもギリギリまで仕事をしていた。
そんな状態での出産はかなりの負担だったはずだ。出血が多くてそのショックで心臓が止まったのかと思ったが、それだけでは無かったのさ。
更にはそれだけ大変な思いをして産んだ子供は義母に連れて行かれて、助けを求めようにもお前は愛人と懇ろになって寄り付かない。
子供を取り返すためには、まず仕事から手を引く為の体制作りをしなくてはいけなくて、産後間もないのにまた必死に働いていた。
アイツが突然死しなくてよかったな?
そうしたらお前の人生は終わっていただろ」
どうして……違う、こんなはずではなかった。
私が知りたかったのはもっと……
「もっと優しい真実だと思っていただろう?
そうしたらお前の罪悪感は消えるもんな」
罪悪感……。
……そうだ。だって苦しかった。
アシュリーはいない。社交界でも商会でも、未だに陰口を叩かれるんだ。
家に帰ってもコーデリアが忘れるなと訴える。
罪を忘れず、アシュリーの願いを叶え続けろと彼女への献身を見せつける。
変わらなきゃと思った。
だから自分なりに頑張っているつもりだが終わりが見えなくて苦しくて。
「アシュリーはもっと辛かった。
それでも頑張っていたのはお前の為だった。お前と幸せな家庭を作る為だったんだ。
それを裏切り続けたのはお前だろう。
……それでもアイツはお前に大切なウィリアムを託した。幸せな家族になってくれと願ったんだ。
これ以上アシュリーを裏切るなよ」
裏切るつもりなんか無い。ただ、ただ私は……
「……貴方はアシュリーを愛しているんじゃないのですか?」
「は?」
「ずっと聞きたかった。だって、離婚したら貴方と再婚すると思っていましたから」
そう。まだ学生だった頃、初めて会った時からそう感じていた。いつかこの人にアシュリーを奪われる、そう思っていた。
「まだ疑われていたとは心外だな」
呆れたように笑われる。
「学生の頃のアシュリーは女性にしては珍しく、将来の夢を必死に追い掛ける、キラキラした人だった。
確かに好きだと思ったよ。でも、俺はまだ家庭を持つ気は無かったし、爵位を継ぐのは兄だから、あの頃の俺はまだ何者にも成れていない、ただの夢追い人だった。
それなのに、いつか医者になるつもりだから、それまで待っていて欲しいなんて言えなかったなあ」
懐かしそうに語る言葉は私にとって未知のものだった。
本当ならば私も通るはずだった道なのに。
「だから俺は、愛ではなく不変な関係を選んだ。
友達として、どれだけ離れても、出会えばまた学生の頃のように戻れる、そんな無二の親友になろうと思ったし、彼女もそう望んでくれた。
俺はね、この関係を気に入っているんだ」
そう言って笑う姿は誇らしげで、私が彼女の夫であった頃にすら持つことの出来なかった顔だ。
「……私と貴方の違いは何です?どうして貴方はそんなにも満ち足りた顔が出来るんだ。どうして私は……どうやったら……アシュリーの言うように、幸せになれるんですか……」
そうだ。私はアシュリーに教えて欲しかった。
甘えているのは分かっている。今更優しく教え諭して欲しいなど烏滸がましいと知っている。
でも、本当に分からないんだ。
いくら望まれても、方法が分からない。
家庭を大切に、仕事に励んで。それで?
やっているつもりなのに何かが違うと分かる。
でもその先が───
「何度でも言うぞ。お前が話をするべきなのは、アシュリーではなくコーデリア夫人だ。
お前が辛いと思うなら、夫人はもっと辛い目にあっているだろう。
お前を誘惑し、家に尽くしてきた前妻を追い出し伯爵夫人の座を手にした悪女だ。
アシュリーを慕っているのは本当だろう。子供達を大切に思っているのも本当だ。アシュリーに託されたものを守ることに喜びを感じるのも本当だろう。
でも、だからといって本当に傷付かないと思っているのか?笑っていれば幸せだと信じるのか。
いつまでもアシュリーに逃げて、また同じことを繰り返すのか?」
逃げ……そうか、私はアシュリーを理由にして逃げているのか。
「お前は被害者じゃない。いつでも無責任に逃げ回る加害者だと自覚しろ。もう子供じゃないんだぞ。現実から逃げるな!」
私は自分のことを加害者だけど、被害者だとも思っていた。母が裏工作をしなければこんな事にはならなかったのだと、ずっとそう思っていた。
「……申し訳ありません」
「俺に謝ってどうする。相手が違うだろう」
「はい。あの、それで今、アシュリーは回復したのですか?」
「……さあな。知りたいならジェフリーさんを訪ねたらいい。俺は今すぐ家に帰ることをお勧めするけどね」
そう言われると……。
私は今すぐにでも家に戻ってコーデリアに謝罪して、しっかりと話し合うべきだろう。
でも、今を逃せばもう二度とアシュリーには会えない気がする。
私が選ぶべきは──。




