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後編






     12年後 ―9年前―




        ‡




 シティーリオの悲劇から、1年が経ったある日。


「召喚士?」


 最初に驚いたのは、17歳のバルティックだった。


 村人の誰もが認める、立派な青年である。


「この間、この村に越して来たフォード博士の家には男の子が2人いますが、上の子が召喚士の勉強をいよいよ始めたそうです」


 9歳のアストリアは、皆にそう言った。


 大人も顔負けの知識量は、年々増え続けている。


「召喚士って…何?」


 11歳のセディナードは、素朴な疑問を投げかけた。


 年齢的にも、17歳のバルティックを支えるとまではまだ行かないが、それでも彼なりにバルティックの足手まといにはなるまいと、何事にも一生懸命取り組んでいる。


「召喚士と言うのは…魔法陣を使って呪文を唱え、精霊などを呼び出す事が出来る人の事です」


 アストリアの説明に、皆が頷く。


「精霊?それって、妖精さんみたいに可愛いの?」


 7歳のペルティエは、訳の分からない質問をしている。


 背は少し伸びたが、相変わらずの甘えん坊である。


「それって、戦力になる訳?」


 13歳のメルローズも、腕を組みながら訊いた。


 この1年、抜け殻のようになってしまったバルティックを、ずっと支え続けていたのは他でもない、メルローズだった。


 アストリアは、難しい顔をしながら言う。


「僕も調べたんですけど、召喚魔法と言うのは普通の魔法よりも、難しいと言われています。勿論、使いこなせればかなりの戦力になる事は、まず間違いないですけどね」


「じゃあ、旅の仲間にはピッタリじゃない?」


 メルローズがそう言うと、アストリアは首を横に振って言った。


「いいですか、考えてもみて下さい。何て言ったって、その子はまだ5歳ですよ?えっと、あと9年だから出発時には、14歳でしかありません…まあその子が努力してくれれば、別でしょうけど」


「その子だったら、礼拝で見掛けた事があるわ。上の子がカミユールで、下の子がロビナールって言うの」


 そう言ったのは、15歳のマリアージュだ。


 皆に励まされながら、ようやく笑顔の数も増えて来た。


「カミユールは本当に礼儀正しいし、大人しくてとても頭の良さそうな子だったわ」


 マリアージュの話を聞いて、バルティックは突然立ち上がった。


「よし、決めた!今日、フォード博士の家へ行く!ついて来たい奴は、飯を食ったらもう1度此処へ集合だ!」


『えぇーっっっ?』


 突然の事に皆は驚き、目を丸くするばかりだった。






「い、いらっ、しゃい…」


 フォード博士の妻リズはかなり驚いていたものの、快くバルティック達を中へ入れてくれた。


「あの、博士は…いらっしゃいますか?」


 バルティックが訊くと、リズは茶と菓子を出して博士を呼びに行った。


 そして。


「これはこれは、勇者様とお仲間の皆さんではありませんか…私に一体、何の御用ですかな?」


 部屋へ入って来たフォード博士に、バルティックは真剣な表情で言った。


「単刀直入に言いますが…上のお子さん、つまりカミユールを是非俺達の仲間として、お迎えしたいのです!」


 それを聞いた途端、フォード博士とリズは顔を見合わせた。


 バルティックは、話を続ける。


「戸惑われるのも、無理はありません。カミユールも、まだ5歳だとお聞きしました。俺達は世界の平和の為、セディナードが20歳になったら、8人の仲間達と共に旅に出る事を長老様と約束し、その為に毎朝練習を積み重ねて来ました」


 フォード博士もリズも、真剣に話を聞く体勢に入る。


「しかしご存知の通り、仲間の1人であったシティーリオが亡くなってしまいまして…俺達も一時は途方に暮れたのですが、逆にそれが旅への思いを益々強くする結果にもなったのです」


 フォード博士は腕を組んで目を閉じ、リズは心配そうな顔でその様子を見ている。


「長老との約束の8人まで、あと2人。その内の1人に、召喚士を目指していると言うカミユールを、是非とも俺達の仲間にと思いまして…お願いします!」


 其処でバルティックは立ち上がり、頭を下げた。


 皆も続いて立ち上がり、頭を下げる。


 話を聞きながらフォード博士は考え込んでいたが、やがて静かに言った。


「どうか、頭を上げて下さい。確かに、我が息子を勇者様のお仲間として認めて下さるのは、大変光栄な事だと思っております。しかし息子はまだ5歳、9年後でも14歳。召喚士としてはまだまだ未熟ですし、危険な旅に出すにも幼過ぎます」


 勿論父親として、それは当然の意見であろう。


 親なら誰しも、子供を危険な目に遭わせたくはない筈だ。


 しかし、バルティックは言う。


「ですが…どうか、俺達に任せては頂けないでしょうか。俺は最年長として、セディナード以下7名を守る義務と責任があり、勿論その自信もあります!今でこそ俺も子供ですが、9年経てば26歳。立派な大人として、今よりはしっかりと物事を考える事が、出来ると思います!」


 必死なバルティックを、ジッと見つめるフォード博士とリズ。


「それに…俺達には、どうしてもカミユールの力が必要なんです!きっと9年後、カミユールは俺達にとってなくてはならない存在になると、断言出来ます!ですからどうか、どうかお願いします!」


 再び、皆で頭を下げる。


 フォード博士は、非常に困った状況に立たされた。


 息子を、危険に晒したくはない。


 しかしたった5歳の子供が、こんなに大勢の仲間達に必要とされている。


 自分の息子が、勇者とその仲間達に必要とされているのだ。


 世界の未来を、平和を築く為に。


「分かりました…では、本人を呼んでみましょう。カミユール!カミユール!」


 フォード博士に呼ばれて、トコトコと小さな男の子が部屋に入って来た。


 とても礼儀正しく、利口そうな子だった。


「なーに、父さん?」


 フォード博士は、カミユールを隣に座らせて言った。


「カミユール、こちらは勇者様と仲間の皆さんだよ」


「えーっ?本当に、勇者様なの?凄ぉーい!」


 カミユールは、嬉しそうにはしゃぎ出した。


「それでね、カミユール。お前は今、召喚士のお勉強をしているだろう?勇者様達がね、お前のその力が必要だと仰っているんだ。だからお前に、旅の仲間に入って欲しいそうなんだが…お前は、どう思う?」


 フォード博士が訊くと、カミユールは目を輝かせて言った。


「僕、仲間になれるの?勇者様と一緒に、旅が出来るの?」


「そうだよ。此処にいるお兄さんやお姉さん達と、一緒にね」


「だったら僕、一生懸命勉強して仲間になりたい!ねえいいでしょう、父さん!」


 カミユールは、乗り気でフォード博士の袖を引っ張っている。


 フォード博士は、カミユールの頭を撫でながら言った。


「本人は、やる気が十分にあるようですな。しかし見ての通りまだ子供ですから、どんなに大変で危険な旅かと言う事は、分かっていません。ですが…まあ、私も出来る限り皆さんに協力する事を、お約束致しましょう」


 それを聞いたバルティックは、笑顔で言った。


「で、では!」


「ええ、カミユールを宜しくお願いします」


 フォード博士は、笑顔でそう言った。


 バルティック達は一斉に喜び、手を叩いた。


 しかし、フォード博士は一言付け加えた。


「但し…勉強は私が責任を持って教えますので、朝の練習はご勘弁願いたい。残りの9年間は自宅での勉強と言う事で、宜しいですかな?」


「も、勿論です、有り難う御座いました!カミユール、俺がこの中で1番お兄さんのバルティックだ、宜しくな!」


 そう言って、バルティックはカミユールに握手した。


「よ、宜しく、お願いします…」


 カミユールも、照れ臭そうに握手をする。


 皆も次々と自己紹介をし、暫くお喋りをしてからフォード博士の家を後にした。


「良かったね、仲間になってもらえて!」


 帰り道。


 セディナードがそう言うと、バルティックも大きく頷いた。


「ああ、残るは1人…だな」


「ジャスミンに、するんでしょ?」


 メルローズが当たり前のように言うと、バルティックはハッと思い出した。


「ああ、そう言えばそうだったな…ジャスミンって今、何歳だっけ?」


「確か、3歳です」


 アストリアが答える。


「そっか、まだまだ長いな…9年後でも12歳、か」


 バルティックは、溜息をついた。


 マリアージュは、そんなバルティックを励ますように言った。


「でも、商人が使える特殊技能はきっと旅の役に立つわ。だからジャスミンが大きくなるのを待って、また今日みたいに皆でお願いに行きましょうよ…ね?」


「ああ、そうだな」


 バルティックは頷き、笑みを浮かべた。


 こうして皆は、広場へ向かって歩き出したのだった。






     14年後 ―7年前―




        ‡




「あ、いいですよ!」


 あまりにすんなりとOKされた為、バルティックは思わず拍子抜けしてしまった。


「あの、き、危険な旅になるかと思うんですが…」


「あ、いいですよ!」


 此処まで理解を示されたら、バルティックとしても返す言葉がない。


 19歳になったバルティックは、予定通り商人の特殊能力を身につけ始めた、5歳のジャスミンを仲間に迎えたいと、両親の許へお願いに来た所だった。


 まだ5歳の、しかもたった1人の大事なお嬢さんを今から危険な旅に誘うのだから、バルティックはカミユールの時以上に、覚悟を決めて来たつもりだった。


 しかし、ジャスミンの父チャールズのこのあっさりとした承諾には、バルティックの頭も混乱しつつあった。


「いやね、あの子が生まれた時の事…覚えていてくれてますか?」


 チャールズにそう訊かれて、バルティックは懐かしげに思い出した。


「はい、覚えています。グラニーズさん達、行商をやりながらこの村に辿り着いたんでしたよね。そしたら、奥さんが急に苦しみ出して…」


「そう、あの時私は初めての経験でしたので、ウロウロするばかりで何も出来なかった。しかしセディナードや、アストリアは当時まだ6、7歳でしたよね?それなのに、頼りないこの私をビシッと叱ってくれた。私は、ハッとさせられたんですよ」


