変身! 炎谷烈火
秘密結社〈希望の拳〉による奇怪な会合が7分過ぎたところで宮部滋子が気合の入った大声を発する。
「よし! 次は会員同士で初めるじゃん! 互いで魂のこもった拳を繰り出すじゃん!!」
ビリビリと響く声に会員が対戦相手を模索しだすと、一人の男性が宣言するように大声を出す。
「〈希望の拳〉、悪くないねえ!! リスペクトするから誰か俺っちと戦ってくれねーかい?」
そういったのは真紅のフライトジャケットを着た、ウルフヘアの青年だ。
外見は20代前後、身長は180センチあり、悪ガキのような笑みを浮かべていた。
その青年に滋子が急接近する。
「あん? おまえは何者じゃん? 入会希望者ならこっちの指示にしたがうじゃん!!」
「純粋に入会希望でもねーかな? ちょいとトライアルでバトるってみようかなってね。50人くらいは相手になるぜ」
「けっ! 腕自慢かよ。面白いじゃん! 名前は?」
「おっとソーリー。マイネーム炎谷烈火だ。よろしく頼むなー!」
そういって慇懃に頭を下げた烈火は、黄金の巾着袋に入っていた〈変身リング〉を使った富田であった。
〈変身リング〉は文字通り使えば外見が変わる魔法のアイテムである。炎谷烈火はごっつい体形の富田とは似ても似つかない、細身で軽薄そうな不良に映る。
この炎谷烈火は「マジカルグランドストラテジー」を製造販売している会社ホーゾーが出している別格闘ゲーム「ファイトうぃずマジック」のキャラクターだ。
富田は3つのことを検証するつもりだった。一つは「魔法を使わずにステイタスだけでどこまで戦えるか」、今一つは「力をどこまで抑制できるか」、3つ目が「変身リングがどこまで有効か」である。
烈火の前に不敵にほほ笑む淳子が立つ。
「心意気はいいじゃんか! で、『強くなる魔法を一切使わないで戦う』という【合意契約】を結べる度胸は?」
「オフコースだぜー! もし破ったらこの変寿水ポーションを倍の20本差しだそう。そして先に変寿水ポーションを参加費代わりに渡しておくぜー!」
そういって烈火は革カバンから変寿水ポーションが入った20個のプラスチックのアンプルを置く。
これには皆どよめく。変寿水ポーションは一つ30万以上の値段が付いているからだ。変寿水ポーションは服用すれば、重傷であっても必ず死を待逃れる効力がある。
「す、すごい! これ全部本物じゃんよ!」
加代子は【鑑定】を見て、音を起てて息をのむ。
「で加代子、こいつが冒険者か調べるじゃん」
「えっと……たぶんそう。文字化けして全然読めないけど――」
滋子に言われて加代子は劣化を【鑑定】で見たが確かなデータはわからない。【鑑定】は使用者と対象に大きなレベルの差があった場合、うまく機能しないのだ。
「鑑定できなくても【合意契約】で違反すればこっちの負けが確定するのでいいぜ。だったらノープロブレムだよなー!」
そういって烈火は淳子に手を差し出す。淳子はしばし迷う。が覚悟を決めて手を握る。
「よし! 宣誓するじゃんか!」
「イエス、『俺は〈希望の拳〉の連中とステータスのみで戦う。300人以上が『降参』ということが勝利条件だ。そして〈希望の拳〉の者はノーマルウェポンの使用までは承認』しちゃーうぜ!」
烈火の言葉に滋子ら全員が不満の雄たけびを上げる。
「言うじゃん!! ここまで面白かったら受けるしかねえじゃん! よし、俺から戦わせてもらうじゃん!!」
上気した滋子がそういって烈火の前に立とうとしたが、すでに20人の列ができていた。
一番前の男は2メートルの筋肉隆々の30代の男である。左手にはメリケンサックが握られていた。その目は本気そのものである。
「悪いが僕は〈希望の拳〉が大好きで冗談が嫌いな男なんだ! 早急に決着をつけさせてもらう」
「ウェルカムだぜー! さあ始めようか!」
そういって烈火は初めてのファイティングポーズを取った。レベル67の富田が絶対に死ぬことはないが、下手をすれば相手を殺してしまう状況で胃がキリキリと痛む。
だが、これから先、ありえない状況で多種多様の敵と戦う未来が確定している以上避けては通れない修練だと思う。
これで心が折れるようなら世界大戦なんか止められるわけがない!
誰とも争わず誰も傷つけずに、トラブルや問題と対決するのは不可能だと富田は自分に言い聞かせる。
今は臆病に的確に慎重に拳を突き出すことに専念する。見栄えなど二の次でおっかなびっくり闘うことにした。
結果、富田は6発ほどパンチを受けたが、124人を気絶させることに成功した。勿論一人の死者も出すことはなかった。187人はリタイアを宣言したが、ラストに宮部滋子が名乗りを上げることとなる。
「ど下手だったステゴロが様になってきたじゃん! ご褒美にこの滋子様が熱い熱い濃厚バトルを堪能させてやるじゃん!!」
宮部滋子の闘志は想像を超え、滋子が死ぬ直前まで戦い続けたのだ。富田のパンチを24発受けてもファイティングポーズを取り続けたのである。
ノックダウン後に変若水ポーションを飲ませて死の淵から蘇ったが、その闘志の輝きは富田の心に強く刻まれることになった。