1.変わってしまった未来
アシュリーが結婚したのは19歳。
夫になるリオ様はまだ15歳でした。
私は田舎の子爵令嬢でしたが、勉強だけは出来たので、お父様に頼み込み王都の学園に入学しました。
将来は文官になるのが夢でしたので、脇目も振らずに勉強を続け、気が付けば高位貴族に混じって10位以内をキープ出来るようになりました。
「アシュリーは本当に目標に向かって真っ直ぐ一直線だな」
そう言ったのは同じクラスのマシュー様です。
「当然です。私はそこまで優秀ではありませんので、あれもこれもは無理なんです」
「うわ…。俺を抜いて5位になったくせに優秀じゃないとか言いやがったよ」
でも本当の事です。おかげさまで女性としての魅力が無さ過ぎて婚約者どころか恋人すらおりませんもの。
「アシュリーは魅力が無いんじゃなくて、もっとずっと遠くの高みを見ているって感じるからな。そんな人に妻になってくれとは言えないだろう?」
なるほど。そういうものなのでしょうか。
「そういうマシュー様こそ婚約者がいないではありませんか」
伯爵家の三男と家柄はいいですし、顔立ちだって整っています。ですが、彼も私と同じ図書室の引き篭もり。閉館ギリギリまで居座る主ですもの。
「俺は医者になりたいからな。それこそ学ぶことが多過ぎて他を見ている余裕が無いんだ」
「マシュー様なら絶対に立派なお医者様になれますよ。努力して得たものは貴方を裏切りませんから」
「ありがとう。そうだな、おかげでこんなにも素晴らしい学友も出来たし?」
「まあ、嬉しいことをおっしゃるわね」
確かに、マシュー様はこの3年切磋琢磨した数少ない友達です。
「目標は文官のまま変わらず?」
「もちろんです」
女性の文官はまだまだ人数が少ないですが、ゼロではありません。このままの成績をキープ出来れば合格圏内だと先生にも言われていますから。
そう思っていたのに。
「結婚?」
「ああ、スペンサー伯爵家から打診があった。当主となったリオ・スペンサー伯爵に嫁いでほしいそうだ」
伯爵家の当主!?ありえないっ!
「…なぜそんな高位貴族の当主に私のようなものが?」
勉強しか取り柄のない、後ろ盾にもならない田舎子爵令嬢なんて家格的に合いません。どのような問題があると言うのでしょう。
「リオ殿はまだ14歳だ。お父上とご長男を乗せた船が嵐に遭ってしまってね。残念ながら、お二人とも亡くなられたんだ。更にその事故のせいで船も積荷もすべて駄目になって、多額の借金を背負ってしまった。
だから中々妻のなり手がいないみたいだ。
それと、その事業が問題だね。今ここで他者を入れれば乗っ取られる可能性が高いし、かといってこのままでは潰れてしまう。
だから、経営の立て直しが出来そうな、それでいて実家の力があまり強くない妻が欲しいようだ」
……それはなんとも責任が重過ぎませんか。
勉強は出来ても実践知らずの小娘ですのに!
確かに我が家は乗っ取りなんかしませんけどね?
「……お断りは出来ますか?」
「断る理由が無くてね…。せめて文官に合格していたら違ったのだが」
……だってまだ試験まで2ヶ月あります。
今の私は婚約者も恋人もいない、ただの貧乏子爵令嬢にすぎないのです。
スペンサー家は古くからある由緒正しいお家です。
確か、前伯爵夫人は侯爵家の出のはず。
いくら借金まみれでも、そんな家からの打診を理由も無くお断りすることは難しいわ。
「それでは、学園を辞めねばなりませんね」
「……結婚自体はリオ殿が15歳になってからだが、それまでに伯爵家に慣れる為に早めに住まいを移してほしいそうだ。ただ、学園に通うことは出来ないが卒業認定なら貰えるだろう」
「そう……そうね。うん、分かったわ」
どうにもならないことを嘆いても仕方がありません。こうなったら頑張るしかありませんもの。
「では、いつ頃に向かえばいいか確認しなくてはいけませんね。学園での手続きもありますし忙しくなりますわ。お父様、よろしくお願いします」
「ああ、任せなさい」
やだ、そんな泣きそうなお顔をしないでよ。
「大丈夫です。今までの努力は私を裏切らないし、これからの努力もきっと私を幸せにしてくれますわ」
「……ああ、そうだな。お前が幸せにならないはずがない。私の自慢の娘なのだから」
あれから6年。私は25歳になりました。
「まあ、本当に?」
もしかして。そう思うことはありました。
でも、まさか本当だっただなんて。
「それならもう我慢する必要は無いわね?」
嫁いでからずっと、まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。
すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。
愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。
「でも、もう変わらなくてはね」
これを知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。
だって。私には願いがあるのだから。