35.語られた真実(2)
夢であった医師という仕事だが、辛いと思うことは色々とある。
その中の一つ。それは告知をする時だ。
「アシュリー、君の心臓に異常が見つかった」
「まあ、本当に?」
彼女が妊娠した時、息苦しさや動悸がすると言っていたのに。
俺はあの時、妊娠のせいかもしれないと言ってしまった。ちゃんと診察を受けるようにと言うだけで終わってしまったことを本当に後悔している。
先日、アシュリーから相談を受けた。
仕事中に突然胸が苦しくなり、意識を失ったと言うのだ。夜、一人で書類作業をしていたらしい。
気を失った時間はそう長くないというが、通常ではありえないことだ。
だからしっかりと検査を受けろと言っただろうと叱りつけ、師事する先生に検査を依頼した結果がこれだった。
だが、アシュリーも薄々は自覚していたのだろう。
驚いてはいるものの、どこかで覚悟をしていたような、そんな顔をしている。
「…それならもう我慢する必要は無いわね?」
それは仕事のことか、それともウィリアムのことだろうか。
あの家はアシュリーにばかり無理を強いる最低なやつらだ。それでも家族になったのだからと、彼女はこれまでずっと頑張り続けた。
……そう、頑張り過ぎてしまったのだ。
「でも、もう変わらなくてはね」
「……そうだな。まずは心と体を安静に」
「そうねえ。そろそろ私がいなくても商会も大丈夫になってきたし、ここらで家族旅行にでも連れて行って貰おうかしら?」
これは強がりだろう。本当は不安だろうに。
出来ることなら、夫と共に聞いてほしかった。
だが、あの男は……。
本当は知らせたくない。だが、このままでは駄目だということも分かる。
向こうから突然突き付けられるよりは……。
「アシュリー、落ち着いて聞いて欲しい」
「やだ、まだ何かあるの?」
怯えつつも、何とか笑おうとしている姿が痛ましい。
「お前の夫は愛人を囲っている」
俺の目をジッと見つめながら、何とか言葉を飲み込む。
「それと、愛人が懐妊したことが分かった」
「……うそ……」
「診察したのは俺の友人だ。診察の時にスペンサー伯爵が囲っている女だと分かったらしい。
お前と俺が友達だと知っていたから、心配して教えてくれたんだ」
本当は許されない行為だがな。
「……そう、では……本当の事なのね」
「大丈夫か?呼吸をゆっくりするんだ。
──吐いて、吸って、吐いて──。
そう、上手だ。苦しくないか?」
「……うん、へいき。驚いただけだから。続きを聞かせて?」
相手はクィントン伯爵家の婚外子、19歳。
どうやらアシュリーがウィリアムを出産して暫く経ってから関係が始まったらしい。
「だから?その方とのお付き合いが始まったからあんなに冷たくなったの……」
冷たくなった?そんな話は聞いていなかった。
「……上手くいっていないのか」
「ふふ、バレちゃった。……情けないわね」
「無理に笑うなよ、もっと怒れよ!」
「……うん。本当はね、そろそろ怒ろうかと思ってたの。商会も落ち着いたし、これからは貴方がやってよねって、私はのんびりとウィリアムを愛でる生活をさせてもらいますからって。
……でも……これじゃあ無理ね。
ポンコツな心臓の妻なんてお払い箱だわ」
「そんな言い方しないでくれ」
「……だったら治るの?」
「正直分からない。心臓はまだまだ未知の領域なんだ。ただ、君の心臓は確実に弱っていて、だから息苦しさや動悸、痛みなどが起きる。その頻度や意識を失ったことがあることを見ると、軽度とは言い難い。
出来ることは、心身共に健全な生活を送ること。
たっぷりの睡眠に、バランスのいい食事、ストレスのない生活。そうしたら改善する場合もある」
「……死ぬ可能性もあるのね?」
「このままの生活を続けていたら多分あっという間に」
心臓を治す方法はまだ確立されていない。
治療薬なども見つかっておらず、対処療法しかないのが現状だ。
だが、今までの生活で体を壊さなかった方がおかしいのだ。ちゃんと健康的な生活が送れたら。大きな発作を起こしたりしなければ改善の可能性はあるはずなんだ。
「……これじゃあウィリアムと暮らせないわ」
「諦めるなよ」
「無理よ。たぶん、お義母様は私が一人しか子供を作れなかったから愛人を用意したの。その令嬢が身籠ったなら、私は病気療養の為にと何処かの治癒院に入れられて、その方を後妻にするはずよ。
……私は本当に病気なのだもの。ウィリアムを渡してくれるはずないわ!」
とうとうアシュリーが泣き出してしまった。
今までずっと耐えてきたものが限界を迎えたのだろう。
「お前自身はどうしたいんだ。……離婚を考えるのか?」
「…どうかしら、分からない。でも、その方はお腹に赤ちゃんがいるのよ。どうにも出来ないじゃない?
私が離婚は嫌だとゴネたらそのままずっと愛人と婚外子として囲い続けるの?
……そんな生活耐えられない。あっという間に心臓が止まる自信があるわ」
確かにそんな生活は勧められない。
夫婦仲が上手くいっていなくて、愛人とその子供を囲っている。そんな中、たとえ乳母が居たとしても、ウィリアムを育てながら安静に出来るわけもなく。
「……私ね、ウィリアムに母親だと思われていないの。
お義母様が過干渉だなんて嘘。本当は本館に連れて行かれてしまってほとんど会わせて貰えないの。
…リオ様は私とは顔もあわせてくれない。たまに会えても睨み付けられたり、嫌味を言われるわ。
……もう、とっくに家族として破綻しているのよ。
だったら、いっそこのまま、その愛人の方に母親になってもらった方がいいのではないかしら」
「それは……」
「だって無理して引き取っても私の体は子育てが出来るの?
あの子をあやしている時に突然発作が起きたら?ウィリアムが怪我をするかもしれない。
もし目の前で死んじゃったら?あの子の心に深い傷を残すわ。
ゆっくりと療養しながら子育てなんて……それにあの子はお義母様をばぁばって呼んで慕っている。父親のことだって認識してる!
ウィリアムの幸せを考えたら……離婚して、私が出て行くことが一番なのかもしれない」
そう言って、またひと粒涙がこぼれ落ちた。




