10.感謝
しばらくウィリアムと遊んでいると、やはりお義母様がいらっしゃいました。
「いらっしゃい。リオさん、アシュリーさん」
怖いくらいに優しく微笑まれ、思わず鳥肌が立ったのは内緒です。
「ウィリアムは相変わらず可愛いですよね」
「ええ、本当に。将来が楽しみだわ」
「……将来、ですか。ふふっ、それはコーデリア様のお子が男子かどうか。そういうお話でしょうか?」
「まあ、さすがアシュリーさんだわ。とても話が早くて助かること。貴方を最初の妻に選んで正解でしたね」
「母上、私は聞いておりません」
「……お前はすぐに感情的になるのだから。
そんな未熟者には伝えられませんよ」
……落ち着いて。大丈夫。負けるな。
息を吐いて。吸って。吐いて。
鼓動よ、静まれ。
「おかしいですね。なぜお義母様にすべての決定権があるかのように仰るのかしら。
まあ、大変!もしや記憶が混濁されているの?
いいですか、落ち着いてよ~くお聞き下さい。
今の当主はお義母様の旦那様ではありません。
リオ・スペンサー、貴方のご子息ですよ」
よし、言ってやったわ。
心臓がバクバクで大変です。このまま止まってしまったらどうしましょう。
「フッ…、フフッ、ウフフフフフッ」
あら怖い。すっごく笑っています。
「……まあ、知らなかったわ。
我が家の嫁は随分とじゃじゃ馬だったのね?」
「はい、なんせ田舎貴族の娘ですから。実は結構たくましいんですのよ。
ね、ウィリアム。そうですよね~」
「ねー!」
積み木で遊んでいたウィリアムが、よく分かっていないけれど私の真似っ子をしてくれて尊いです。
「……ウィリアムをお散歩に連れて行って」
「やっ!」
ウィリアムがよじよじとお膝に登ろうと頑張っています。ちょっとお手伝いをして膝に座らせました。
「ウィリアム。お祖母様は好き?」
「しゅき~」
「ふふっ、ウィルは本当にいい子ね。
お義母様。私はお義母様に感謝しています。
中々会わせて頂けないのはちょっと物申したいところですが、でも、こんなにも大切に愛情たっぷりに育ててくださったのですもの。
本当にありがとうございます」
「ばぁば、あーと!」
ナイスタイミングです、ウィリアム!
「……どう言うつもりかしら」
「ただ、感謝の気持ちを伝えただけですわ」
「わざわざ今言うのね」
「だって今から口論になるかもしれないじゃないですか。だからその前に伝えておきたかったんです」
ウィリアムの笑顔は本当に素敵だわ。この笑顔を守ってくださっているのですもの。頭くらい、いくらでも下げられますよ。
「ウィリアムもありがとうね、一緒にお礼を言ってくれて。貴方はヒーローよ」
ぷにぷにほっぺにキスをすると、お返しとばかりにぶっちゅう!と熱烈なキスをしてくれました。
……ウィリアムさん、もう少し軽いキスを覚えましょうね。
「さあ、ヘレンが待っているわ。お散歩に行ってらっしゃい」
「はーい!」
今度は素直に言う事を聞いてくれるようです。
「ばっばい!」
「はい、いってらっしゃい」
癒やしが無くなってしまったわ。
さて、あの笑顔の為にも頑張りましょう。
「さて、お義母様。円満な離縁に向けてのお話しをしましょうか」
お義母様の圧は中々のものですが、普段から紳士やら成金やらお偉い様方とたくさん戦っているのです。ここで負けるわけには行きません。
「円満。では、離婚に応じる気はあるのね?」
「条件次第ですわ」
「……はしたないこと」
「そうですか?これでも媚薬には手を出したことがありませんよ」
「あらごめんなさいね。リオさんがすっかりとコーデリア嬢に靡いてしまって」
「そうですね。いつまでも子離れ出来ない困ったお方がいらぬ世話を焼くせいで拗れましたね。
もう20歳も越えましたのに、どこまでお世話するのでしょう。まさか靴下まで履かせてあげてるのかしら」
「アシュリー!?」
想像すると気持ち悪いわね。リオ様が涙目だけど無視しておこう。
でもやっぱり先に感謝を伝えておいてよかったわ。
あっという間にキャットファイトに突入です。
「……貴方は私達を侮辱するおつもり?」
お義母様は怒りのあまり、表情を隠せなくなっていますが知ったことではありません。
「リオ様を侮辱しているのはお義母様でしょう?
何も出来ない馬鹿な子扱いをして、汚い手まで使って貶めて。そんなことが本当に家の為、家族の為だと思っているなら、貴方は正真正銘の大馬鹿者ですよ」