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3.お飾りの妻

「無理を言ってごめんなさいね」


前伯爵夫人にそう言われて、本当ですよ!と言える人はいるでしょうか。


「……いえ、私などがお役に立てるか不安ではありますが、精一杯頑張らせていただきます」

「頼もしいわ、ありがとう」


くっ、美人は狡い。そんな風に少し眉を下げ、申し訳なさそうにされると、いえいえドンと来いです!と言いたくなってしまいます。言いませんけれど。


「それで、何時から働けそうかしら」

「……明日からでもよろしいでしょうか」


まさか今日からとは言いませんよね?

でも、早く早くなるべく早くね!という圧を感じてしまいます。


「まあ流石ね。では明日からお願いするわ」

「はい、よろしくお願い致します」


……変ね?私って嫁ぐのよね?就職ではないのよね?このままでは永遠に仕事をさせられる気がするわ。


「あの、何とお呼びしたらよろしいでしょうか」

「私のことはお義母様と呼んでくれると嬉しいわ」


よかった、嫁なのは間違いないみたいです。


「家のことは私がいるから安心してちょうだい。貴方は事業に集中してくれればいいから」


はい。そこが一番大変なのですけどね?

お義母様は侯爵家のご実家という強い後ろ盾があるのですから、お義母様自身が運営なさった方がいいと思うのは気のせいでしょうか。

それともご実家すらも乗っ取りを企てて来るような方達なのか。お金は人を狂わせるものなのですね。


「承知致しました。あの、リオ様は今後どうされるのでしょう」


まさか、私と一緒に仕事をするのかしら。それとも家庭教師を付けて当主教育が先かも。


「あの子は学園に通うの。貴方の母校よ」


──え?


「よかったら学園の話をしてあげて下さる?今まで通っていたのですもの。色々とご存知でしょう」


ええ、知っていますよ。途中で通えなくなりましたけど、楽しいことはたくさんありましたわ。


「……畏まりました。男性とは違うこともあるかと思いますが、私の知っていることがお役に立つと嬉しいですわ」

「本当に貴方が来てくれて助かるわ。ありがとうね、アシュリーさん」


ニッコリと微笑む姿に、申し訳ないけれど寒気がしました。

だって分かってしまったから。

お義母様は、本当は私に事業の立て直しを求めているわけではなかったのです。


ただ、伯爵夫人が夫の代わりに事業に携わっている。その姿を望んでいるだけなのだわ。


多少頭が良く、事業の話についていければいい。その程度のお飾り妻が欲しかったのだ。

そうしたら、その間にリオ様は学園に通うことが出来るもの。


学園は小さな社交場です。学問ももちろん大切ですが、そこでの人間関係が今後を左右します。リオ様のこれからのことを考えると、王都の学園には絶対に通わせたかったのでしょう。

でも、今の状況でリオ様を王都の学園に行かせては不満の声が上がるでしょうし、お母様お一人で家と事業を守ることは難しい。

だからある程度利口で、でも実家の力が弱い、未婚で婚約者がいない程よい年齢の貴族子女を探したのでしょう。それに当て嵌まったのが私だったのです。


「……そっか。お飾りかあ」


ベッドにお行儀悪くごろりと転がる。

目を瞑り、考えをゆっくりと巡らせる。


……うん。お義母様は守るものの為に正しく打てる手を打っただけ。間違ってはいないわ。

それに、


「最初はお飾りでも、お飾りで居続けなくてはいけないわけではないわよね?」


ならばやってやろうではないか。

勉強も努力も得意分野です。舐められたままでは悔し過ぎるわ。

リオ様が学園で頑張るならば、私も少しでもお役に立てるように努力致しましょう。どのような理由であれ、私はあの方の妻に、この家を守る夫人になるのですから。


「落ち込むなんて時間の無駄よ。やれることを一つずつ(こな)すの」


そうです。器用ではない私に出来ることは、目の前にあることを懸命に頑張るだけです。

そうしたらいつかはお飾りではない、本当の妻になれるのではないでしょうか。



そう思ってきたのにね。

気が付けば私に残っているのは仕事だけになっているのだから、本当に不器用過ぎて笑ってしまいます。



最初の頃はとにかく必死でした。勉強ばかりで頭でっかちな小娘など本当にお飾りでしかなくて。それでも、寝る間も惜しんで学び、少しずつ少しずつ事業に関われるようになって。

3年目にはようやく軌道に乗り、借金もかなり減らすことが出来ました。


リオ様は寮生活をなさっていた為、お会い出来るのは長期休暇の時だけ。それも、私の方が忙し過ぎて中々ゆっくりと時間がとれず、本当に夫婦なのかと疑いたくなるようなすれ違い生活でした。

それでも、会う度に大人っぽく成長していくリオ様は、王都のお土産として何かしらプレゼントをしてくれたりしました。

初めはお菓子。そのうち万年筆などの小物になり、いつしかそれはアクセサリーや香水になって。

入籍しただけで、夫婦としての触れ合いは一切無かった私達ですが、彼の中で少しずつ妻として形作られているように感じて、くすぐったいような面映いような気持ちになりました。


そして。


「……貴方に触れてもいいだろうか」


無事卒業を迎え、やっと屋敷に帰って来たリオ様が初めて私に触れて下さったのです。


おずおずと抱きしめて来た彼は、かつての子猫などではありませんでした。


「貴方を抱きたいです」


そう囁きながら、耳に、頬にと懇願するように口付けられ、


「……もう年の差なんて無いじゃない」


彼の男としての色気にすっかりと翻弄され、泣き言を口にした私を、彼は少し驚いたような顔をしてから……


「やっと私を男として見てくれた」


そう言って、本当に嬉しそうに笑ったのです。


あの時の笑顔は本物だったと、こうして裏切られた今でも信じている私は愚かなのでしょうか?


それでも彼に口付けられて嬉しかった。

彼が私で興奮してくれたことに涙が出た。

彼の与えてくれる熱も、快楽も、痛みすらも。


そのすべてを、私は愛おしいと感じました。




やっと、貴方の本当の妻になれたと──





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