跋
秋の香りを含んだ柔らかい風が通り過ぎた。
二羽の紅い蜻蛉が、戯れるようにして飛んでいた。
余祭と介象が肩を並べるようにして歩いていたのは、長閑な畦道だった。
「性悪の生き様は見苦しく、性善のそれは潔い……。性悪と性善、その者の死に際でもなければ、判別は難解なもののようだ。人というものは、簡単ではないな……」
ぼそりと言ったのは、余祭だった。
「以前に比べ、世は捻じれてきた。欲が戦を生み、戦が戦を生む。それに妖しも加わり、世は混沌と化しつつある。その世に生きる人も簡単なものであろう筈がない」
「…………」
「全く、儂の力では御し難い世となってしまったわい」
不敵に顔を歪めた介象が、自嘲気味に言った。
突如、歩を止めた余祭は、遠方に眼を凝らして呟いた。
「……知りたくなったな。人というものが」
介象も歩を止めると、余祭に向き直った。
「……長く、辛い旅になるぞい」
相変わらず、面貌には不敵な笑みが浮いている。
昂然と仁王立った余祭は、微笑を浮かべると介象に冴えた眼差しを向けた。
「方士介象の名、俺が受け継ごう」
「良いのだな……?」
「ああ」
介象は、破顔となった。
すると――。
介象の躰が、神秘にも青白い光に包まれた。
介象は余祭の躰にそっと触れると、その光は余祭に移りその身が覆われた。暫くして、その青白い光がすうっと消えた。
「これで継承は済んだ。今よりお主が介象――。二代介象じゃ」
「ならば我が師よ、お主は何と名乗る?」
「そうじゃな、元緒とでも名乗ろうか」
そう言った元緒は、何やら呟くように念じた。
刹那――。
頭に鹿の如き角を生やし、背には神木に水脈を彫ったような甲羅を備え、その後ろに蓑毛を風に靡かせている。
元緒の身は、まるで霊亀のような姿に変じたのである。
元緒は、ひょいと介象の肩に飛び乗った。三本足だが、鋭い爪でしっかりと肩に掴まっていた。
「では、参ろうか、我が師よ」
「元緒と呼べ、介象」
腰には三振りの剣を佩びている。
歳は壮室も半ばを過ぎた頃だろうか。無造作な黒髪は肩まで伸び、眉は昂がり、鼻梁高く、首は太い。眼を開けば爛と輝く偉丈夫が、漆黒の襤褸でその全身を纏っている。それは、まるで侠客のような風貌だった。
そして、偉丈夫の肩の一方には、奇妙な亀が鎮座している。
干将、莫邪、そして、眉間尺が収まるそれぞれの鞘が互いに触れ合い、カチリと音を立てた。
空は晴れていた。
進む方向には、一朶の雲が流れていた。(了)




