21.商会
それは一瞬のことでした。
ゴッ!という鈍い音と共に、横に居た人が瞬時に消えるマジック。
更にドガッ、という音がして、リオ様が倒れているのが目に入りました。
心臓がバクバクしています。体に悪いので本当に止めて欲しい。
「……メル」
「謝らんぞ」
「いえ、謝ってちょうだい。私の心臓が止まりかけたわ」
「……悪い」
「ええ」
メルがこれだけ怒っているということは、リオ様の不貞行為を知ってしまったのでしょう。
「俺はその男の為には働かない」
……マシュー様の予想通りかもしれません。
「リオ様ではなく、ウィリアムの為に働いてくださいませんか」
「言葉遊びか?」
「いえ。離婚の慰謝料として、この商会を貰おうかと思いまして」
「……おお、いいなソレ」
ようやくメルヴィンが笑いました。
「ようするに子供が産めないから愛人とチェンジ?あれだけ乗っ取りに気を遣ってアンタを選んだのに馬鹿な話だ」
「もう軌道に乗ったし、そろそろ貴方達に任せておけるようになっていたもの。乗っ取りの危険性は少なくなったと思ったんじゃない?」
私も商会に掛かり切りではよくないと思っていたので、数年前から人材の育成に力を入れていたのです。まさかそれが仇となるとは思いませんでした。
「まあな。前伯爵の頃はワンマン運営だったから、あの方が亡くなった時は打撃が大きかった。
アシュリーが変えていってくれたおかげで、社員の質もモチベーションもずいぶん上がったからな」
「褒めてくれてありがとう」
そうです。これで少し楽が出来ると、リオ様に任せやすくなったと思っていたんですけどね。
「だが、この商会を簡単に手放すとは思えないんだが。伯爵家としては大打撃だろう」
「そうね。でも、何か忘れていない?」
「ん?」
「私がいないと取引できないものが色々あるでしょう?」
「……あ!特許!?」
「そう、思い出してくれた?」
そうです。うちの商会で取り扱っている主力商品のいくつかは私の名義で特許権を得ています。
だから私の許可がないと使えないんですよ。
都合良く利用されてばかりでは面白くないので、保険も兼ねて私名義にしておいて正解でした。
そのあたりはワンマン経営の名残のおかげでもあります。
「なるほどな。それは商会を貰っているようなものだ」
「もちろん本当に貰うわけではないけど、こちら側に有利になるように交渉するつもりよ。ちゃんと商売は出来るようにするから安心してね。私に何かあったり、ウィリアムが成人したら権利はあの子に譲るつもりなの。それなら絶対にウィリアムを大切にしてもらえるでしょう?」
「……本当に連れて行かないのか?」
「ウィリアムはスペンサー家の後継者だもの。裁判をしても勝てるとは思えないわ。
リオ様は愛人と別れて子供は堕ろすと言ったのを拒んだのは私だし」
不妊になったという理由は案外強い。愛人を持つ理由にもなるし、何よりも夫には反省してやりなおす意志がある。
離婚は私の我儘だと取られかねない。
子供を殺すのが許せないと思うのは、きっと理由としては認めてもらえないだろう。
「お前の旦那は屑だな」
「……うん。だから、これからは厳しく鍛えてあげて。暴力は無しでね」
毎回あの勢いで殴られていたら、あっという間に天国に旅立ってしまうでしょう。
これから立派な当主になって貰う予定なので、それでは困ってしまいます。
「コーデリア様とはお友達になったから虐めないでね?」
「…………アンタは人のことばかりじゃなく、自分の幸せを探せよ」
「ふふ、マシュー様と同じことを言うのね」
「社員一同そう思ってるからな」
まあ、そんなにもたくさんの人に幸せを願ってもらえるなんて光栄だわ。
「これからどうするんだ?」
「そうねぇ。私は体調不良みたいだから、しばらくはのんびりしようと思ってるわ」
「ああ、そういう設定なのか。あ、でも、ちゃんと弁護士に相談しろよ?前伯爵夫人は結構タフでねちっこいからな」
酷い言われようです。でも、その方が安心よね?契約書や特許のことも確認したいし。
「そうね、でも伯爵家と関わりのない弁護士を知らないわ」
さすがに顧問弁護士に頼むわけにはいきません。
「俺の知り合いでよければ紹介出来るが」
「ありがとう、お願いしてもいい?」
弁護士を頼めばもう後戻りは出来ません。
お父様にも連絡しなくてはいけないわ。
……悲しませるでしょうね。
親に心配を掛けることが、とても心苦しい。
「駄目な娘だわ」




