デバック用スターターキット
富田は家を出て4時間後に世田谷区のある神社に来ていた。
いわゆる稲荷神を祀る「稲荷神社」であったが住宅街の人通りの少ない場所に建っていた。
富田は周りに人がいないことを確かめると神社に接する石板を引きはがす。葺石と呼ばれる石板の下には、金属の板があり、そこにはカギ穴があった。
富田は上着の内ポケットから黒い14センチの鍵を取り出し、回す。鍵を手に入れるまでが一苦労であった。ある空き家に侵入してコインロッカーの鍵を入手し、開いたコインロッカーで電話番号の書かれたメモをゲット、電話番号にかけて呼び寄せた者に現金200万円を渡す行程を経て鍵を手にしたのだ。
カチッという音の後に、5枚の石板がずれて地下から木箱がせり上がってきた。
「おおっ!! 本当にあった!」
ゲーム内のデバック用スターターキットを回収に動いた富田であったが、実際に入手すると感動してしまった。
家を出てから富田は現実世界と何ら変わりない感覚にここがゲームの中であるとは思えなくなってきていたのだ。
だがこうしてスターターキットを回収すると、自分の知識が非常に有効だと新ためて思い知った。
木箱の中には反りのない鞘に入った日本刀と、ミスリルの延べ棒5つ、金色の巾着袋が入っていた。
日本刀も延べ棒も金色の巾着袋に全て入れて持ち運びする。金色の巾着袋はいわゆるマジックバックで、魔法で重く大きなものも収納できるのだ。
「おっと金色の巾着袋の中も確認するか」
と考えたが、確か鎧や札束、そしてスキルオーブやスクロール、ポーションが大量に入っていることを思い出し今は止めることにする。
取り敢えず葺石を元に戻し、一息つく。
「お次はレベル上げだ」
富田は一人つぶやいて左拳を強く握った。
「マジカルグランドストラテジー」は現実の世界とほとんど変わりないが、1965年代に魔法とダンジョンが突如現れた設定のせいで、本当の世界と歴史が異なる。
コンピュータよりも魔法道具が発展し、医療や学問も魔法を偏重することが多くなっていた。
自動車も魔法で動くものばかりで、CO2や炭素に二酸化炭素などが社会問題になることはない。
4年前から飛行自動車も一般化され、精霊が運転手を務めるモノまで現れている。
富田はそんな飛行タクシーに乗って、世田谷から代々木公園に来ていた。
代々木公園は東京都渋谷区にある明治神宮御苑に隣接する、都心でも有数の広さの森林公園だ。54万平方メートルの敷地面積があり、かつて大日本帝国陸軍の代々木練兵場があったところでもある。
代々木公園には魔の世界と大きく違ったのは、25年前に魔法使い達の集団戦が行われたことでその形跡が今もあった。
火炎魔法の爆心地や疾風魔法で傾いた森、中でも召喚したゴーレムの残骸が象徴的だ。ゴーレムが100体以上入り乱れて殴りあった跡が今もあるのである。
ほとんどが半壊しているが原型を保っているのが8つあり、代々木公園の名物となっている。
飛行タクシーから降りた富田は、あるゴーレムの前に立つ。
そのゴーレムは人気のない場所で膝をつく姿勢をした人型で、立てば身長が4メートルに達するであろう。
頭に角付きの兜、腰に布を巻き付けた筋骨たくましい外見をしている。
一般的には「ミーミル」と北欧神話の巨人の名前がついているゴーレムであった。
ミーミルは林が深く重なる場所にあり、世間から一番注目されていないゴーレムだ。
ふと富田は夢野と出会った時のことを思い出す。
前の世界で夢野と出会ったのも雨の夜の代々木公園だった。
富田は大学の時の同級生との飲み帰りの帰りに夢野に出会ったのだ。
夢野は全裸で泣きながら、夜の雨に打たれていた。
富田とその同級生達はその奇怪な出会いが縁で、記憶がないという夢野の世話を焼くようになったのだ。
いや……今は思い出に没頭するタイミングじゃない。
気合を入れた富田はミーミルの背後に回り込むとマジックバックから、例の日本刀を取り出す。そして一気に抜刀すると跳躍し、ミーミルの後頭部に深く突き刺した。
ウゴオモォォール!!!
直後、魔力の伴う絶叫が迸った。
周囲数キロにも響きそうな大音量である。
「これはヤバいな。退散するか」
そういって走り去る富田の眼前で光る数字がカウントアップしていた。レベルアップをしめす現象である。ちなみに他人にこの光る数字は見えない。
富田が攻撃したミーミルの中には実は魔神が潜んでいたのだが、日本刀で刺されて絶命していた。討伐したことで富田には経験値が入り、高いレベルアップが起きていたのである。
この世界はゲームと同様に魔力を持つモノを倒すと、能力が向上するレベルアップ現象が起きるのだった。
「ミーミルの中の魔神」は夢野が用意したデバック用スターターキットの一つで、刺すだけで膨大な経験値が入るように用意されていたのだ。
ちなみに魔神は三作目のオープニングで東京で大破壊を行う魔神の一人であるので、間引きすることで悪いことは起きない。
富田がガントレットで確認するとレベルは31にまで上がっていた。
現状の世界では最高位のレベルは52である。
「あとレベルアップポイントは関東近郊では5つ……やはり全部使っておくか。最低でもレベル120には達しておきたいし」
三作目では魔導機と呼ばれる兵器での戦いになり、魔導機と生身で戦うとなるとレベル100以上が推奨されているのだ。三作目でもレベル100は9人しかいないので絶対の条件ではない。
だがレベルが全てではない。
抑えるべき点は他にもたくさんある。
「よし! 明日にはアメリカに行くしかないな」
次は二部と三作目で大きな影響力を放つキャラから、力を奪うことに着手することに決める。
刻一刻と大きなイベントが発生するフラグが立っているのだ。