パワハラクズに転生
視界が明るくなり、すぐに自分の新しい体を目にする。
筋骨たくましい成人男性の身体だった。しなやかなパワーが肉体に内包されているのを覚える。
ベットに横になっている状態で覚醒した。
枕の横に非常に馴染みのあるものが目に入る。それは富田が20年愛用している革鞄であらゆる仕事の道具・ガジェットが入っているものだった。
夢野が気を利かせて同梱してくれたのだろうと察する。
富田は勢いよく上半身を起こす。
ベットのすぐ近くに全身鏡があったので確認しようと動く。
「おい、嘘だろう!? あんまりだ!!」
自分の新しい肉体を見て富田は絶叫した。鏡に映っているのはいわくつきの人物に他ならなかったのだ。
魔法日本第三学院の一年Z組の担任の体育教師、海野荘六であったのだ。
「セクハラ陰険筋肉野郎の人生を俺が引き継ぐのかよ……」
海野荘六は『マジカルグランドストラテジー』の一作目作に登場する脇役の一人で、メインキャラが多く在籍するクラスの担任である。
貴族偏重主義者でスケベで立場の弱い者には傲慢にふるまう、すこぶる嫌なキャラクターであったのだ。
富田は海野の見た目も嫌いだった。「~」という文字が4つ連なったような眉がどうにも苦手だ。
何だかいきなり幸先が悪い――そんな風に感じていたが、そんな悠長に悩んでいる場合ではないと思い出す。
「今日は何日だ?」
日付がわかるものはないかと辺りを見回す。この世界にはスマートフォンはなく、ガントレットがそれに代わる代物になっている。
腕の甲に取り付ける装置で、水晶に魔力を込めて通信や記録、計算などをするのだ。
海野のガントレットは? 探していると部屋にガントレットと卓上カレンダーがあった。
卓上カレンダーは20X9年1月24日日曜日であると示している。
「おおっ! 一作目が始まる2週間前か!? これなら何とかなるな!」
「マジカルグランドストラテジー」は魔法日本第三学院の入学式から始まるので猶予があることになる。
となるとゲームが始まる前にやらなくてはならないことが山ほどある。
富田は「マジカルグランドストラテジー」三部作を2000時間プレイし、攻略本を合計8冊執筆していたので細密な情報を得ていたのだ。
この世界は三作目で南北アメリカ、ヨーロッパ、アジアが魔法を使った戦争を始めるので、生き残るためにはすぐにでも行動を起こす必要があったのだ。三部作は大まかに以下のような内容で構成されている。
一作目が学院を中心にしたダンジョンでの冒険と魔法の肉弾戦。
二作目が日本全国を舞台にした人工精霊を操る者たちとの能力者バトル。
三作目が魔導機という人工精霊をバージョンアップさせた兵器での戦争。
一作目での決断・選択が三作目に影響をもたらす仕様となっているのだ。
ゲーム内に点在する特別なアイテム・魔術・精霊等々も先に入手しておきたい。
更には今のうちに潰しておかなくてはならない組織も少なくとも8つはある。
富田はまずガントレットを装着して、現状を確認する。ガントレットの操作はほぼ音声入力で行う。
「俺のスケジュールはどうなっている?」
「海野様は今日は休日です。有休を消化する申請を学院に出しているのであと14日間は休みです」
「おおっ! それは助かるな。有休を大いに活用させてもらおう」
富田は冷静にやるべきことを考え、整理する。
7年後に始まる戦争の火種を消すことが最重要案件だが、一番にやるべきことをはじき出す。
「やっぱりデバック用スターターキットを使うか」
デバック――それはゲームが正常に機能するのか調べる作業のことを指す。
イベント・画像処理・エフェクト等のプログラムに異常がないか調べる際に、レベルアップには時間を膨大に割かれることが弊害となる。
「マジカルグランドストラテジー」内にはデバックをスムーズに行えるポイントがいくつか存在していた。
富田はそれを活用することにした。富田は夢野に相談され、アドバイスをするために「マジカルグランドストラテジー」をやりこんでおり、デバックにも参加している。
裏技を使うと決めると早速家を飛び出した。