 其処で部屋のドアが開き、ジャスミンの母メアリーが茶を持って入って来た。


「ああ、ジャスミンはこの子達に出会う為に、今日生まれて来たんだって。そして、この勇者様にお仕えする事が、ジャスミンの使命なんじゃないかって…だからねバルティック、君があの子を誘いに来てくれるのを、今か今かと待っていたんですよ」


 そう言って、チャールズは茶を1口飲んだ。


 話を聞きながら俯いていたバルティックは、顔を上げた。


「そうだったんですか。まあ確かに、あいつ…セディはまだ1人前とまでは言えませんが、勇者になるべくして生まれたような、立派な人間です。あいつの為なら命を懸けてもいい、俺はそう思っています」


 チャールズも、頷いて言う。


「ええ、そうですね…私も、そう思いますよ。だから、たとえそれが危険な旅だったとしても、私はあの子をお供させるつもりです」


 隣で、メアリーも頷いている。


 バルティックはそんな2人に礼を述べ、グラニーズ家を後にした。






 広場へ行くと、皆がバルティックを待っていた。


「で、どうだった?」


 最初に訊いて来たのは、15歳になったメルローズだった。


「いや、それが…」


「まさか…駄目だったんですか?」


 11歳のアストリアは、不安そうな表情を浮かべている。


 バルティックは、首を横に振った。


「それが、その反対。あまりにもあっさりOKするもんだから、こっちも何て言ったらいいのか分からなくてさ。色々言う事考えてたんだぜ、心配掛けないように。なのに、あの返事だろ?逆にこっちが、危険な旅ですよとか悪い事ばっか言っちゃったりしてさ」


 それを聞いて、皆が一斉に大笑いする。


「でも良かったね、バル兄ちゃん。これで、仲間が全員揃ったよ!」


 9歳のペルティエがそう言うと、17歳のマリアージュも頷いた。


「そうよ!バルティック、メルローズ、セディナード、アストリア、ペルティエ、カミユール、ジャスミン、そして私。やっと、8人揃ったのね。ほんと、長かった…」


「ああ…そう、だな…」


 マリアージュの言葉を聞いて、バルティックはこの旅を始めて計画した時の事を、思い出していた。


 そうして、静かに目を閉じているバルティックを見ながら、決して忘れてはいけない、忘れる事なんて出来ない…そんな出来事が、皆の脳裏をよぎっていた。


「もっともっと強くなって、世の中を早く平和にしたい。人間を襲う魔物は、やっぱり許せないから…」


 13歳になったセディナードは、そう呟いて俯いた。


 皆が、セディナードを見つめる。


「確かに、セディの言う通りだ。でも俺としては、やっぱり…」


 バルティックは、何かを言い掛けてグッと飲み込んだ。


「いや、今更くよくよしたってしょうがないよな。あと7年、皆で力を合わせて頑張って行こう。そして、強くなろう。いいな?」


『はいっ!』


 バルティックの言葉に、皆は力強く頷いた。






     17年後 ―4年前―




        ‡




 その日もいつも通り皆で広場に集まり、それぞれが練習をしていた。


「アスト…お前、召喚士の研究も始めたんだって?」


 22歳と言う、成人をとうに迎えて逞しく成長したバルティックは、14歳になったアストリアに訊いた。


 アストリアもまだ顔立ちはあどけないが、急に背が伸び始めて大分男らしくなって来ている。


「ええ、まあ…フォード博士のお宅にも、ちょくちょく寄らせてもらっています。カミユールも、頑張っているようですよ」


 その話を聞いて、皆も歓声を上げた。


 攻撃魔法、回復魔法共にほぼマスターした賢者レベルのアストリアは、最近召喚魔法にも興味を持ち始め、昔も今も変わらない勉強熱心さを見込まれて、フォード家に入り浸るようになっていた。


「アンタってほんっと勉強好きだよねぇ、アスト。私には、とてもじゃないけど真似出来ないわ」


 剣の素振りをしながら、18歳のメルローズが言う。


 相変わらず活発な性格だが、体つきは立派な女性だ。


 最近の悩みは、女の割に筋肉が付き過ぎて来ている事だと言う。


 20歳になり、こちらも成人をようやく迎えて更に女らしくなったマリアージュも、頷いて言った。


「ほんと私も尊敬するわ、アストリア。私なんて全然頼りなくて、バルティックにいつも迷惑掛けてばかりだから…」


 バルティックは、驚いた顔をする。


「お、おいおい、マリア!突然、何言ってるんだよ!誰も、迷惑掛けられたなんて思ってないぜ?それに、マリアは強くなったよ。最近の上達振りには、正直俺も驚いてるくらいだからな」


 そう言って、バルティックはそっとマリアージュの肩に手を置いた。


 技の練習中は精神を集中させているので何とも思わないのだが、こう言った日常のちょっとしたバルティックとの接触は、未だ片思い中のマリアージュの胸を必要以上に高鳴らせるのだった。


「そうだ…最近の外の様子はどう、ペルティエ?」


 セディナードは、16歳。


 子供と大人の間で揺れる、難しい年頃に差し掛かっていた。


 しかし内面は相変わらず優しく、思いやりも持っている。


 変わった所を挙げるとすれば、昔以上に勇者としての自覚を持ち始めて来たと言う所だろうか。


 小さい頃の彼は、勇者としての自覚と言うより、勇者として皆の前ではちゃんとしなきゃいけないんだろうな、と言う程度のものでしかなかった。


 けれども今は曽祖父達の話を聞きながら、勇者とは一体何なのだろうかと言う、本質的な事を考え始めていた。


 少しずつ、大人としての考え方が出来るようになって来ている証拠なのだろうか。


「そうだなぁ…ティーラは、ほんのちょっとずつだけど魔物は減り始めて来てるって。でも、ほんのちょっとだよ?まだまだ、外は危ないみたい」


 ペルティエは、12歳。


 小さい頃ほど我儘ではなくなったにしろ、まだまだ自分勝手な子供っぽさは残っているようだ。


 すっかりティーラを手なずけてしまったペルティエは、人が乗れるほどの大きさに成長したティーラに、村の外の偵察を頼んでいた。


 定期的にこの山脈の大陸フーペフープを見回り、報告させているのだ。


 ペルティエの魔物使いとしての能力も、今や魔物と会話が可能なまでになっていた。


「そうか。皆の魔法の腕も上達して来て、今じゃ村の中での魔法の練習も危なくなって来ただろう?だから、少しずつ村の外での練習も増やして行こうと思ったんだけど…そんな状態じゃ、村の周りも危険かな」


