30.五年後(4)
──今、この男は何と言った?
「…アシュリーが貴方の妻だと?」
「はい。アシュリー・マクレガーは正式に私の妻です。今後は気安く名前で呼ばないで下さい。
では、用は済みましたのでこれで失礼します」
それだけ言うと、彼は私の返事も待たずに立ち上がった。
……妻。アシュリーがあの男と結婚しただと?
なんで、いつの間に……どうして!?
いや、違う。それよりも何故アシュリーからの手紙をこの男が運んできたんだ?
「……まて、待ってくれっ!!」
男は既に部屋を出ていた。それを慌てて追いかける。
部屋を出ると、丁度男はコーデリアと出くわしたようだ。
「先生、どうして」
「アシュリーの手紙を届けに来ました」
「……そう。そうなのですね」
どうして何も疑問に思わない。……まさか。
「コーデリア、お前は何を知っている」
私の問いに、ゆっくりと振り返ったコーデリアはニッコリと微笑んだ。
「何を、ですか。それは、貴方がこれまで知ろうとしてこなかったこと全てですが何か?」
何かだと?私がどれほどアシュリーを求めているのか知っているくせに!
「どういうことだっ!」
「君こそどういうことだ」
そこでようやくマクレガー氏がいることを思い出した。
「アシュリーは私の妻だといったはずだ。貴方が知る必要は一切無い。貴方は今のご家族のことだけ考えれば良いでしょう。
君のように愚かで罪深い男に大切な妻の何を教えろと?私はね、貴方が大嫌いなんですよ」
……確かに、人の妻のことを知りたがるのはおかしなことだ。だが、面と向かって嫌いだと言われるなんて。
「伯爵。夫から他の女への執着を聞かされる妻は幸せだと思いますか?」
「……いいえ」
「貴方は相変わらずご自分が一番可愛いようだな。アシュリーの願いは一生叶うことはないらしい」
そう言われれば、これ以上何も聞けなくなってしまう。
「夫人、手紙は必ずウィリアムに渡すように」
「畏まりました」
「先に開封する愚か者がいないことを祈ります」
ちらりと私に冷めた視線を寄越すのを止めてほしい。息子への手紙を勝手に読んだりするわけ無いだろう!
「伯爵。貴方にはアシュリーの願いを叶える責務がある。夫人を問い詰めることの無いように」
「……はい」
「だが、本当にすべてを知る勇気があるなら調べることを許そう。但し、人を使うことは許さない。君自らが動きなさい。その間、家のことを疎かになどしないように。
それが守れるのであれば君の好きにするがいい」
調べる……何を?すべてとは何だ。
アシュリーが本当に結婚しているか。今どうしているのか。そういうことか?
「……貴方が邪魔をすることは?」
「そうだな。邪魔はしないが、始めるならば必ず最後まで調べ上げろ。
このまま何も見ず聞かず生きていくか、事の始まりから終わりまですべてを明らかにするか。
──君はどちらを選ぶ?」
……この人と話していると、悪魔に誘惑されている気持ちになる。彼の示す先には何があるのか。
「……調べます。このままでは家族を幸せに出来ない気がするから」
「よかろう。最後は私に会いに来るといい。答え合わせをしてあげるよ」
そう言って名刺をくれると、男は杖を突き、少し右足を引きずりながら、ゆっくりと去って行った。
「旦那様、子供達の前でその様なお顔を見せないで下さいね」
コーデリアが淡々と告げる。彼女は一体何を知っている。いつから彼等は繋がっていたのだ。
「……分かっている」
だが、彼女にはもう聞けない。先に釘を刺されてしまった。
アシュリーのことを調べる。……どうやって?
ご両親に聞くか、ルドマンに聞けば分かるだろうか。
……そう、たったそれだけのことを、この五年間やって来なかった。彼女に会いたいと願いながらも、足を向けることは一度もなかったのだ。
だが、私はもう約束をしてしまった。
今思えば、彼に謀られた気さえする。
あの手紙を届けることで、私自ら真実を探り当てるように誘導されたのではないだろうか?
そわりと寒気がした。
悪魔との契約は、私に何を齎すのだろう。




