31.五年後(5)
悩んだ末に、アシュリーの実家に手紙を送った。
返事は弟君から届き、訪問の許可を貰うことが出来た。
「アシュリーの実家に行ってくる」
「違います。マクレガー夫人ですわ」
「……分かっている」
あの日から、コーデリアはアシュリーの名前を呼ぶことを許さなくなった。だが、それ以上は関与しないようだ。
いつもと変わらず、子供達を守り、仕事に励む良き伯爵夫人であり、母親である。
「……なあ、何故君は私を裏切ったんだ」
だってこの五年という長い時間を共に過ごして来たじゃないか。
愛から始まった関係ではない。それでも、何かしらの絆が深まったと、そう思っていた。
「私を救って下さったのはアシュリー様です」
コーデリアはまるでアシュリーの信者だ。
確かにアシュリーのおかげで伯爵夫人になれたのだ。感謝する気持ちは分かるが。
「だが、君がアシュリーと話をしたのなんて、あの時だけじゃないか。たったそれだけでどうして?」
私との時間に比べたらたった一瞬の邂逅だ。
それなのに、なぜそこまで信頼できるのだろう。
「いつでも誰かに愛されて、守られてばかりの貴方には一生理解出来ないと思うわ」
その台詞はまるで私を馬鹿だと言っているようで癇に障る。
「こんなにも愚かな私を、アシュリー様だけが救ってくれたの。こんな私の手を、もう大丈夫だと握ってくれた。
……貴方には理解出来ないでしょう?
それがどれ程までに嬉しかったか。
いいのです。これは私だけの思いですから。
ですから、私はアシュリー様が望んで下さる事ならば何でもするわ。
子供達の良き母に、貴方の良き妻に、この家を守る伯爵夫人にだってなってみせます。
社交界のご婦人達に泥棒猫だ卑怯者だと謗られようが、貴方に裏切り者だと罵られようが構いません」
きっぱりとアシュリーへの思いを言い切る。
だがそれでは……。
「……君は、私を愛していないのか」
「私が知る愛とは、アシュリー様の深い愛情のみです。比べて貴方の愛とはどれのことでしょう。
もしや、貴方の愛とは肉欲のことですか?」
あまりにも明け透けな言葉に言葉を失う。
「ですが……そうですね。確かに私は貴方を愛しておりませんわ。だって、愛していたとしたらきっと死にたくなるもの」
「……どうして」
「気付いていないの?貴方は時折アシュリー様の名を呼びながら私を抱くのよ」
私が……アシュリーの名を?
「……まさか」
「だから、愛が無くて良かった。私は妻の義務として貴方を慰める為に抱かれる。貴方はアシュリー様への愛に傷付くご自分を慰めるために私を抱く。ね?何も問題は無いわ」
そう言ってふんわりと微笑む彼女は正気なのだろうか。
「……帰ったらもう一度話そう」
「畏まりました。お気を付けて行ってらっしゃいませ」
馬車に揺られながら、なぜ、どうしてと頭の中がグシャグシャだ。
コーデリアは伯爵夫人になりたいのだと思っていた。
アシュリーの前では健気な素振りを見せていたが、結局はすべてを手に入れているではないかと心の何処かで嘲笑っていた。
だが、本当に違ったのか?あの時の涙が本当で、私を愛しているわけでも、伯爵夫人になりたかったわけでもなく、ただアシュリーの望みを叶える為だけなのか。
ようやく幸せを取り戻せて来たと思っていた。
心の内にはアシュリーがいるけれど、それでも新しい幸せな家庭を築いていけていると。
……怖い。あの男が来てから、5年間の夢が壊れていく気がする。
最後にあの男に会う時、私はどうなっているのだろう。
そんな不安を抱えながらも、馬車は先へと進む。
アシュリーの家に行くのは初めてだ。
3日という長い時間を掛けて、ようやく到着した。
それは貴族の館というよりは、裕福な平民程度の家に見える。
以前、貴族らしい家ではないと言っていたが誇張ではなかったようだ。
「ようこそいらっしゃいました」
歓迎の言葉で出迎えてくれるものの、瞳に笑みは無い。
「父は体調を崩しておりまして。申し訳ありませんが、本日は私が対応させて頂きます」
「君は弟君の」
「ローレンスと申します」
「ずいぶん立派になったな」
「ありがとうございます。それで、今頃どのような用件でいらしたのですか?」
……今更と言われないだけマシなのだろうか。
「先日、マクレガー氏が我が家にアシュリーからの手紙をもって来たんだ」
「義兄さんが?」
「…アシュリーが結婚したのは本当なのか」
「は?貴方に何の関係があるんです?姉さんは貴方とはとっくに別れたんだ」
やはり怒っていたようだ。憎々しげに睨み付けられる。
「マクレガー氏に言われたんだ。調べてもいいって。ただし、途中で止めるのは許さないと」
あの時のマクレガー氏との話を伝えると、ローレンスは暫く黙り込んでしまった。
そして。
「いいですよ。貴方は何を知りたいんですか」




