秘密結社〈希望の拳〉
旅行から帰った翌日、一作目のゲームが始まる二日前でも富田にはやることがあった。
始業の前日から富田は教師として働きだすのだが、その前に是非ともやっておかなくてはならないことがあったのだ。
それは戦闘の経験である。
すでにダンジョンでモンスター討伐をやっていたが、さほど難しいとは感じていなかった。実際の「マジカルグランドストラテジー」は戦闘が苦手な人用にオートで戦うモードがあったが、この世界ではそんなものはなく富田は初めてダンジョンでモンスターに槍を突き込み殺していた。
だが、圧倒的なステータスがあり、【第六感】と【予知】を持つ富田にとってダンジョンはあまり脅威にはならなかった。
奇襲も罠にも引っかからず、毒消しやポーションも金色の巾着袋の中に腐るほどあるのだ。
おまけに大精霊ファルドニアの加護で身体や魔力が倍以上に向上しており、上級者用のダンジョンにも簡単に対応できた。
今日富田が体験しようとしている戦いは、「殺してはよくない者を叩きのめす」というものだ。
生身の人間相手に殺し合いではない戦闘を繰り広げようというのである。
富田は中学では一時剣道部にいたので、対人戦の経験がゼロではないが今日やることと類似点はほぼない。
現在午後7時――これから1時間後に千葉県にある、駅から離れた無人の倉庫に人が集まり、定期集会が行われる。
そこで富田は素手による殴り合いを何十人と連続して敢行しようとしていた。
今から倉庫に集まるのは秘密結社〈希望の拳〉である。「ダンジョンは武器なし、魔法なしで攻略すべき」という歪な理念をもって暗躍している集団だ。
会の規約は非常にシンプルである。
「第1のルール、会のことは会員以外とは話すな。そして第2のルールは会員以外の者に会の話をするな」
そう、〈希望の拳〉はある映画にもなった小説が元になった組織であるのだ。しかもそのアイデアを提供したのは他ならない富田であった。
富田との雑談の中で夢野はゲーム内に〈希望の拳〉を生み出したのだ。
〈希望の拳〉は別にダンジョンの中でモンスターと戦うことを主眼にしておらず、ダンジョンに挑む者に拳で戦うように促すことをモットーに行動するのだ。
武器自慢・魔法自慢の冒険者の活動を妨害し、時には素手同士の決闘を挑むというはた迷惑な厄介者の集団であると言っていい。
とはいえ〈希望の拳〉は現在正式会員7800人、入会希望者が13万人なので侮っていい組織ではない。90%が20代というのも特徴的だ。
組織が成長しているのは教祖的存在の宮部滋子の存在が大きい。滋子は冒険者に素手での殴り合いを挑んで、54戦で1勝していた。この1勝が大きかったのだ。
調子に乗って油断した冒険者からもぎとった1勝であったが、動画にもしっかり残ったことで世間に爆発的に宮部滋子の名前を広めたのだ。
多くの才能のない者にとって宮部滋子は希望の光となったのである。ダンジョンが出現して冒険者が活躍する世界となったが、輝けない者が世の中のほとんどで、〈希望の拳〉は冒険者になれない者の心に刺さっていた。
また滋子の2人の妹も有効なスキルを所持し、姉を支えていたことも見逃せない。
滋子が【魅了】を持っており、次女が【合意契約】、三女の加代子が【鑑定】を持っていることが〈希望の拳〉を盤石にしていたのだ。三つのスキルで姉妹の弱点を補いあったのである。
現にこの三姉妹、三作目にも登場する。二作目で〈希望の拳〉は宗教団体になり、三作目では滋子はアジア連合の上院議員、淳子は宗教団体の総代表、加代子は日本の野党議員となりチマチマ騒動を起こすのだ。
「ふふん、結構集まってきたようだな」
倉庫には主に自動車でやって来た者たちがぞろぞろと姿を見せる。
400人ほど集まってきたところで宮部三姉妹が姿を見せる。3人ともスレンダーだが胸もあり、スタイルは悪くない。また猛禽類のような目つきも共通している。髪型はそれぞれ異なっており、長女・滋子は長くボリュームのある髪を腰まで伸ばし、次女の淳子は金色に染めたハリネズミのようなスパンキー ヘアをしていた。三女・加代子は一転、学生なので地味なおさげ髪だ。
「おうおう! みんな集まってくれて嬉しいじゃん! 早速だけど、入会希望者はこっちの倉庫の奥に移動して欲しいじゃん」
滋子がそういうと400名中、おおよそ三分の一が倉庫の奥に移動した。
入会希望者の前には次女の淳子が立つ。
「では殴り合いの覚悟ができた奴から名乗り出てほしいじゃんか! もちろん『今日は見学だけ』でも問題ないじゃんか!」
すると120名のうち80名ほどが更に倉庫の奥に移動する。
「はいはい、わたしが【鑑定】で組み合わせを決めるじゃんよ! わたしの指示に従ってね。うまい具合にマッチングするから信頼してほしいじゃんよ!」
緑のジャージ姿の加代子が挑発するような仕草で【鑑定】を使い、実力が釣り合うよう、戦いが成立する組み合わせにするために立ち振る舞う。
そして間もなく40名が素手による一対一の闘いを始める。その決闘を会員300人が温かくも厳しい表情で見守る。
タイミングや当たり所が悪ければ死ぬという対決は、どこか宗教の通過儀礼鑑定のように映る。
見れば見るほど異様な光景であった。町中でどこにでもいる若者が普段着のままファイティングポーズを取って向き合うシーンはどこかカルト的なのだ。
ある者は昏倒し、ある者は鼻血を出し、ある者は掴み合いとなってしまう。