19.コーデリアの贖罪(2)
私は避妊薬の中身を入れ替えた。
男は目の前で薬を飲めばそれだけで安全だと信じていた。
もうすぐ赤ちゃんに会える。
そんな期待のせいだろうか。抱かれることに初めて快楽を得た。
何だか何時もと違うと男が言う。私が感じた方が男性側も気持ちがいいのか。
初めて知ることが出来たが無駄な知識な気がする。きっと子が出来ればこの快楽は消えるだろう。
そんな交わりが実を結んだのだろうか。
とうとう身籠ることが出来た。
お腹はまだ膨らみもなく、でもここに私の子供がいる。
「……赤ちゃん、私のところに来てくれてありがとう」
それは紛れもない喜びだった。
生まれて初めて私だけの大切なものが出来た。
絶対に幸せにしてあげようと心に誓った。
それなのに。
「何て事をしてくれたんだ!」
男が激怒した。私が初めて見る姿だった。
「申し訳ありません、でも、どうしても貴方との子供が欲しくてっ」
でも、それくらいで怯んでいられない。
私が守らなきゃ。彼が望まないことくらい分かっていたことでしょう!!
「……堕ろしてくれ」
それは私を絶望させる言葉だった。
望まれていない。愛されていない。それでも、命すら奪われるとは思わなかった!
「……嫌よ、絶対に嫌っ!この子を殺すなら私ごと殺しなさいよっ!!」
私はなりふり構わず大声で叫び、泣きわめき。
気付けば男に抱きしめられていた。
「……頼む。お前に子供が出来たらアシュリーが家から出されてしまう。そうしたらウィリアムは?お前は自分が正妻になりたいからと、子供から母親を奪うのか」
──子供から母親を奪う?
そんなこと考えていなかった。
ただ、自分の赤ちゃんが欲しくて、本当にそれだけで。
「……だったら私を追い出して。この子は私が一人で育てるから……」
「貴族令嬢の君がたった一人でどうやって?
料理は?掃除は?洗濯は?君一人で生きていけるはずがないだろう」
……そうね。私は館の管理や領地経営は学んできても、生きるための術は何も持っていない。ダンスや刺繍が出来ても何の足しにもならない。
この家から逃げ出しても、あっという間に死んでしまうだろう。
「アシュリーは何も悪くないのに、ずっと頑張ってきてくれたのに。子供を大切に思う心が少しでもあるなら分かるだろう?」
……わかる。分かるわ。
今なら自分が如何に身勝手で愚かであったのかが分かる。
でも、だったらこの子は?この子にだって罪はないのにっ!!
──罪人の子は罪人。
本当ね。私は正しく盗人であり、この子は私のせいで死に瀕している。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
それでも貴方を失いたくない。どうすればいいの、どうしたら守れるの。
どれだけ話し合っても平行線で、しまいには泣き疲れて眠ってしまったらしい。
ベッドの上には私だけ。男は一旦帰ったようだ。
……気持ち悪い。私なんかが赤ちゃんを望んだ罰かしら。
あれからすっかりと体調を崩し、吐き気のあまり水すら飲みたくなかった。
このままこの子と二人、死んでいくのかな。
そう思っていた頃、奥様が来ると手紙が届いた。
……どうしよう。きっと責められる。子供を堕ろせと言われてしまう。
もしも、子供を殺すと言うなら一緒に死のう。
一人で逝くのは可哀想過ぎる。
「……大丈夫。ずっと一緒だから」
まだ薄いお腹を撫でる。
この気持ちをもっと前に持てていたら、奥様の苦しみに気付き、子を身籠ろうとは思わなかったかな。
……いいえ。貴方が私のところに来てくれたから、人としての感情が芽生えたのだ。
「……ごめんね。でも大好きよ」
奥様に謝罪して、産むことだけでも許してもらおう。
里子に出すのならお許し頂けるのではないか。
それでも殺すと言われたら一緒にいこうね。
奥様が来る日、袖口に細身のナイフを忍ばせた。
奥様は悪くない。それは分かる。
でも男の罪は?
私の純潔を散らし、好き勝手に抱いていた男。
お前だって罪人でしょう?
だから彼の前で死んでやろう。
子を殺せと言うのだから、私の死も含めて受け取ればいい。
……最後まで諦めるつもりはないけど。
「……頑張るね。生き残ろうね」




