大精霊ファルドニア
富田は異国・アメリカの地で途方に暮れる。
ネバダ州のブラックロック砂漠に入るガイドを探すために予想外に4日も経ってしまった。
かなり面倒な場所に行くことと、ドライバーには善良な人格が求められるからである。
ブラックロック砂漠は灰褐色の地面と小さく間隔をあけて茂るアカシヤの植物以外はほぼ見られない。
予想外に何もないというのが正直なところだった。
ブラックロック砂漠はサンフランシスコから東に380キロにある。乾燥が酷く進んでおり住む人は非常に少ない。
そんな辺鄙な場所にわざわざやってきたのには当然理由がある。
二作目と三作目で大暴れするリリー・フーヴァーが出会う大精霊ファルドニアと、先に契約しようと目論んだのだ。
リリー・フーヴァーは日本にとって友好的なキャラではあるが、愛国心が強いので選択次第では敵に回ることになる。敵に回ると非常に被害が大きく、かつ大精霊ファルドニアが強力なので是非とも手に入れておきたかったのだ。
現に三部作でリリーはファルドニアの力を借りて、魔導機兵で富士山を活火山にしてしまい、日本に多大な変化を与える出来事を起こしてしまうので横取りするのは必至といえた。
ファルドニアは邪悪なものに敏感で大抵の人間ならば交渉すらできない。
富田はまだしも海野がファルドニアに気に入れる可能性はゼロだろう。
だが富田には秘策があった。
ブラックロック砂漠が4WD車で3時間走ったところで、運転手のカートに1時間後に迎えに来てもらうことにして砂漠に降りる。
富田は地質学者という設定でここで調査をするとカートには告げていた。
「さてと――精霊はどこだ?」
富田は【第六感】を起動させる。
【第六感】はレベルアップに伴い取得したスキルポイントで取ったもので、常人では感じ取れない変化・差異に気づくというスキルだった。スキルポイント獲得のために富田はレベルアップポイントを11つ周り、現在レベルが63まで上がっている。
他には、万物の情報を得られる【鑑定】、未来が少しだけ見える【予知】、空間に荷物がしまえる【空庫】、怪我や病気を治す【治癒】を取得していた。いずれも「マジカルグランドストラテジー」で長く重宝されるスキルである。
海野荘六が元々習得していたスキルは運動能力が上がる【身体向上】、激しい力を遮断する【障壁】の2つだった。
まもなく富田は【第六感】で大精霊の居場所を正確に感じ取る。
この世界では異世界とシンクロすることによって、ダンジョン以外にも精霊や悪霊、魔神、悪魔などが現れるようになっている。
異世界のモノとの接触は人間に大きな変革、もしくは最悪な転落をもたらしてしまう場合がほとんどだ。
リスクも小さくないが富田は危険を冒す価値があると思っていた。
大精霊ファルドニアは大きな岩の根元にいた。ファルドニアは火の精霊なので青く燃える炎といった外見をしている。
「うわっ! 空中で炎が漂っている! 不思議だな~!」
富田はファルドニアを見るとそう大声を上げる。我ながら酷い猿芝居であった。
ファルドニアは富田に思念を送る。
「ほう、人間か。我こそは根源たる炎を宿す偉大なる精霊、ファルドニアだと思い知るのだ!!」
「な、なんですって! そんな偉大な方に出会えるなんて! うわ~、ショックが止まらない!!」
富田はそういいながら、大きく転倒する振りをしながら持っていたカバンの中身をバラまいた。
鞄から飛び出したのは、筋骨たくましく美男子の写真集、ホワイトチョコレート、ルールピアであった。
「おおっ!! これはびっくりぞよ、これはいったい?」
ファルドニアは美男子の写真集に近づき、食い入るようにのぞき込む。
「ああ、それは絵を描く資料として買い込んだものです」
そういって写真集のページをめくりながらホワイトチョコレートの包みを取って、豪快にかじる。
ファルドニアは次にホワイトチョコレートに関心を示す。
「……ふむ、何やら美味しそうな匂いがするぞよ。だけどそれが何なのかみどもにはわからならいぞよ?」
「カカオ豆の油脂分が決め手のお菓子ですよ。ミルク・牛の乳なんかもいい感じで作用してます」
「ほほう……一口譲ってほしいぞよ」
「ではどうぞ」
富田はホワイトチョコレートの板チョコを半分割ってファルドニアに投げて渡す。
チョコは炎の揺らめきに融解されるように消えると、ファルドニアが満足気な声を出す。
「こ、これは美味いのであるぞよ! 美味すぎると言っていいぞよ!!」
興奮気味に言う言葉を無視するような態度で、富田は缶入りのルールピアのプルタブを開けて中身を口にする。ルールピアとはアメリカの伝統あるジュースの一種で、日本人には「歯磨き粉の味がする」でお馴染みだ。
富田はこの世界でもルールピアがあることに驚きながら、その独特の味に閉口する。
ぐぬぬ、世界を超えてもこの味は苦手だ!
だが表面的には絶品といった感じで飲んでいく。
するとファルドニアの炎が顔の間近にまで迫る。
「その飲み物はなんであるぞよ? 何か薬草のような匂いがするが……」
「これはこの世界でも大人気の飲み物です。試してみますか?」
「ふむ。一つ馳走になってみるぞよ」
という返答を聞くと富田は新たにルールピアを取り出し、口を開いてファルドニアに投げ渡す。
揺らめきはルールピアの缶を受け止め、逆さにして中の液体を出しながら消化していく。
「ほほう。これは楽しいぞよ。何とも甘露で豊かな喉ごしか!」
ファルドニアの要求に従い、写真集をめくりながら続けてホワイトチョコレートとルールピア3缶を提供した後に、何でもないといった風につぶやく。
「こんなんでよかったら、いつでも御馳走するよ……」
「ほほぅ、大きく出たな。みどもを感動させるのは大河を泳いで渡るよりも難しいと思いしるぞよ?」
富田は問題ないといった感じで親しげにほほ笑む。
「世の中にはびっくりするぐらい美味しいものがある。全部試すのに付き合ってやってもいいぜ?」
「ほうほう! ふむ、おぬしの提案、興味がなくはないぞよ」
大精霊ファルドニアは美しい男性の肉体が好きで、少々味覚に偏りのある食いしん坊であったのだ。ゲーム知識でその傾向と好物は抑えてある。
契約者に膨大な魔力を提供する大精霊は、びっくりするほど安いコストで手に入れられることを富田は知っていたのだ。
富田はこれでゲーム内で精霊憑きと呼ばれるタイプの異能者となった。