 バルティックが考え込んでいると、ペルティエは首を横に振った。


「多分、大丈夫だよ。村の周りくらいなら、ティーラを側に置いとけば平気平気。ティーラには、私から言っておいてあげるから」


「アストリアの勉強熱心さも凄いけど、ペルティエも凄い上達したよね。何だか、僕も負けていられないなぁ」


 そう言って、セディナードは溜息をついた。


 バルティックは、セディナードの頭を優しく撫でた。


「だったら、今日から村の外での練習を開始しよう。今日、都合のいい奴はいるか?」


「はい。僕、大丈夫です」


 アストリアが、手を挙げる。


「あ…私も、行っていいかな」


 マリアージュも、手を挙げた。


「他には?」


「僕はこれから、曽祖父様と勇者についての勉強があるんだ」


「私、店番。ほら、今日父さんが腕が痛むって言ってたじゃない?」


 そう言って、セディナードとメルローズは断った。


 よって村の外での練習はバルティック、マリアージュ、アストリア、ペルティエの4人で行う事になった。






 午後。


 早速ティーラを呼んで、村の外での練習が始まった。


 山の中の少し開けた平地で、それぞれが練習する。


「私、其処ら辺見回って来ていいかな?」


 ペルティエに訊かれてバルティックは少し考えていたが、厳しい口調で言った。


「すぐに、帰って来いよ。外は、何が起こるか分からないんだからな!」


「分かった」


 そう言ってペルティエは平地を抜け、木々の生い茂る山奥へと1人で歩いて行った。






「静か。何も、気配を感じない。と言うより、何者かが他の魔物を寄せ付けないようにしてるみたい…どう言う事だろう…」


 そう思いながら、ペルティエが歩いていると。


「ペルティエ!」


 何と、後ろからアストリアが走って来た。


「あれ、練習は?」


「バルティックが、心配だから行ってやってくれってさ。勿論僕は、練習に集中したかったのですがね」


「そう…バルもああ見えて、結構心配性なんだよね」


 ペルティエがそう言うと、アストリアは肩を竦めて呟いた。


「心配性と言うより、兄としてはそれが当たり前の気持ちだと思いますがね…」


 2人は、そのまま山奥へと進んで行った。






 暫く歩くと、突然ペルティエが止まった。


「どうしました?」


 アストリアが訊くと、ペルティエは険しい表情で言った。


「とうとう、見つけたの…此処ら辺一帯に、他の魔物を寄せ付けないようにしている、張本人をね…」


「何だって?」


 目を凝らして遠くの茂みを見つめると、何やらガサゴソと動いている。


 ペルティエは、静かにその茂みへ近付いて行った。


「お、おい、危険だっ…」


 小さく叫び、アストリアもペルティエの後を追う。


 ペルティエは、そっと茂みの中を覗こうとした。


 すると、突然茂みの中から爆風が起こり、ペルティエとアストリアは数レートほど後ろへ飛ばされた。


「キャーッ!」


「うわぁーっ!」


「痛たたた…な、何なのよ、一体…っ」


 頭や腰を摩りながら、ペルティエは先程の爆風によって、一緒に取り払われてしまった茂みを見た。


 其処には何と、馬に角が生えたような真っ白い一角獣ユニコーンが、人間が魔物退治の為に仕掛けた魔法の罠に、足を捕らわれて動けなくなっていたのだ。


「す、凄い…」


 ペルティエが、唖然とする。


「まっ、魔物だっ…」


 アストリアは、野生の魔物をこんな近くで見たのは、生まれて初めてだった。


 ティーラは、最初から人間によって育てられているので危険は少ないが、このユニコーンは正真正銘魔王に仕えていた、野生の魔物である。


 少しでも刺激を与えると、こちらの命が危ない。


「凄い立派な馬、カッコいいっ!」


 ペルティエは興奮しながら、更に魔物に近付く。


「おい危険だ、やめろっ!」


 アストリアは即座に止めようとしたのだが、彼らしくもなく腰が抜けて立ち上がる事が出来ない。


「大丈夫だよ…ねえ、どうしたの?足を捕らえられて、動けないの?」


「ペ、ペルティエっ…一体、何をする気だっ?」


 アストリアはようやく立ち上がると、不安そうな表情でペルティエとユニコーンを、交互に見つめた。


 最初は、人間の言葉で話しかけていたペルティエだったが、その内聞いた事もない言語で話し始めた。


「イェクォ…イー・ファ・ウォ・フォ・ノインアプモック」


 それを訊いた一角獣は体をビクッと震わせ、鋭い目つきでペルティエを睨みつけながら、何と同じ言語を発し始めたではないか。


《ウィウ・リベド・フォ・エガウグナル・スイ・ナースレイダン…》


 アストリアは、目を丸くしてペルティエとユニコーンを見た。


「こっ、これが、魔物の言葉だって言うのか…」


 暫く会話が続き、アストリアは離れた所でずっとその様子を窺っていた。


 その内、ユニコーンの態度が荒々しくなって来た。


《ヴェルーエ・トゥ・ナック!》


「ウィウ!」


 ペルティエの表情にも、焦りが見え始めている。


 嫌な予感がしたアストリアは、ペルティエに向かって叫んだ。


「おい…一体、何を喋っているんだ!何か、あったのか?」


 その時だった。


 突然一角獣の口から、火の玉が吐き出されたのだ。


 あまりにも一瞬の出来事で、ペルティエは呆然と立ち尽くしたまま、避ける事が出来ずにいる。


「シガム・ルア・ノイセルーフェ!」


 アストリアは、とっさに魔法反射の呪文を唱えた。


 アストリアとペルティエを、半球体状のバリアが包み込む。


 間一髪の所で、2人は火の玉を避ける事が出来た。


「ふぅ…助かった…」


「ア、アスト…あ、有り難う」


 放心状態でペルティエが振り返ると、アストリアも額の汗を拭って言った。


「有り難うじゃないっ!死ぬ所でしたよ、君も僕もっ!しかし、どうしてこんな事になったんだ?見ているこっちは気が気じゃないよ、全く…」


 ペルティエは、チラチラとユニコーンを見ながら言う。


「私は、助けてあげるって言ったの。私は貴方の仲間で、怖くないから安心してって。そうしたらお前は人間のくせに、どうして魔物と会話が出来るのかって訊いて来たから、私は魔物使いで人間と魔物が仲良くなれるように、色々と勉強してるんだって言ったの」


「それで?」


 アストリアが、続きを促す。


「それで…お願いだから、任せてくれって言ったの。そしたら、急に怒り出しちゃったのよ。人間に使われるなんて、御免だって。大体、お前達人間に助けてもらうくらいなら、此処でのたれ死んだ方がマシだって」


「ま、まあ、魔物の立場からしたらそう思うのが、普通でしょうね。何てったって、その罠を仕掛けた張本人なんですから、人間は」


 アストリアはそう言って、溜息をついた。


「それでも私は、貴方をどうしても助けたいって言ったの。そうしたら、余計な事をするなと言って、口から火の玉が…」


 俯くペルティエに、アストリアは言う。


「仕方ありませんね…もう罠に掛かっているのですし、魔法の練習がてら此処は1つ、思い切って退治した方が…」


「駄目だよっ!」


 ペルティエは、怒鳴った。


 アストリアも、言い返す。


「どうしてっ?僕達の旅の目的は、世界を見る事と魔物退治だろっ?その為に、今までこうして頑張って来たんじゃないかっ!」


「だって…だってこの子は、良心の欠片を持っているものっ!」


 アストリアには、意味が分からなかった。


 ペルティエは言う。


「ちゃんとした態度で接してあげれば、この子は必ず人間の気持ちを分かってくれる筈なの!魔物はね、人殺しをする悪い奴ばかりじゃないんだよ?アストだって見たじゃない、あんなに楽しい芸を見せてくれた、魔物のサーカス団をっ!」


 アストリアは、何年か前にこの村に来たサーカス団の事を思い出した。


「あのサーカスを見て私、小さいながらに思ったの。人間達が、魔物だと思って何でもかんでも退治しようとするから、魔物達も怒って人間を殺しちゃうんじゃないかって…もしかしたら、人間に何か伝えたくて近付いて来る魔物も、いるかもしれないんだよ?」


 それを聞いて、アストリアはそう言う考え方もあるのかと、目から鱗が落ちた。


 今まで、一方的に魔物が悪いんだと思っていたが…果たして、本当にそうなのだろうか。


 人間にだって、人殺しをするような悪い奴はいる…逆に、そうじゃない人も。


 だったら、魔物にもそうじゃない奴がいたっていいじゃないか。


 アストリアは、考えさせられるものがあった。


「大丈夫、私に任せて…」


 そう言って、ペルティエは再びユニコーンに近付いて行った。


 アストリアは万が一の攻撃に備えて、いつでも呪文が唱えられるよう身構えた。


 ペルティエは先程のように、不思議な言語でユニコーンとの会話を試みた。


「イー・ファ・ウォ・ノー・フィーレフ・オーティナ…ウォ・ファ・パルト・モルフ・ツォモス・オーティナ…テューパ・パルト・ファ・ナミューフ・イリーノ・スイ・レクナック・ナック…レリークァ・タ・セルティン・ファ・イリーガ・ウードゥ…ウォフ?」


《トゥ!ウォ・ファ・ヴェルーエ・ナック・トゥ!》


「ウィウ・トゥ・ナースレイダン!」






 そうして、どれほどの時間が経っただろうか。


 暫くユニコーンと言い合っていたペルティエは、アストリアの方を振り向いてニッコリ笑った。


「商談成立!」


「えっ?」


 アストリアは、拍子抜けしてペルティエを見ている。


「ねえ、アスト。この子の罠、何でもいいから攻撃魔法でぶっ壊してくれない?」


「あ、ああ…やはり、火で溶かすしかないか…ジアルーブ!」


 アストリアは、罠めがけて魔法を放った。


 手のひらから炎が生まれ、罠の金具を溶かし始める。


《ウォーッッッ!》


 ユニコーンが、苦しそうに叫んでいる。


「エルティ・ウィーハ・チェンタップ・ウードゥ!」


 ペルティエは、必死にユニコーンを励ましている。


 やがて罠が全部溶け切ると、ユニコーンの足には火傷の痕が残った。


「アスト、悪いんだけど…回復魔法、かけてもらえる?」


「えぇーっ?何故、僕が其処まで…」


 嫌そうな顔をする、アストリア。


 しかし、手を合わせてニコニコと頼んで来るペルティエを見て、アストリアは何も言えずに溜息をついた。


「はぁ…えーと、レボーチェ!」


 アストリアの手のひらから淡い光が漏れ出し、ユニコーンの足を優しく包んだ。


 徐々に火傷の痕が薄れ、何もない状態に戻った。


「有り難う、アスト!これで、全部終わったわ」


「とにかく何故商談が成立したのか、会話の内容を聞かせてもらえませんかねぇ…こっちの頭の中の整理は、全くと言っていいほど終わっていないんですが」


 アストリアにそう言われて、ペルティエは会話の内容を簡単に説明した。


「どうしても私を信じられないならそれでもいいけど、とにかく私は貴方を助けたい。貴方は罠から抜け出したいけど、その罠は人間にしか壊せない…って事で、お互いに利害は一致してるんじゃないかって事を、説明したのよ」


「なるほど…それで魔物の方が渋々折れ、商談は成立したって訳か」


「でも最初は、それでも嫌だって言い通してたの。だから私は、貴方が私を信用出来ない気持ちは分かるけど、私を殺すにしたってそんな状態じゃ身動きも取れないでしょ?だから、どっちにしろ貴方は私に頼るしか方法がないのよって言ったの」


 アストリアは頷きながら、黙って話を聞いている。


「その罠を解除したら正々堂々殺させてあげるから、まずは貴方を助けさせて。まあその代わり、こっちだってだてに何年も鍛えてる訳じゃないから、大人しく殺されはしないけどね、って…」


「アッハッハ!こりゃいいや、それでこの魔物はまんまと助けられる羽目になったって訳だ…ペルティエ、君も中々やりますね?」


 アストリアに褒められて、少し気を良くしたペルティエは後ろを振り返り、ゆっくりと立ち上がったユニコーンに言った。


「ステイル・ウォナ・ウードゥ?イー・ノー・レスガルス…ロウア・トゥ・レスガルス」


《イー・ファ・ノインアプモック・タ・イェルティーブ・ネウ…》


「えっ…」


 ペルティエが、目を丸くする。


 ユニコーンは暫くの間、何かを話し続けた。


 それを聞いているペルティエの表情が、徐々に曇って行く。


 アストリアは眉間に皺を寄せ、その様子を黙って見つめている。


《ナミューフ・タ・フィーレフ・ネウ・テンスループ・ニィ・イー・フォ・イニトゥシード・ファ・テインフィード…ウォ・タ・ウォルローフ》


「ほんとにっ?あ、じゃなくて…スリア?」


 突然、喜んではしゃぎ出すペルティエ。


 やがて話が終わると、ペルティエはアストリアに言った。


「この子、私達の仲間になるって!」


「は?」


 アストリアは、もうついて行けなかった。


 何処をどうしたら、そんな話になるのだろうか。


「ちょ、ちょっと待て。それは、どう考えても危険だろう?だってそいつは、野生の魔物なんだぞ?それに、突然仲間と言われたって…」


 焦るアストリアに、ペルティエは沈んだ表情で言った。


「この子、仲間に裏切られたんだって…」


「え?」


 アストリアが、神妙な顔つきになる。


 ペルティエは、静かに話し始めた。


「大体魔物って、群れて行動するの。この子も、同じ種類の魔物達と一緒にこの山脈の大陸フーペフープを、荒らし回っていたそうよ。だけど、お城の兵隊さん達が頑張ってるみたいで、次から次へと仲間達が殺されて行ったんだって」


