美しい人
三題噺もどき―ごひゃくよんじゅうはち。
心地のいい波の音が響いている。
海風が心地よく肌を撫で、太陽の熱で火照った体を冷やしていく。
まだ秋とは言えないような気温が続くが、ここは涼しくていい。
風が少々強いのは勘弁してほしいが、海だから仕方ない。
「……」
地元では割と有名な海岸で、時期になればそれなりに人が来る場所なのだが。
今は、遠くに1人、歩いている。
「――!!」
「なにー」
それは中学からの友達で、久しぶりの海に気分が上がっているのか、さっさと先に行ってしまった女の子である。頭にかぶった帽子が飛ばないように抑えながら、私を呼ぶ。
とても可愛い子で、私の友達であることが嘘みたいな美人さんなのだ。小さな顔に綺麗に整った瞳と唇。ときおり光の角度で青く見えることがあって、彼女の瞳は好きだった。
少し伸びた黒髪を風になびかせ、裸足になった足で砂浜を歩いていく。
その姿だけで、とても絵になる。カメラを持ってこなかったのは失念だった。
でも、撮られるのはあまり好きじゃないらしいから、出来ないのだけど。
「……」
とても、仲良くしてくれている友達で。
とても、大切な中学からの友達で。
―思い煩っている友達である。
「……」
いつから何て覚えてはいないが、気づけばそうなっていた。
まぁ、どちらかというと単純な執着でしかないんだろうけど。
彼女が他の人間と一緒に居るのを見たりするのは、あまり好きではない……と思うくらいにはなっている。
この時間が、永遠に続けばいいなんて。思ったりも。
「ね!!」
「ゎ―びっくりした」
いつの間にか、近くに戻ってきていた彼女の顔がいきなり眼前に現れたので、驚いた。整った顔をいきなり見せられると心臓に悪い。普通に驚く以上に、可愛すぎて驚く。
自然に手を握られているあたり、あざとさが垣間見えているぞ……可愛いからいいけど。
「どうしたの」
「あっちいこ」
そういって、腕をひかれたのは海の方だった。
陽が照っているから暑いとはいえ、海の中はさすがに寒いからと離れて歩いていたのに。
というか、それ以前に、私は、海は。
「ちょ、まって」
「いこいこー」
ぐん――と、その細い腕からは想像できないほどの力強い勢いで海の方へと連れられて行く。―彼女はこんなに強かっただろうか。
波打ち際を歩く程度なら、問題ないけど。深くいくのは、さすがに出来ない。着替えもないし、濡れたら困る。―入るのは苦手なこと知っているはずなのに。
「ちょ、ねぇ!」
「はやくはやく」
しかし私の抵抗も虚しく、どんどんと連れられていく。
どうしたのだろう。こんなに押しの強い人ではないのに。
何があって、こんなに。そもそもだから、私は海は。
「着替えないから無理だよ!!」
「だいじょうぶだいじょうぶ」
まくり上げていた足元はすでに濡れ、濡れた砂浜では踏ん切りが効かない。
それ以上に、引く手の力が、あまりにも強い。
何が大丈夫なのか、何がしたいのか、私には、分からない。
「ねぇ、ホントに―」
抵抗する間もなくあっという間に腰のあたりまで来た海は。
前を歩く彼女の頭まで飲み込み、私まで飲み込まんとする。
足はもう既につかなくなりつつある。
「――――」
恐怖で固まった体を、思いきり中へと引きずり込まれ。
息を吸う間もなくただ無抵抗に海に呑まれる。
「―――」
いつの間にか腕は離され、私は漂うことしかできないような深みに沈んでいた。
海面を向いたまま、体は沈んでいく。
視界の中で、何かが動く。
そうだ―あの子は。
「―――」
影が作り出したのは、童話で登場するような。
魚の下半身を持った、美しい人魚で。
長く黒い髪を海に漂わせて。
その顔は、小さくて、整った瞳と唇。
「―――」
青目はキラキラと輝き。
唇は微笑みをたたえる。
それは獲物を見つけた獣のような輝きに見えて。
「―――」
その美しさに目を奪われていると。
すう―と近づいてきた彼女に抱きしめられた。
水中に居るはずなのに。
心地のよい暖かさに包まれて、このまま死ねるのならなんて思って。
「―――」
視界の端で、淡い赤が漂い。
意識は朦朧としだし。
無意識に動いた体が、彼女を抱きしめていたのに気づき。
こんな時まで執着するのかと自分の愚かさに呆れ。
PIpipipipipipip――――――!!
目が覚めた。
「……」
あのまま死なせてくれればよかったのに。
お題:淡い・青目・人魚