海野蒼七・海野一姫
「や、やっと帰ってこれた……」
富田は日本を飛び立って9日目でフランスから帰って来ていた。
想定外のことの連続で帰国が5日も遅れ、早くも計画に破綻が起きかけている。
まずは精霊ファルドニアに接触するためにブラックロック砂漠で運転手選出で4日ロス。
続けてフランスに行こうとしたがファルドニアの魔力が大きすぎて、飛行機に乗れないことを【第六感】で気づく。
魔力を抑え込むには新たに【隠蔽】のスキルが必要となり、レベルアップのためにサンフランシスコの隠しダンジョンに直行。ファルドニアも【隠蔽】は持っていたが万が一を考え富田も取ることにしたのだ。
17時間ダンジョンで経験値を稼いで必要なスキルポイントを稼ぎスキルを取得するが、サンフランシスコ空港からフランスのコート・ダジュールに行く便がなく、仕方なくアメリカにある隠しトランスゲートがあるカルフォルニア・デスバレー国立公園に行くことを決める。車で10時間掛けてデスバレーへ。隠しトランスゲートとは世界27か所を自在に瞬間移動できるポイントである。当然開発者しか知らないポイントだ。
隠しトランスゲートは便利ではあるがフランス・アルデーシュ峡谷に近い場所にはない。そこでアルデーシュ峡谷に一番近いヴィシーという町へ隠しトランスゲートでまず向かう。
そこから先は正規の手続きを踏んでないのでフランス内は密入国での移動となった。
旅行中の大学生のフランス人を買収し、アルデーシュ峡谷までレンタカーで連れて行ってもらい、そこにある隠された魔法図書館で禁呪書を入手する。
禁呪書を収納すると再びヴィシーに自動車で戻るという強行軍をやってのけた。この禁呪書は二作目以降に大きく人類に影響をもたらす「人工ミスリル」の製造が記されているので是が非でも回収しておきたかったのだ。
ファルドニアは四苦八苦する富田を見て「そなたなら走った方が早い」と言ってきたが、異国で自分が身体能力が向上していることを知らせるのはあまりにもリスクが高いと判断した。67レベルの海野は時速95キロでマラソンできるので目立つことは必至だ。
ヴィシーから隠しトランスゲートで最も空港が近いアメリカのダラスに転移。ダラスからロスアンゼルスに飛行機で移動して、東京に帰ってきたのだ。
5日間、ほとんど寝なかったが黄金の小袋に入っていた回復ポーションをがぶ飲みすることで何とか耐えることができていた。
「……隠しアイテムや隠しトランスゲートが利用できても、活用するのには相当な考えがないといけないのが骨身にしみてわかった」
綿密な調査と計画がなければ簡単に窮地に陥ることが今回の旅ではっきりした。能力や知識に頼るだけではこの先ゲーム内の過酷なイベントに対応することはできない。
もう一つ強く実感したのは、この世界は魔法文明が発展したせいで前よりも劣っている点が多くあった。精密機械に魔法が使われたことで、正確性が落ちているのだ。
飛行機のフライトの時間は不確かだし、ガントレット通信やインターネットも文字化けが当たり前で接続が切れることが多いのだ。家電もいちいち下級精霊との契約が必要になったり、不便に感じることがとても多い。
この世界に馴れるのは少し時間が必要だと思っていると、富田の背後から声がする。
「ほほう、これがそなたの家であるか。ふむふむ、なかなか大きいと思うぞよ!」
【空庫】から青い炎が吹き上がるかのように現れる。
「勝手に出てこないと約束しただろうファルドニア?」
富田は血相を変えて大精霊に注意する。
「ちゃんと周囲の確認をしてから出てきたから問題ないぞよ。ウンノは肝っ玉が小さいぞよ」
「呼ぶまで【空庫】から出ないでくれと頼んだだろう? そのために沢山のゲームと漫画、お菓子を買い込んだじゃないか?」
「ふん。わかっておるぞよ! みどもは約束を守る女! ただちょっといたずら心も持っておるぞよ」
ファルドニアは現在自分が富田に上げたブレスレットの【空庫】に住んでいた。
ブレスレット【ファルドニアの腕輪】は複数の魔法が常時発現させることが可能な超優れものだ。このブレスレットだけでいきなり暗殺されたり、事故死することがなくなったと断言できる代物である。
富田と契約を結んだファルドニアは現在【ファルドニアの腕輪】の中で、大量に買い込んだ携帯ゲームと漫画とお菓子を優雅に消費しながら寛いでいた。
「ファルドニアと共に生きるということを甘く見積もってしまっていたかもしれない」
ファルドニアとは契約で「呼ぶまで外界に出ない」としていたが早くも先行きが怪しくなってきていた。
とはいえファルドニアの恩恵は絶大で、契約する価値は十二分にあるのは確かだ。「ゲームと漫画とお菓子」を存分に与えればファルドニアの機嫌を損ねることはないというゲーム情報を今は信じるしかない。
海野の家が立派なのには理由がある。富田の依り代たる海野荘六は一応譜代大名という身分を持っている。この世界は江戸時代の影響が色濃くあり、身分制度が残っているのだ。譜代大名は西欧貴族でいえば公爵クラスなので身分は上から3番目ということになる。
だが荘六は四男なのでほぼ権力はないに等しい。能力も容姿も今一つで、親族の覚えも悪いので重宝されたことは一度もない。
それでも魔法日本第三学院の教師程度のポストは融通してもらえるという、何とも微妙な立場であった。
当然荘六は本家の屋敷に住むことはできない。一区画離れた別邸に他の冷遇が決まった弟妹と住んでいる。
富田は荘六の記憶をムービーを再生するように覗くことができるが、コンプレックスを強く持っていたようだった。表舞台に呼ばれることはないと長男にしっかり言われたことを引きずっているのだ。
ふん、出世できないからといってセクハラ&パワハラをしていいわけではないぞ。
と富田はやはり荘六には冷たかった。
海野家の事情などどうでもいいと思いながら屋敷の中に入ると、走って駆け寄ってくる者が二名いた。
「荘兄さま、ようやくお帰りですか! ご健康そうで何よりです!」
「荘兄さま、おひさしぶりでございます! あのあの我ら2人、言われた通りずっと鍛錬を怠りませんでした!」
荘六の前に立ったのは10歳ほどの少年と8歳ほどの少女であった。二人とも全身包帯だらけで、体の至る所に生傷が見えた。
荘六の記憶によると少年は蒼七、少女の方は一姫である。いずれも腹違いの弟妹だ。