 アストリアは、黙って話を聞いている。


「それで…魔物達の間でね、この大陸を見回っているティーラの事が話題になっているらしいの。魔物のくせに、人間に従ってる裏切り者だって。其処で、何とかティーラを陥れてやろうと、この子達はこの村の近くまで来たらしいんだ」


「それで、この罠に掛かってしまったと…」


 アストリアがそう言うと、ペルティエは頷いた。


「そう、それなのに仲間達はこの子を置いて、別の大陸へ逃げてしまったんだって。こんな所で手こずって自分達はまだ死にたくないから、お前は犠牲になれって…だから人間は勿論、仲間である魔物ももう信じられなくなっているみたいなんだ」


 それを聞いて、アストリアは苦笑いしながら言った。


「皮肉なもんですねぇ、魔物同士でもそんなやり取りがあるなんて…思い切り人間臭くないですか、そう言う考え方」


「だから、試しに私達について来たらって言ったの。暫く私達と付き合ってみて、居心地が良ければそのままいればいいし、嫌だったら寝ている間に私達を殺せばいい。但しさっきも言ったけど、黙って殺される私達じゃないよって…」


「だからこいつは、僕達について来る事を考えたって訳ですか?」


 驚くアストリアに、ペルティエは笑って言う。


「まあそれ以前に、人間である私に助けてもらおうと考えた時点で、既に魔物である自分のプライドは、ぜーんぶ捨てちゃったみたいよ。アハハハハ!」


「いや、アハハじゃなくて…どうするんですか?こんなの連れて行って、バルティックが何と言うか…」


 アストリアがそう言うと、ペルティエは考え込んだ。


「それは…私から、話してみるよ。ティーラのように受け入れられるかどうかは分からないけど、この子だって絶対に悪い子じゃないよ。私には、分かる。仕方ないから、ティーラと一緒に村の外に住まわせるわ。アストは、どう思う?」


 突然訊かれて、アストリアは言葉に詰まった。


 正直、ティーラの事も自分自身受け入れた訳ではないのだ。


 だが、別に自分が飼ったり一緒に住んだりする訳ではない、ペルティエがそうするんだから自分には関係のない事だ…そう考えて、割り切っていたのである。


 今回の、このユニコーンにしても同じ事だ。


 自分に、直接関係のある事ではない…所詮は、人事。


 アストリアは、ペルティエに言った。


「べ、別に、僕は構いませんよ。ただ、問題は…ペルティエに、こいつを扱う自信とやる気があるかどうか、じゃないですか?」


「じゃあ、いいのね?」


 ペルティエが、嬉しそうに訊く。


「え、ええ、勿論…」


「ああ、良かったぁーっ!ほんとはアストリアも含めて、皆に受け入れてもらうのは難しいと思ってたんだ。だって、野生でしょ?でも、これで自信がついた!じゃあ、この子も一緒にバルんとこ帰ろう…オーグレス!」


 そう言ってペルティエはユニコーンを従え、元来た道を戻って行った。


 アストリアは、黙ってその後をついて行った。






「遅かったじゃないか、心配し…おっ、おい、何だよ、それっ!」


 心配していたバルティックは、ペルティエの後について来た魔物…ユニコーンを見て、唖然とした。


「あっ、危ないわよ、ペルティエっ!大丈夫なのっ?」


 マリアージュも、慌てて叫ぶ。


 しかし、ペルティエは笑って言った。


「大丈夫!この子、見掛けは獰猛そうだけど、優しい心を持ってるの。人間が仕掛けた罠に掛かっていたのを、さっき私とアストが助けたんだ。今日から、この子も仲間になるから…ティーラ、こっちにおいで!ティーラ・エルフ・タ・ノエモック!」


 ペルティエに呼ばれて、ティーラが近付いて来た。


 途端に、ユニコーンが警戒態勢に入る。


 しかし、ペルティエはユニコーンの首を撫でながら、魔物語で話しかけた。


「シーズ・スイ・ティーラ…ウォウ・ファ・イェドーツ・モルフ・ノインアプモック!イェクォ?」


 ペルティエが間に入り、ティーラとユニコーンをうまくまとめようとする。


「いやぁ、それにしても…我が妹ながら、驚くなぁ。尊敬しちゃうよ、全く」


 バルティックは、その様子を見ながら感嘆の声を漏らした。


 脇で、マリアージュも頷いて言う。


「ペルティエはまだ、12でしょう?ティーラが来たのが、6つの時…この6年で、大きく成長したわね。私達には決して真似出来ないような、素晴らしい才能だわ」


 やがてペルティエは話をつけたらしく、皆の方を見て言った。


「さてと…後は、皆次第なんだけど…どう?」


「そうね…私は、構わないわ。ペルティエがいい子だって言うんなら、きっとそうなんでしょう?私は、ペルティエを信じる!」


 マリアージュがそう言うと、ペルティエは笑顔で言った。


「有り難う、マリア!じゃあ、バルは?アストにはいいよって言う返事、もう貰ってるんだけど…」


「まあなぁ…魔物と仲良くなれるんなら、それに越した事はないんだろうが、やっぱりその、何と言うか、ティーラに関しては卵ん時からの付き合いだろ?だから、気心も知れてるが…」


 何となく煮え切らない様子のバルティックだったが、突然鋭い眼差しをユニコーンに向けて呟いた。


「もしかしたら、そいつが6年前に…あ」


 其処まで言って、バルティックはハッと口を噤んだ。


 マリアージュとアストリアが、互いに顔を見合わせる。


 やはりバルティックの頭の中から、6年前の悲劇を消し去る事は出来なかったのだ。


 それは彼に限らず、仲間達は皆そうだった。


 しかし、何処かで割り切らなければ、人間は生きて行く事は出来ない。


「あ、あのね、バルティック。私も、バルティックと同じ気持ちよ。もしかしたら、このユニコーンかもしれないって…でも、違うかもしれないわ。今は、魔物使いであるペルティエの直感を信じましょうよ」


「マリア…」


「もしかしたら、この子は何か手掛かりを知っているかもしれないんですもの」


 マリアージュは、そう言って静かに微笑んだ。


 一生懸命励ましながら、自分よりも心の傷を深く受けてしまったバルティックを、ずっと守ってあげたい…最近のマリアージュは、そう思うようになっていた。


「そうですよ、いつだって僕達の心は1つです。いつも1つにしてなきゃ、シティーリオにも申し訳が立ちませんし…とにかく、他のメンバーにも意見を聞いてみましょう。僕、呼んで来ます」


 アストリアはバルティックの肩をポンと叩き、村の方へと走って行った。


 バルティックは、疲れたと言って近くの岩に腰掛けた。


 マリアージュとペルティエは顔を見合わせながら、皆が来るのを待った。






 やがて、アストリアが戻って来た。


 ジャスミンは店番、カミユールは自宅学習だったので、セディナードとメルローズの2人が駆けつける。


「い、家にある図鑑で絵なら見た事あったんだけど、本物を見るのは初めてだよ。本当に、凄いな…」


 セディナードは、目を丸くしてユニコーンを見つめている。


 だがメルローズに関しては堂々としたもので、既にユニコーンの首を撫でていた。


「凄く、カッコいいわ。この子が仲間になってティーラと組んでくれたら、怖いモノなしなんじゃない?」


 しかし、バルティックは突然立ち上がって言った。


「皆、本気か?6年前の出来事を、忘れたとは言わせない!あんな悲劇を起こしたのは他でもない、こいつら魔物なんだぞ!俺達は旅先で魔物を倒す為、今まで修行を積んで来たんだ。ティーラはしょうがないさ、ペルティエの事もあったからな。だけど…」


 其処で、バルティックは俯いてしまった。


「バル…」


 メルローズが、バルティックの肩にそっと手を置く。


「ねえ…」


 セディナードは、静かに口を開いた。


「皆でもう1度考えてみようよ、旅の目的」


 皆が、ふと顔を上げる。


「バルの話では、旅の目的は魔物を全部倒して、世界を平和にすると言う事だった。だけどあの年、サーカスがこの村に来た時に、初めていい魔物もいるって事が分かった。ペルティエ、君の旅の目的は…」


「勿論、魔物を倒して世界を平和にする事。だけどいい魔物には、決して人間を殺してはいけないって事を、教えてあげるつもり!」


 ペルティエの話を聞いて、セディナードは言った。


「真の平和って、一体何だと思う?僕は、ペルティエの話を聞いて思ったんだ。真の平和って、果たして魔物を全滅させる事なんだろうか…」


 ハッとする、バルティック。


「ティーラが年々いい子に育って行くのを見て、罪のない魔物達まで殺す必要があるんだろうかって、考えさせられちゃったんだ…」


「それは、私もそう思った…」


 メルローズも、同意する。


「大体さ、矛盾してるんだよ。魔物が悪いって言って一方的に全滅させて、もしかしたらティーラみたいにいい子だっていっぱいいるかもしれないのに、やたらと斬り捨てて…それって、人間を殺し放題殺してる魔物と同じ行為じゃない?」


 皆は顔を見合わせ、考え始めた。


 確かに、その通りかもしれない。


 折角、ペルティエが魔物使いとして勉強しているのだ、その知識を使わない手はないじゃないか。


「だから、僕も考えた。悪い魔物は退治しつつ、ペルティエの手を借りていい魔物はきちっと改心させてやる。そして、人間と魔物が共存出来る世界を作る…それこそが真の、本当の意味での平和なんじゃないかって。僕はそう思ったんだけど、皆はどうかな?」


