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アシュリーの願いごと  作者: ましろ


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25.リオの片思い(3)

世界は突然変わったりはしないようだ。


子供が出来たといってもすぐに生まれるわけでもなく。

彼女は現在悪阻というものらしい。

食べ物や花の臭いにすら何度も吐き戻し、こちらはオロオロするばかり。でも、本人は病気じゃないから大丈夫だと青白い顔をしながら笑って見せる。


そんなに私は頼りないだろうか?

…確かに出来る事など無いに等しいけど。

それでも何かしてあげたいというこの気持ちを少しくらい汲んでくれてもいいじゃないか。


そんな不満と、今までは言い合いをする事はあっても、夜になれば愛し合うことが出来た。

素肌で触れ合い、私しか知らない彼女を見る。

これ以上無い程一つに溶け合えるあの恍惚とした瞬間まで今は奪われてしまった。


それなのに仕事だけはするし。


どう考えても、私は仕事よりも下だ。

家の為だということは分かっている。私に任せられないから仕方が無いというのだろう。

分かっていても腹立たしく感じる自分の幼稚さが嫌になる。

いつまでも、どこまでも子供な自分。

だから彼女に頼ってもらえないし、甘えてもくれない。

でも4歳差は永遠にそのままで変わることはない。

……本当に70歳までこんな気持ちを持ち続けるのか?

でも、こんなこと誰にも相談出来ない。

八方塞がりだ。


ようやく彼女が安定期に入り、悪阻も落ち着いてきたようだ。

医師からは閨ごとの許可も出た。

久しぶり過ぎて、興奮して力が入り過ぎるのを何とか抑えるが足りないと思ってしまう。


私はなぜこんなにも満たされないのだろう?

彼女を抱く幸せもその一時のことで、翌朝にはスルリと私の手からすり抜けて行ってしまう。

彼女の一番になれないことが虚しい。

私が手に入れたのは身体だけだと感じる。

では、もしやその心は既に誰かに捧げているのか?


そんな中、またあの男が現れた。


「夫人、懐妊おめでとう」

「ありがとうございます、マシュー様。

でも、貴方に夫人と呼ばれると違和感しかないわ。今まで通りでいいのに」

「一応マナーだろう?」


相変わらずの気安い会話だ。


「……どうぞ学生の頃のように呼んであげて下さい」

「伯爵がそう言って下さるのなら」


私の強がりをニッコリと笑って引き受ける。

いや、そこはもう一歩遠慮しろよ。


「アシュリー、少し顔色が悪いぞ。どこか調子が悪いのか?」

「……うん。時々息苦しいのと動悸がするの」

「ああ、だいぶお腹が大きくなってきたから圧迫されているのかもしれないな。少し顔に触るぞ」


は!?私が聞いても大丈夫だとしか言わないくせに?それに研修医じゃなかったのか!

叫びたいのを耐えていると、下まぶたを下げたり、首元にまで触れている。


「……何をしているのですか」

「ああ、ここを見ると貧血かどうかが分かるんです。

アシュリー、少し貧血気味だな。息苦しさと動悸はそれも理由かもしれない。ちゃんと医師に相談した方がいいぞ」

「わかった。ふふっ、本当にお医者様みたい」

「あと少しでなれるからな。そうしたら診察してやるよ」

「ええ、期待しているわね」


私とは言い争うことが多いのに、この男とは揉めることなく楽しげに話すんだな。

どうして?私には体調のことすら教えてくれないんだ。


……貴方が好きなはずなのに、貴方といるとどんどん嫌な男になって行く。何故、どうして上手く行かないんだ!


それでも、子供さえ産まれたら。

そうしたらきっと──





アシュリーの陣痛が朝方始まり、昼になり、夜を迎えてもまだ産まれる気配がなかった。


「……こんなにも時間が掛かるものなのか?」

「…初産は時間が掛かるものですよ」


部屋からは彼女の苦しそうな声が響いてくる。

更に朝を迎え、それでもまだ産声は聞こえて来ない。


「もう丸一日だ!おかしいだろう!?」


苛々と部屋の前を歩き回る。

時折人の出入りはあるが、『まだです』『頑張っておられますので』と、そんな言葉だけだった。


昼近くになり、やっと産声が聞こえた。


「おめでとうございます、男の子です!」


やっと産まれたっ……。

喜びよりも安堵の方が強かった。


だが、何やら中が慌ただしくなった。


『出血が多い』『急げ』『心臓がっ』


信じられない言葉が聞こえてきた。


入るなと言われていたが、無視をして扉を開けた。


医師が懸命に心臓を手のひらで勢い良く押している。


「……何をしている。そんなに強く押したら痛がるぞ……」


その光景を呆然としながら見つめ、ただ思ったことを口にする。


「……出血が多く、奥様の心臓が止まりました!今、心臓マッサージを!」


まだグイグイと押しながら、そんなことを言う。


……止まった?それは……………え……?


彼女の顔は青白く、その手はだらりと力なくベッドから落ちていて、医師が胸を押すたびにユラユラと揺れていた。



───これが、死というものか。



私は父と兄の遺体を見ていない。

損傷が激しかった為、棺は閉ざされていたから。


だが、彼女は……このまま……




世界がまた壊れてしまうのか?





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