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•ナツミ:少女。幼い日の記憶に囚われている。
•トウマ:幼馴染の少年。現実的で、ナツミを救おうとするが……。
•キイロ:ナツミの作った木製の人形。幻想として彼女の前に現れる。
――夏の終わり。
少女・ナツミは、幼い頃に大切にしていた木製の人形「キイロ」との記憶に囚われていた。
無邪気だった日々を忘れられず、今も彼女は夜ごとクローゼットの中で、人形と語り合いながら眠る。
現実を見つめさせようとするのは、幼馴染のトウマ。
彼はナツミを支えようとするが、ナツミの心は「過去の夏」と「壊してしまった記憶」に縛られていた。
やがて三人は、廃れた遊園地で再び出会う。
そこでナツミは、人形と共に「ありえない夏の続き」を願い、最後の舞を踊る。
――その姿は風に溶け、朝日が昇る頃には、もうどこにもいなかった。
残されたのは、木の欠片と、トウマの胸に刻まれた淡い声。
「いっそ、全部、黄色に塗りつぶせたらよかったのにね」
幻想と現実の狭間で揺れる、切なくも残酷な“記憶の物語”。
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(SE:雨音。暗転の中、ゆっくりとクローゼットの扉が開く音)
照明:青白いスポットがナツミを照らす。
ナツミ
「また、ここで待ってる。
ねえ、キイロ。今日も一緒に眠ってくれる?」
(SE:木がきしむ音。クローゼットから声が響く)
キイロ
「もちろんさ、ナツミ。
狭いクローゼットでも、二人なら温かいだろう?」
ナツミ
「……うん。
私、ずっとこうしていたかった。
無邪気なまま、時間が止まればよかったのに」
キイロ
「でも、変わるんだよ。想像よりずっと簡単に。
君が望まなくても」
(SE:靴音。遠くで蝉の声)
照明:夕暮れ色のライト。
トウマ(駆け寄り)
「ナツミ! またあのクローゼットにこもってたのか?
あれはただの木の人形だ。お前の相手じゃない」
ナツミ(立ち止まり、小さく)
「……違うの。キイロは、私の大事なもの。
あの日、全部壊した私に、まだ寄り添ってくれる」
トウマ
「壊した? 何を……?」
(SE:沈黙。蝉の声がふっと止む)
ナツミ
「私……わざと間違えたの。
大切なものを、壊したんだ。
だから今も、ずっと後悔してる」
トウマ
「後悔なら、やり直せばいい! まだ遅くない!」
ナツミ(小さく首を振る)
「遅いの。私の“黄色”は、もう……剥がれ落ちたから」
(照明、徐々に暗転)
(SE:錆びたメリーゴーランドが軋む音。風の音が強まる)
照明:赤橙色。朽ちた遊園地を思わせるライト。
ナツミ
「覚えてる? トウマ。あの夏の夕方……
私、窓から見た景色をまだ覚えてる。
あれが最後の“きれい”だった」
トウマ
「ナツミ……お願いだ、戻ってこい」
(SE:オルゴールの音が静かに流れる)
キイロ(登場。柔らかい声)
「戻れないよ、ナツミは。
君はもう、選んだんだ。
“ありえないことを願う夏”を」
ナツミ(微笑む)
「ねえ、最後に踊ろう。
キイロ、あなたと。
だって……あなたしか、残っていないから」
(ナツミがメリーゴーランドの中央へ。踊り始める)
トウマ(叫ぶ)
「やめろ! ナツミ!!」
(SE:風が強まり、鈴の音が響く。ナツミの姿がふっと消える)
(SE:静寂。遠くで小鳥の声。夜明けの光が差す)
照明:淡い白光。
トウマ(立ち尽くし、落ちている木片を拾う)
「……いなくなった。
俺は何もできなかった。
君の“黄色”を、救うことも……繋ぎ止めることも」
(しばし沈黙)
トウマ(木片を見つめ、独白)
「これが……最後に残った記憶か。
なら、せめて俺が覚えておくよ。
消えてしまった“夏”を」
(SE:風の中、ナツミの囁きが響く)
ナツミ(声だけ)
「……いっそ、全部、黄色に塗りつぶせたらよかったのにね」
(照明ゆっくり暗転)