 セディナードの言葉に、皆は感銘を受けた。


 そして勇者として、改めてセディナードを尊敬した。


 しかし、バルティックは言う。


「セディ…お前の言う事、良く分かるよ。人間と魔物が共存出来る世界、実現出来たらどんなに素晴らしいか分からない。でもな、俺にはどうしても割り切って考える事が出来ないんだよ。魔物に、いいも悪いもあるのか?俺は、信じられない」


 セディナードは、晴れ渡った青い空を見上げた。


「バル…僕は今、16歳。シティオと、同じ年になった。当時まだ10歳だった僕は、バルやシティオがとても大人に見えた。バルは厳しかったけど凄く頼り甲斐があったし、シティオはちょっと頼りなかったけど誰よりも優しくて、思いやりがあった」


 セディナードの話に、皆が耳を傾ける。


 偶然にも今、この場にいるのはあの当時、広場で朝練習をしていたメンバーだ。


 6人は、それぞれが6年前の事を思い出していた。


「でも、自分が実際に16歳になってみると、バルやシティオとは全く違っていた。人に厳しく出来るほど立派な人間でもない、頼り甲斐もない、大人でもない…」


「そ、そんな事ないよ、セディナード!ちゃんと勇者として、私達に…」


 ペルティエはそう言いかけたが、セディナードはそれを止めて首を横に振った。


「勇者だとしたら、尚更しっかりしなきゃならないだろう?だけど僕は、あの頃のバルやシティオのようにはなれないよ…2人とも、僕の憧れの人だったから」


 マリアージュが静かに1粒、涙を零した。


「両親って言うのは、父と母が両方いて初めて両親と言えるだろう?バルとシティオは、僕にとって第2の両親みたいなものだったんだよ。バルが父親で、シティオが母親…あ、こんな事言ったらシティオに怒られちゃうかな」


 ハッとするセディナードを見て、皆が同時に笑い出す。


 シティーリオが、頬を赤く染めて怒っている姿が目に浮かぶようだ。


「それほど大切だったシティオの命が、魔物によって奪われた。しかも、残酷な姿で亡骸だけ戻って来て…本当にあの時は、子供ながらに怒りと悲しみで、胸が張り裂けそうだったよ。そして葬儀の夜、曽祖父様と旅の事を誓ったよね。覚えてる?」


 セディナードに訊かれて、皆は黙ったまま頷く。


 綺麗な月夜の晩、埋葬までの時間に皆は長老と、旅への意気込みを再確認した。


「あれから僕達は、色々な事を学んだ。魔物には、良心の欠片を持った奴らもいる。これも、学んだ事の1つだよね。まあ、ペルティエのお陰でもあるけど…」


 セディナードに見つめられ、頬を染めるペルティエ。


「ほら、サーカスで見ただろう?あれほど憎んでいたあの魔物達が、僕達を思う存分笑わせてくれたんじゃないか」


 確かに、そうだ…。


 皆は、返す言葉がなかった。


「だから…だから、僕はペルティエのような人間の力を借りて、今まで散々魔王によって操られて来た魔物達を、救ってあげたいと思ったんだ。たった一欠片の良心でも、きっと大きくする事が出来ると信じてる」


 バルティックは、相変わらず俯いたままセディナードの話を聞いている。


「シティオの事を思うと辛いけど、シティオだって僕達の仲間だったんだ。仲間として、きっと同じ事を望んでると思う。シティオの優しさや思いやりは、筋金入りだろ?何てったって、教会で生まれた牧師様の息子なんだから」


 マリアージュは、涙を拭って言った。


「皆が、兄さんの事をこんなにも思ってくれているなんて…妹として、とても嬉しいわ。普通死んでしまった人間って、意外と早くに忘れ去られちゃったりするのよ。だけど皆、特にバルティックは片時だって兄さんの事、忘れられないのよね」


 バルティックは、俯いたままだ。


「だけど、時には過去の人の事をそっとしておいてあげるのも、必要だと思うの。私達は生きているんだもの、兄さんの事ばかりを優先する訳には、行かない時だってあるのよ」


 続けて、セディナードも言う。


「また、シティオにからかわれちゃうよ?僕がいないと、淋しくて夜も眠れないだろう?結局臆病で淋しがり屋なのは、バルの方なんだよなぁ…って」


「そっ、それはっ…」


 バルティックは突然顔を上げて反論しようとしたが、何も言えなかった。


「バル…こればっかりは、しょうがない事だって私も思う。冷たい言い方かもしれないけど、これからはバル以下私達がシティオに従うんじゃなく、シティオが私達に従ってもらう時が来たんだよ」


 そうは言ったものの、メルローズの表情は少し辛そうだった。


「僕達の考えてる事、分かってもらえたかな。バルを責めてるんじゃない、シティオを忘れただなんてとんでもない誤解だよ。これは自然の流れであり、時間は刻一刻と過ぎているんだ。生きている僕達が、少しずつ良い方向へ変えて行かないと…」


「分かってる」


 ふと、バルティックが呟く。


「皆の言ってる事、全部分かってるよ。頭の中では、分かってるつもりなんだ。けど、心の何処かではそれが整理出来ずにいる。俺だって、もう過去の事だと割り切って生きて行かなきゃいけない事くらい、十分に分かってるんだ。だけど…」


「いいのよ、バルティック。無理に、そうする必要はないわ」


 マリアージュは、バルティックの肩にそっと手を置いた。


「私も父さんも、バルティックと同じ気持ちですもの。だけど、それを…その感情を、皆にぶつけるのは良くないわ。皆はただ表に出さないだけで、本当はいつだって思い出す度に辛くて、でもそれをグッと我慢して生きてるんだから。そうよね?」


 マリアージュの言葉に、皆が大きく頷く。


「そう、だよな…」


 それを見たバルティックは、情けなさそうに微笑んだ。


「本当に、すまない…何だか、自分だけが悲劇の主人公みたいに思っちまって…1番年長者のくせに情けないよ、自分が」


「そんな後ろ向きに考えるなよ、バルらしくない。たまにはこうやって、自分の感情をぶつけたっていいと思うよ。シティオの思い出話にだって、時々は花を咲かせよう。いくら年長者でもバルは1人の人間なんだし、それに…僕達は皆、バルの仲間なんだよ?」


 ああ…やっぱり。


 いくら自分の方が年上でも、いくら偉そうに威張っても、いくら無理して頑張っても、こいつにだけは…勇者セディナードにだけは、敵わない。


 バルティックは改めてそう思い、セディナードに尊敬の念を覚えた。


「よーしっ、愚痴を零すのはもう終わりだ!悪かったな、ペル。お前を信じて、その魔物を仲間に入れる事を、許可するよ」


「ほんとっ?有り難う、バル!実はもう、名前も決めたんだ。この子は今日から、ティルマと名付けます!」


 そう言って、ペルティエは同じ事を魔物語でユニコーンに話した。


「ティーラとお揃いみたいで、凄くいい名前だわ」


 マリアージュに褒められ、ペルティエは嬉しそうに笑った。


「じゃあ皆のお許しが出た所で、『契約』しちゃうね!」


「け、契約?」


 アストリアが、訊き返す。


 ペルティエは、説明した。


「魔物使いは、魔物と『契約』して初めてその魔物を支配する事が出来るの」


「支配?」


 驚く、セディナード。


「まあ、私はいい魔物は仲間ならぬ『仲魔』だと思ってるから、支配って言葉はあまり使いたくないんだけど…で『契約』が成立すると、ようやく戦闘で皆が使う魔法と同じ攻撃方法が、魔物を使って出来るようになるって訳」


「へぇーっ…何気に凄い事してたんだねぇ、ペル」


 メルローズが、呆然としながらペルティエを見る。


 ペルティエは、ウエストポーチから巾着袋を取り出した。


「えーと、ティルマは何がいいかな…」


 巾着袋から、いくつかの小石が出て来る。


「あ、それって…ティーラの額に付いているのと、同じような石ね」


 マリアージュの意見を聞いて、ペルティエは驚きながら言った。


「流石マリア、鋭いね!確かにこの石は、ティーラの額に付いているのと同じ石。ティーラには、赤い石が付いているでしょ?あれを埋め込まれた魔物は、火の魔法を使う事が出来るの。ほら…この青い石なら水の魔法、黄色い石は雷の魔法が使えるんだよ」


「では、その石をペルティエが魔物の額に埋め込む、イコール契約となる訳ですね?」


 アストリアに訊かれ、ペルティエは頷いて言った。


「まあ、そう言う事。そうだなぁ…よしっ、じゃあティルマはこの虹色の石っ!」


「虹色の石は、何の効果があるの?」


 セディナードの質問に、ペルティエは思い出しながら答えた。


「えーっと、確か移動の呪文。1度行った事のある場所になら、瞬時に移動する事が出来るって言う、優れもの!」


「と言う事は、賢者の僕や僧侶のマリアージュ、それに勇者のセディナードが使用出来る移動の呪文エヴォームを、この石を埋め込む事によってティーラも使えるようになると?」


 アストリアの説明を聞いて、メルローズはまたもや感心している。


「へぇーっ…やっぱ凄いわ、ペル」


「じゃあ、やってみるね」


 虹色の石を握ったペルティエはティルマの前に立ち、握った手を胸に当てた。


「エノーツ・フォ・リウォーブ・ノー・スィオルーレ・ウードゥ…」


 やがて、握った手のひらから光が漏れて来た。


 開いた手のひらに乗った石は、虹色の光を放っている。


 ペルティエは、その石をティルマの額に当てて言った。


「イー・ドゥナ・ウォ・ファ・オーノ・エリフェ・テイ・トゥクァルトノック・ノー・エグナグス…フィー・シーズ・ノー・カレブ・フォーサーチ・ウォ・ファ・トゥオッソルク・ウードゥ・ネウ…イー・タ・ウォルローフ・ドゥナ・エグデルプ?」


