27.五年後
『お願いだから、私を疑わないで』
「アシュリー……」
大切だった妻に手をのばす。でも──
「おはようございます、旦那様」
「……おはよう、コーデリア」
アシュリーと離婚して、もう5年にもなるのに未だに未練がましく夢を見る。
……夢を見て泣くとか、馬鹿みたいだ。
それでもコーデリアは何も言わない。
私がアシュリーを忘れずにいることに、逆に安心しているようだ。
──自分達の罪を忘れるな。
コーデリアは私にも自分にもそう求め続ける。
「早く支度をなさって。昨日、ウィリアムと朝食を一緒に食べようと約束したのをお忘れですか?」
「…いや、覚えてるよ」
彼女は子供達を呼ぶ時は必ずウィリアムの名を呼ぶ。
コーデリアの中で、この家での一番はウィリアムだ。それは再婚した当初からずっと揺らぐことはない。
以前は人形のようだった彼女は、今ではすっかりと、優しく、時に厳しい立派な母親になった。
『私は貴方を甘やかしませんから』
子供達にはとても優しいコーデリアだが、私にはとても厳しい。仕事も、子供との関わり方も、全てにおいて全力で臨めと檄を飛ばすのだ。
……私の周りで優しいのは子供達くらい?
いや、最近ではウィリアムとフェリックスも少し冷たい気がする。
私に優しいのはエリサだけかもしれない。
コーデリアは、エリサを身籠ったとき、酷く動揺していた。
そしてルドマンに詰め寄った。どうやら彼に避妊薬を処方してもらっていたらしい。
「アシュリーからの復讐だよ」
彼はニッコリと笑ってそう言った。
「訴えたかったらどうぞ」と言ったが、コーデリアはアシュリーの望みならばとそれ以上は何も言わなかった。
「……どこまでお人好しなのかしら」
そう言って泣きそうな顔で笑った。
だが、この子を産んだら本当に避妊薬を下さいと頭を下げた。孕んでばかりでは、夫のサポートが出来ないと睨めつけられた。
どうやら浮気を疑われているようだ。
さすがにそんな愚行を繰り返す気はさらさらないが、こればかりは今後も誠実な夫としての姿を見せていくしかないのだろうと理解している。
そうして、私は三人の子供に恵まれ、美しく献身的な妻を二人も得ることが出来た果報者と言われているのだ。
子供達はとてもいい子ばかりだ。
コーデリアに大切に育てられているウィリアムは、兄としてフェリックスとエリサの面倒をよく見ている。
だから弟妹達は兄のことが大好きだ。兄様兄様と後をついて歩く。
これはどうやらアシュリーに教わったことらしい。
ウィリアムの誕生日になると彼女からの手紙が届く。
その中に、兄として下の兄弟を大切に守ってあげられる人になれることを願っていると書かれていたようだ。
幸せな家族。その幸せはアシュリーの献身で成り立っている。
幸せであればあるほど胸が痛い。
何年経ってもアシュリーへの愛しさと後悔が押し寄せてくる。
何と甘く苦い贖罪なのか。
今日も私は彼女の作った美しい世界を守るために働くのだ。
「お父様、おはようございます」
「おはよう。すまん、待たせたか?」
アシュリーにそっくりなウィリアムの笑顔。
「大丈夫です。ね、フェリックス」
「うん!兄様がお話してくれてたから楽しかった!ね、エリサ」
「おとしゃま、おはようごじゃいましゅ。
エリはおなかしゅきまちた」
もうすぐ5歳になるフェリックスは私によく似ている。中身はお兄ちゃん大好きっ子だ。3歳になったエリサはコーデリアに似ていてとても可愛らしい。まだ上手く舌が回らないが、そこがまた微笑ましい。
三人は本当に仲が良く、喧嘩している姿など見たことがない。……いや、フェリックスとエリサが兄の取り合いならしていたか。父の取り合いはしてくれないのに。
少し悲しくなりながらも、家族での朝食を楽しむ。
いつも通り忙しく、でも穏やかな日が始まる。そう思っていた。
「旦那様、予定の無いお客様がお見えですが如何いたしましょう」
予定外の来客が来たのは夕闇が近付く頃だった。
……予定になく、更にこんな時間に?
不審に思いつつも相手の名前を尋ねる。
「覚えておいででしょうか。アシュリー様を弁護されていたマクレガー弁護士です」
……忘れるはずがない。
彼は正しくアシュリーを守った。
私は反論の余地など無く、彼女との離婚に同意するしかなかった。
アシュリーは子供との面会を求めず、年に一度手紙を送るだけ。
それなのに今更何をしに来たんだ。
「応接室に通してくれ」




