13.幸せ
私が疾うに諦めてしまった、かつての夢が潰えたことを、6年も経った今でも憤りを感じてくれていることに、驚きと喜びの感情が湧いてしまいます。
「お医者様が人を恨んではいけませんよ。
……でも、ありがとう。私の失われた夢を悼んでくれて」
「医者も人間だからね。恨みも妬みもたんまり持っているんだよ。
それにアシュリーはお人好しだからな。そんな目にあっても、すぐに許してしまったんだろう。だから、その夢を応援していた俺くらいは恨んでいてもいいはずだ」
そうなのかしら?でも、夢に向かって頑張っていたあの頃の私が、少し救われたような気がします。
「うん。でもね、商会でのお仕事は大変だけど楽しいのよ?たくさんの仲間も出来たしね。
充実した、とっても濃い毎日を送ることが出来たわ」
「知ってる。メルヴィンからも聞いてるしな。
でも、それはそれ。これはこれ。俺は誤魔化されないぞ」
「もう、困った人ね」
マシュー様は案外と頑固なようです。
でも、恨みに感謝するのもおかしな話ですが、嬉しく思っている私がいます。
「では、恨みを捨て切れないマシュー様をお許し下さいと神様に祈っておきますね」
「そうしてくれ。たぶん一生モノだからな」
「長いですね!?」
それからは学生時代の思い出話に花が咲き、ほわほわと胸が温かくなりました。
「今日は来て下さってありがとうございました」
「いや。アシュリーは今度こそ自分の幸せを一番に考えろよ?」
「私はいつだって幸せですよ。今だって、マシュー様のおかげで幸せを感じていますもの」
「……馬鹿だな。全然足りてないんだよ」
そう言うと、私の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜました。
撫でるというよりも、ただの意地悪な悪戯です。
「もう、何をするのですか!」
「そうそう。そうやってちゃんと自分の為に怒れよ。
お前に足りていないのはソレだ」
自分の為に怒る……確かにあまりしないかもしれません。
「怒ると疲れるじゃないですか」
「変に怠けるなよ、努力家アシュリー。お前は何事も真面目に頑張るのだろう?」
「………善処します」
「よろしい」
やられたわ。努力家と言われたら頑張るしかないではありませんか。
「マシュー様はいい男ですね」
「だろ?」
そう言って笑った顔は慈愛に満ちていて。
今度は優しく頭をひと撫でしてから、もう振り向くことなく帰って行かれました。
「……本当に白馬の騎士かも」
胸の痛みはすっかりと癒え、今は温かな優しさで満ちています。
「ありがとう、これでまた頑張れる」
幸せになれと貴方が言ってくれたから。
「今のが本当にただの友人の距離感ですか」
リオ様のこんな言葉の刃など、今の私には一筋たりとも傷をつけることはない。
「はい。貴方がどう疑おうとも、私には疚しい気持ちなど一欠片もありません。
……貴方にとっての私は信用に足る人間ではないようですけどね。
疑いの目を以てしたら、ただの挨拶すら不貞行為だと言われそうですわ。
ああ、ご自分がそうだから、そのようにしか考えられないのかもしれませんね。人は自分に無いものを想像することは難しいですもの」
言葉にしてみて腑に落ちました。
彼が私を疑うのは、彼自身の中にそういった裏切りの芽があったからなのでしょう。
「違う!私は本当に貴方のことが好きで!」
「本当に好きならば離れないでしょう。
貴方は私のことよりも、傷付いたご自分の方が大切だったのですよ。
弱りきった私が一人取り残されることより、弱い自分を守るのに必死だった。私への愛はあってもそれは一番では無く、貴方の一番は自己愛なのです」
そうやって彼を甘やかしてしまったお義母様と私にも罪はあるのでしょうけど。
「何度も言いますが、貴方はもうご自分の為だけには生きることは許されません。
自分のことばかりを守るのはお止めください」
リオ様が私を口撃するのもご自分を守る為よね。何時までもそのように幼稚なままでは困ってしまう。
「……貴方はもう、私を愛していないのか?」
何とずるい質問なのでしょう。
「逆にお尋ねします。もし私が貴方に隠れて何度も他の男に抱かれていたとして、更にその男の子供まで授かっていたことを知ったら。
貴方はそれでも私を愛することが出来ますか?」
私は聖女ではありません。表には出さないようにしているだけで、負の感情は持っています。
私が辛いときに浮気して子供まで作った貴方を、どうして今までの様に愛することが出来るでしょうか。
「貴方は何度でも引き返すチャンスはあったはずです。でも、最悪な事態になるまで、バレなければいいと高を括っていたのでしょう。
そんな卑怯者の貴方は……私が愛した夫ではなくなりました。
変わったのは、裏切ったのは、すべて貴方よ。
今更やり直しなど出来ないと理解して下さい」