 其処で、沈黙が続く。


「エグデルプ、ティルマ?」


 どうやら、ティルマに何かを訊いているようだ。


 皆が、息を呑んで見守る。


 やがて、ティルマは低い声で言った。


《セイ・リセイム…》


 頷いたペルティエは、静かに石をティルマの額に押し込んだ。


《ウォーッッッ!》


 ティルマは、今までに聞いた事もないような物凄い声で叫び始めた。


 皆が、思わず耳を塞ぐ。


「お、おい、ペル…だ、大丈夫なのか、そいつっ!」


 あまりにも苦しそうなティルマを見て、バルティックが訊く。


 ペルティエはティルマの額に手を当てたまま、目を閉じている。


「い、石を埋め込むんですもの、相当痛いのよ、きっと…」


 マリアージュが、辛そうな声で呟く。


 アストリアは、冷静にその様子を見つめた。


「しかし、石は吸い込まれるように額に埋め込まれて行きましたよ。見た感じは、痛そうには見えませんでしたがね…」


「でもこの悲鳴、こっちの耳がおかしくなりそうなほどだよ?やっぱり、痛いんだよ」


 そう言って、セディナードは顔を歪めた。


 石は、未だに虹色の光を発している。


 やがてそれが収まると、目を開けたペルティエは静かに言った。


「トゥクァルトノック・ノイスリューク…ふぅ、終わった」


 ペルティエが額から手を離した途端、ティルマはドスンと地響きをさせて、その場に倒れてしまった。


『あっ!』


 皆が、一斉に駆け寄る。


「ど、どうなったの、この子!」


 メルローズが、慌てて訊く。


 ペルティエは、ティルマの側にしゃがみ込んだ。


「この額に石を埋め込む時だけ、ちょっと体力を消耗しちゃうみたいなの…でも大丈夫、ほら」


 一瞬だけ気を失っていたティルマはやがて目を開け、ゆっくりと起き上がった。


「ああ、良かった…」


 マリアージュが、ホッと胸を撫で下ろす。


「よし、っと…じゃあ、今日の所はお開きにする?」


 ペルティエの意見に賛成した皆は、帰る支度を始めた。






 村まで歩きながら、ペルティエはティーラやティルマと楽しそうに会話している。


 皆は、何度聞いても慣れない魔物語を喋るペルティエを、物珍しそうな顔で見ていた。


「あの、バル…」


「ん?どうした?」


「あ、あの、僕…」


 セディナードが、沈んだ表情でバルティックの袖をキュッと掴む。


 そんなセディナードの手を優しく握ったバルティックは、笑顔で言った。


「お前なぁ、謝るのはなしだぞ?お前が、言い過ぎただの偉そうにしてごめんだのなんて言ったら、俺が説教され損だろ?ま、勇者様の有り難ぁーいお言葉を頂いたと思って、心ん中にしまっとくからさ」


「バ、バルーっ!」


 困った顔のセディナードを見て、バルティックは笑いながらセディナードの額を軽く小突いたのだった。






     19年後 ―2年前―




        ‡




 とても、気持ちのいい朝だった。


 空は晴れ渡り、雲1つない青空が広がっていた。


 そよそよと、爽やかな風も吹いている。


 しかし、26歳になったルビイナリスの心は曇っていた。


「ど、どうしたの、こんな朝早くに…」


 朝の礼拝堂の掃除に来た22歳のマリアージュは、ポツンと座っているルビイナリスを見つけた。


「あ、マリア…ごめんなさいね、お邪魔だった?」


「いいのよ、別に。それより…何か、悩みでもあるの?」


 マリアージュに訊かれて、ルビイナリスは少し俯いた。


 そして天井を見上げると、静かに言った。


「私、近々この村を出るわ…」


「えっ?」


 あまりにも突然の事だったので、マリアージュは思わず手に持っていたモップの柄を、床に倒してしまった。


「ど、どうして?だって、まだ…」


 マリアージュは、指折り数えながら言う。


「ババ様と兄さんは同じ年に亡くなったんだから、えーっと…ま、まだ、8年くらいしか経ってないじゃない!確かルビイナリスは、ババ様のお葬式の日に初めてこの村へ来たんだったわよね?」


「ええ、そうよ。だからほんと、8年も此処で暮らしたのね。けど…昔住んでいた、水の大陸サートサーチに帰る事になると思う」


「何故、そんな急に…」


 マリアージュは不安そうな表情のまま、ルビイナリスと通路を挟んで隣に座った。


 ルビイナリスは、苦笑いしながら言う。


「結婚よ…」


「けっ…結婚っ?」


 マリアージュは、何故か顔を赤らめた。


「代々グレンミスト家の勇者の血は、男にしか表れないと言われてるわ。それと同じように、ルインドール家の占い師の血は女にしか現れないの。要するに、婿を貰わないと血が絶えてしまうのよ」


 そう言って、ルビイナリスは悲しげな表情をした。


「で、でも、結婚ならこの村でだって…」


「駄目よ…勇者の血は、強くて濃い血なの。だからどんな女の人と結婚しても、次の血を継ぐ子供は同じように濃い血を持つわ。でも、私達女性が継ぐ占い師の血は薄いの。だからそれ相応の男性と結婚しないと、次の血を継ぐ子供が生まれなくなっちゃうのよ」


「そんな…」


 マリアージュが俯く。


 占い師の血を絶やさんが為に、それ相応の男性としか結婚を許されないとは…そのような事が、あっていいのだろうか。


「だから占い師の血を継いだ者は、ルインドール一族の男性の中から相手を選ぶのよ。今の所、ルインドール一族は水の大陸に腰を据えてるから…だから、私も水の大陸に帰らないといけないの」


「でも、ルビイナリス…本当に、それでいいの?」


 マリアージュは強く訊き返したが、ルビイナリスは微笑んだまま首を横に振った。


「仕方ないわ、母様だって遠い親戚だった父様と結婚したんですもの。それで、私が生まれた…私の子供が血を継ぐかどうかは分からないけど、私自身が血を継いでいるから一族の中から婿を選ぶのは、義務なの」


「占い師の血を継がなかったルインドール家の女性は、好きなように結婚出来るの?」


 マリアージュが訊くと、ルビイナリスは頷いて言った。


「そうよ。占い師として生まれなかったルインドール家の女性は、普通の女性ですもの。好きなように生きて、好きな人と結婚出来るわ」


「そ、そんな…」


「やだ、マリアージュが落ち込まないでよ。しょうがないの、こればっかりはね…」


 ルビイナリスはそう言って立ち上がると、思い切り伸びをした。


「あーあ…この村の人達は皆いい人ばかりだったから、ちょっと離れ難いなぁ。最初は、ババ様の信頼が厚くて受け入れてもらえなかったけど…でも皆、すぐに慣れ親しんでくれてとても楽しかった。次にこの村に遊びに来る時は、赤ちゃんを連れて来るわ」


「いつ、発つの?」


「明後日。あまり長くいると、未練が残るから…」


「ルビイナリス…」


「それじゃあ、そろそろ家に戻るわね」


 ルビイナリスは軽く手を振ると、扉を開けて出て行った。


 マリアージュは座ったまま、ルビイナリスが出て行った扉をいつまでも見つめていた。






『えぇーっっっ?』


 皆はマリアージュの報告を聞いて、それは驚いた。


「そんなぁ!それじゃあ、あまりにもルビイが可哀想だよ!」


 憤慨しているのは、20歳になったメルローズだ。


「そうだよっ!血とか、そんなもののせいで結婚相手が決まっちゃうなんて…私なら、耐えられないっ!」


 14歳のペルティエも、かなり興奮している。


「ま、本人も仕方のない事だと割り切っているようですし、僕らがとやかく言ったってどうする事も出来ないんですよ」


 ただ1人、16歳のアストリアだけが冷静に自分の意見を述べる。


「特殊な家系に生まれた者として、気持ちは凄く良く分かる。でも…僕は、男性だからな…もし、自分がルビイの立場だったらと思うと…やっぱり、ちょっと辛いものがあるかもしれない」


 そう言って、18歳になったセディナードは俯いた。


 いつも通り広場に集まって練習をする筈だったのだが、この日はルビイナリスの話で持ち切りになってしまった。


 ペチャクチャと皆が意見を言い合う中、24歳のバルティックだけがひたすら自分のカリキュラムをこなしていた。


 それを見たメルローズが、バルティックに訊く。


「ねえ、バルも何か意見出しなよ」


 すると、バルティックは木に向かって蹴りの練習をしながら言った。


「俺達が、口出す事じゃねぇだろ」


「何よ、それだけ?」


 口を尖らせる、メルローズ。


 しかし、バルティックはただ黙々と蹴りの練習を続けていた。


 マリアージュは、黙ってバルティックを見つめた。




        ‡




 出発前日。


 バルティック、マリアージュ、メルローズ、セディナード、アストリア、ペルティエの6人はルビイナリスの家を訪れた。


「まあ、いらっしゃい。もう荷物は全部詰めちゃって、何もお構い出来ないけど…」


 出迎えてくれたのは、母のレーナフィザだった。


 確かに、棚に所狭しと並べてあった占いの道具も全て無くなっており、部屋の中は何だか殺風景に見える。


「あら、いらっしゃい。悪いわね、気を使わせちゃって」


 奥からルビイナリスが出て来て、ソファーに座る。


「さあ、どうぞ」


 レーナフィザは全員に茶を出し、ルビイナリスの隣に座った。


「でも、突然でビックリしたよ。もっと、早くに教えてくれれば…って言っても、私達に出来る事なんて何もないんだろうけど…」


 そう言って、メルローズは茶を1口飲んだ。


 ルビイナリスは、笑って言う。


「いいのよ、気にしないで。私も中々決心がつかなかったから、皆に言えなかったの。結婚なんて、全くと言っていいほど考えられなかったし…でも私、考えてみたらもう26なんだよね。早くしないと、行き遅れちゃうかなーなんて」


「そんな事っ…」


 そう言いかけたのは、バルティックだった。


「え…何?」


 ルビイナリスが訊き返したが、バルティックは何も言わなかった。


 ペルティエが、不機嫌そうな顔で言う。


「なーんかバル、今朝の練習の時から変なの。妙に、無口で感じ悪ぅーいっ!」


「まーた、悪い癖が出たんだよ。人一倍、淋しがり屋なと・こ・ろ!」


 メルローズがからかい口調で言うと、バルティックは黙ったままメルローズの頭をコツンと叩いた。


 それを見ながら、ルビイナリスは笑う。


「でも、バルだけじゃないわよ。私もこう見えて、案外淋しがり屋なの。此処にいる皆とだって、もう8年もお付き合いしてるのよ?今更、離れたくなんかないわよ…ねえ、母さん?」


 話を振られたレーナフィザは、静かに俯いた。


「ほんと、ルビイには申し訳ないと思っているの。占い師の血を継いだばっかりに、親戚同士で結婚しなきゃならないなんて…私もこの村を離れたくはないけど、仕方がないのよね。皆には感謝しているわ、余所者の私達に親切にしてくれて」


「そんなのは言いっこなしですよ、レーナさん」


 セディナードは、肩を竦めて言う。


「この村に来た人達は、もう余所者なんかじゃない。立派な、村人の一員なんです。それにレーナさんだって血を継いだ者の1人、同じように若い頃から苦労して来たんでしょうから、悪がる事はないですよ。ルビイだって、よく分かっている筈です」


「そうよ、母さん。何回も言ってるように、これは仕方のない事なのよ。まあ最初は悩んだりもしたけれど、私なりにもう気持ちの整理はついたわ。だから…」


 そうは言いながらも、ルビイナリスは悲しそうに俯いている。


 皆も彼女の気持ちが分かるだけに、何も言えず黙り込むしかなかった。






「なーんか、おかしいですね…」


 そう呟いたのは、アストリアだった。


「何が?」


 セディナードが訊く。


 皆は再び広場に集まり、お喋りで出来なかった分の練習を、午後から行っていた。


 バルティックとマリアージュはいつも通り2人で技の練習、メルローズとペルティエは村の外で魔法の練習をしていた。


 広場の真ん中、大きな岩にもたれかかって本を読んでいたアストリアは、先程から1人でおかしいおかしいと呟いている。


 脇で剣の素振りをしていたセディナードは、しゃがみ込んでアストリアの呟きを聞いていた。


「いいですか?いくら8年もいたとは言え、なーんかこの村に特別大きな未練が残っているかのような口ぶりでしたよね。あれは、何かありますよ…」


「だから、何の話だよ」


 セディナードが、再び訊き返す。


 アストリアは、セディナードをジトーッと睨みながら言った。


「貴方、勇者の血が流れてなかったら本当にただの…ま、まあ、いいや。よーく考えてみて下さい、ルビイナリスの事ですよ。何だかんだ言いながらも、彼女はまだ踏み切れていない。結婚が出来ない理由が、この村にあるような気がしませんか?」


「踏み切れないのも、無理ないさ。親戚の誰かと結婚させられるなんて、女の子なら嫌だろう。それに、長年住んでいたこの村を出なきゃいけないんだ、僕達とも別れて…別に、普通の感情だよ」


「それはそうですが、この村を離れたくない特別な理由が、この村にあるんですよ、きっと。仕方ないと言いながら、何故か落ち込んでいる。マリアージュの話では、教会にまで来たと言うじゃないですか。神頼みするほど、何か深刻な悩みが…」


 セディナードは、首を傾げながら立ち上がった。


「僕には、アストリアの言っている意味がさっぱり分からないなぁ…」


 再び剣の素振りを始めるセディナードを見ながら、アストリアは呟き続ける。


「あのバルティックの態度も、何だか…」




        ‡




 そして、いよいよ出発の日が来た。


 バルティックは、まだ草木も目を覚ましていないような早朝に、教会の礼拝堂を1人で訪れた。


「神様、俺は…」


 そう言いかけて、それを打ち消すように首を横に振ったバルティックは、近くの席に座って頭を抱えた。


 その時…バタンと扉が開く音がして、何とルビイナリスが入って来た。


「バ、バルっ?」


「ルビイ…どうして、此処に…」


「バルこそ、どうしたのよ。私は、たまに朝早く教会に来てるの。悩んでる時とか、どうしても疑問が解けなかった時とか…」


 そう言って、ルビイナリスはわざとバルティックから離れた場所に座った。


「じゃあ、今日は何で来たんだ。何か、悩んでるのか?もしかして、結婚の事で…」


「違うわよ…」


「じゃあ、どうして…」


 バルティックは何度も訊くが、ルビイナリスは何も答えなかった。


 無言のまま手を組み、祈りを捧げている。


 立ち上がったバルティックは、ルビイナリスの隣に座った。


「なあ、ルビイ。俺が…」


「バルは困った事があると、いつも家に来ていたわね…」


 バルティックの言葉を遮るように、ルビイナリスは言った。


「しかも、必ず他の皆を連れて。占い師って楽しい事ばかりじゃないけど、貴方達といると落ち着けた。皆、いい子ばかりだったし。シティオとは長い時間一緒にいられなかったけど、あの子も凄く優しい子で…」


「子供扱いすんなよ…」


 突然、バルティックが呟くように言った。


 ルビイナリスが、バルティックを見る。


「あの子とか、この子とか…俺達、2つしか違わねぇだろ?大人ぶるなよ」


「何、それ…私は、大人ぶってなんかいない!バルが、子供なんじゃない!実際、悩み事を相談しに来てたでしょう?それに私にとって貴方達は皆、可愛い弟や妹なのよ!」


 怒鳴るルビイナリスを見て、バルティックは溜息をついた。


「そんなのは、7年も8年も前の事だろ?今は、お互い大人なんだぜ?体だってお前より大きいんだ、もうガキとは言わせない。気付いてなかったのかよ、俺の…」


「やめてよっ!」


 ルビイナリスは、耳を塞いで叫んだ。


 バルティックが、黙り込む。


 ルビイナリスは、静かに言った。


「やめて、バルティック…私、もう決心したの…水の大陸で、一族の誰かと結婚するのよ…散々人の心かき乱しといて、今更何を言うつもり?これ以上振り回さないで、お願い…」


 それを聞いたバルティックは、ハッとした。


 そして、ルビイナリスの肩に手を伸ばした。


「じゃ、じゃあ、ルビイもっ…」


「ち、違う…嫌っ、触らないでっ!」


 肩に触れようとしたバルティックの手を払いのけ、ルビイナリスは無理に笑った。


「わ、私達、今までいいお友達だったでしょう?だから、お友達としてさよならしましょうよ。もうすぐ出発の時間だから、行かなきゃ。村の人達には、見送りはいらないって言ってあるの。別れが、辛くなるから。来てくれるのは多分、貴方達6人だけの筈…じゃあ、ね…っ」


 そう言ってルビイナリスは立ち上がり、扉の方へと歩いて行った。


 バルティックも立ち上がり、ルビイナリスの方を振り返る。


「俺は、見送りに行かないっ!さよならも言わない、絶対になっ!」


 ルビイナリスは扉に手を掛け、振り返らずに言った。


「別に、私はそれでも構わないわ…」


「また…また帰って来るんだろう、この村に?」


 バルティックが訊くと、ルビイナリスは扉を思い切り開けながら、ようやく振り返った。


「バル…貴方がこの村にいる限り、此処へは2度と帰ってなんか来ないから!」


 その時のルビイナリスの目には、涙が溢れていた。


 外はようやく朝日が昇り、光が教会にも差し込んで来る。


 走って行くルビイナリスを見ながら、バルティックは机を叩き、拳を握ったまま立ち尽くす事しか出来なかった。


「畜生っ…」


 そしてその一部始終を、マリアージュが隣の部屋のドアの隙間から聞いていた。


 モップの柄をギュッと握ったマリアージュの手は小刻みに震え、その瞳からは今にも涙が零れ落ちそうになっていたのだった。






「ルビイ、元気でね」


「手紙、頂戴ね!」


 出発の時が来た。


 見送りに来たのはメルローズ、セディナード、アストリア、ペルティエの4人だけ。


「ごめんね、何かバルったら全然起きなくてさ。まあ元々朝は強い方じゃないから、寝惚けながら宜しく言っといてくれって…ほんと、ごめんね」


 メルローズが謝ると、淋しそうな笑顔を見せながらルビイナリスは言った。


「い、いいのよ、別に。4人が来てくれただけでも、十分嬉しいから」


「でも、マリアまで来ないなんて…どうしちゃったのかなぁ」


 ペルティエが心配そうな顔で言うと、ルビイナリスは静かに微笑んだ。


「マリアも、忙しいのよ。私、この時間帯によく教会に行ったりしてたんだけど、朝早くから掃除したりしてるの。偉いなって思ったわ、本当に。今頃天国でシティオも自慢に思ってるわね、マリアの事」


 セディナードも、頷いて言う。


「そうだね。でも…シティオを知っている仲間が1人いなくなっちゃうのは、何だか淋しいな」


「そんな事、心配しなくても大丈夫よ。お互いに、心は通じ合ってるもの。皆の事は、絶対に忘れない!勿論、シティオの事もね」


 そう言って、ルビイナリスは微笑んだ。


「だけど…また、会えるんでしょう?」


 メルローズが訊くと、ルビイナリスは苦笑いをした。


「そ、そうね…多分結婚して子供が生まれちゃったら、中々外に出れないと思うのよ。だからもしだったら貴方達が旅に出た時、ついでに寄ってくれると嬉しいんだけど」


「勿論、行くわ!」


 ペルティエは、元気良くそう言った。


 ルビイナリスも、頷いて微笑む。


 セディナードは、ふと考えた。


「僕が今、18歳。20歳まで、あと2年…最低でも、2年は会えないね」


「忘れないよ、ルビイの事。私達の大切な、お姉さん的存在だった人だもん…ね」


 そう言って、メルローズは目を潤ませた。


 ルビイナリスも、目頭を熱くする。


「や、やだ、メルったら…1番気の強い貴女が、そんな事でどうするの?折角、笑ってお別れしようと思ってたのに…」


「じゃあ、そろそろ行きましょう」


 レーナフィザはルビイナリスの肩を静かに叩くと、先に馬車に乗り込んだ。


 ルビイナリスも涙を拭いて馬車に乗り込むと、顔だけ出して手を振った。


「じゃあね、皆。絶対、遊びに来て頂戴。手紙、書くから!」


「絶対に行くよ!」


「バイバーイっ!」


 こうして、レーナフィザとルビイナリスはフォルチュナの村を後にした。


 バルティックとマリアージュはこの後、暫くの間ルビイナリスの名を口にする事はなかった。






     21年後 ―現在―




        ‡




「勇者セディナードに、祝福を!」


「おめでとう御座います!」


「セディナード、おめでとう!」


 満天の星と美しい月が顔を覗かせた、晴れた日の夜。


 グレンミスト家の勇者、セディナードが20歳の誕生日を迎えた。


 村人達が総出でパーティーを開き、盛大に行われた。


 村の広場にそれぞれが豪華料理を持ち寄り、思い切り着飾ってダンスやゲームなど数々のイベントを催した。


 村人全員から祝福されて、セディナードはとても幸せな時を過ごしていた。


「セディ、おめでとう!」


 大勢の人込みの中、ようやく主役であるセディナードの姿を見つけた26歳のバルティックと24歳のマリアージュは、祝福の言葉を送った。


 セディナードは、驚いた顔で言う。


「あ、有り難う。と言うか…もう始まってから大分時間が経つのに、2人の姿を見たのは今が初めてのような気がするよ」


「当ったり前だよ、ったく!お前人気者で、俺達の所になんてこれっぽっちも来てくれやしないんだから…なあ、マリア?」


 バルティックが不貞腐れた顔で言うと、マリアージュはくすくすと笑った。


「しょうがないわよ、今日のメインですもの。村の人達は皆、勇者セディナードと一言だけでもお話しようと、必死なのよ」


 セディナードは、困った顔をする。


「そ、そんな、大袈裟だよ。普段だって、道ですれ違った時には挨拶くらい交わしてるよ?僕だって買い物くらい行くんだし、その時にだって店の人と会話くらいは…」


「そう言う天然な所が、人々の心をくすぐるんだろうなぁ…」


 感心しながら、バルティックは仕切りに頷いている。


 そんなバルティックを見ながら、セディナードは言った。


「でも今日のバル、いつもとは違ったカッコ良さがあるね。普段はこう、野性味に溢れてる所がいいんだけど、今日は清楚で気品に満ちた…」


 それを聞いて、バルティックは顔を真っ赤にしながら、セディナードの頭を小突いた。


「バカ言ってんなよな、全く…成人迎えた途端に、お世辞がうまくなったってか?」


「違うよ、本音に決まってるじゃないか。マリアージュも、シスター風のドレスがとても良く似合ってるね。2人、今日は一緒に行動してるんだ…」


 セディナードが訊くと、マリアージュは頬を赤く染めながら言った。


「あの、それは、私、ダンス踊ってくれる男の人がいなくて…それで、無理矢理バルティックにお願いして踊ってもらう事にしたの」


「お、おいおい!」


 バルティックは、困った顔で言う。


「また、そう言う事を言う…俺は無理矢理だとか、そんな風に思ってないって。マリアは、昔っからこうだもんなぁ。もっと、自分に自信を持てよ!」


「バルとマリア、結婚したらどう?」


 セディナードの突然の質問に、一瞬時が止まった。


 バルティックもマリアージュも、固まったまま動かない。


 ただ互いに、顔を真っ赤にしていた。


「え?だって、年齢的にも丁度いいかと思って…2人」


 そう言ってセディナードは、こっそり舌を出した。


 2人の気持ちを確かめる為、セディナードはわざとそんな質問を投げかけたのだ。


 しかし2人は黙ったまま、何も言おうとしない。


「あれ、逆効果だったかな…」


 セディナードがそう思った時、ダンスの曲が流れ始めて来た。


「あ、ほら!2人とも、ダンス始まっちゃったよ!」


 セディナードの声で我に返った2人は、照れる事もなく自然に手を繋いで、慌ててダンススペースへと駆け出して行った。


「まだまだ、先かぁ…」


「何が、まだまだ先なの?」


 そう言って後ろからセディナードの肩を掴んだのは、22歳のメルローズと16歳のペルティエだった。


「や、やあ、別に何でも…ダンス、踊らないの?」


 セディナードが焦りながら訊くと、2人は声を揃えて言った。


『私達姉妹は、面食いなの!ねーっ?』


 顔を見合わせくすくす笑っている2人を見て、セディナードは言う。


「面食い、って言ったって…同い年の男の子は何人かいるじゃないか、ほら」


 セディナードが、若い男の子達が固まっているテーブルを指差すと、メルローズは嫌そうな顔をした。


「えーっ、やだぁーっ!女性にだって、選ぶ権利はありますぅーっ!あの連中と踊るくらいなら、年下でもセディ…貴方と踊るわっ!」


「駄目っ!絶対、駄目っ!セディナードは、私と踊るのっ!私、セディナードとしか踊らないからねっ!」


 どうやら、2人とも酒が入っているらしい。


 普段の2人とは…特に普段のメルローズとは、明らかに違う。


「あれあれ?モテモテですねぇ、勇者様はぁ…」


 この、厭味な言い方は…セディナードが後ろを振り返ると、ニヤニヤとした18歳のアストリアと困った顔をした14歳のカミユールが立っていた。


「お、おい、笑ってないで、助けてくれないか?メルもペルティエも、酔ってるみたいなんだ。ダンスの1曲でも、相手してやってく…」


「嫌です」


 はっきり断ったのは、勿論アストリアだ。


「ど、どうしてさ!」


「普段でさえその姉妹は手に負えないのに、酒が入ったら尚更でしょう?それに、幸い僕の場合はダンスの相手には困っていませんので…では、失礼」


 そう言って、アストリアは近所の機織工場に勤めている数人の娘達と一緒に、向こうのテーブルの方へ行ってしまった。


「へぇ、案外モテるんだなぁ…カ、カミユール、君は?」


 セディナードが訊くと、カミユールは緊張しながら言った。


「い、いえ、僕は、その、ダンスはあまり得意ではありませんので…」


「そうか、じゃあしょうがないな…って、あれ?いつの間にかいなくなってるし、あの2人…」


「あ、セディナードぉーっ!」


 バタバタと駆け寄って来たのは、12歳のジャスミンだった。


「ちょっと待ってよ、ジャスミーン!」


 後ろにはカミユールの弟、10歳になったロビナールもくっついて来ている。


「やあ、ジャスミンじゃないか。ロビナールも、一緒だね…2人で、ダンスでも踊るのかい?」


「それがね、其処のゲームコーナーでロビンは、自分が負けたら私の言う事何でも聞くって言ったんだよ?だから紳士のように振舞って、貴婦人の私をダンスにエスコートしてって言ったの。そうしたらロビン、ダンス嫌いだって言うのっ!」


「だって僕、ダンスするくらいなら本読んでた方が面白いんだもん!」


 2人の言い分を聞いて、セディナードは苦笑いしながら思った。


「ハハハ…この兄弟は、根っからの勉強家なんだなぁ。流石、フォード博士の息子さんだけあるよ…」






 宴も終わり、全て片付いた広場がいつもの何もない原っぱに戻った頃、いつかのようにバルティック達は皆で草の上に腰を下ろして、他愛のない話をしていた。


 其処へ、長老がやって来た。


「おやおや、こんな所で名残惜しそうに…2次会でも、始める気かな?」


「あ、曽祖父様」


『長老様!』


 長老はバルティックに勧められて岩の上に腰掛けると、皆に言った。


「何だか、こうしていると昔を思い出すのぉ…あの日も確か、こんな風に月の綺麗な晩じゃったな…」


 皆が、同時に10年前を思い出す。


 長老は、話を続けた。


「さて…とうとう、セディナードも20歳になったな。いよいよ、約束の時が来たのじゃ。今の心境を聞かせてもらおうかのぉ、バルティック?」


 バルティックは、頷いて言う。


「何だか、不思議な気分です。旅に出たいと言う希望を持って、21年…長いようで、とても短かった。色々な事が沢山あって、俺にとっては大切な学習期間だったように思います。その夢が今、叶えられようとしている。それこそが、まるで夢のようです」


 長老は頷き、マリアージュを見た。


「マリアージュ、其方はこの中で1番辛い経験をした事と思うが…どうじゃな?」


 マリアージュは暫く黙っていたが、やがて口を開いた。


「はい…皆の中で1番辛かったかどうかは分かりませんが、私の人生の中で母と兄を同時に亡くしたのは、やはり辛い経験でした。でも今は皆がいてくれるし、母も兄もいつも見守ってくれている筈なので、旅に出てもきっと大丈夫だと信じています」


「そうか。強くなったな、マリアージュ。昔の、シティーリオに隠れてモジモジしていた小さな女の子が、此処まで強く美人な女性に成長するとは…儂も、年をとる筈じゃなぁ」


 それを聞いて、皆が笑う。


 続けて、長老はメルローズに言った。


「メルローズ…其方は、ババ様の期待の星じゃったなぁ」


 メルローズは、くすっと笑う。


「ほんと、ババ様にはお世話になりました。ちゃんとお礼も言えないまま、お別れしちゃったけど…」


 皆は、ババ様の事をそれぞれに思い出していた。


「でも、今回の旅でババ様から教わった魔法、有意義に活用します。そして、いつも感謝の気持ちを忘れないようにしたいと思ってます」


 長老は満足気に微笑むと、セディナードを見た。


「セディナード、お前はどうじゃ?勇者として生まれ、20年が経った訳じゃが…旅立ちを前にして、何を思う?」


 セディナードは、考えながら言った。


「正直言って、勇者として振舞えるかどうか…バルにも迷惑ばかり掛けているし、旅に出ても的確な指示が出せるかどうか、定かではないし…」


 皆が、不安そうにセディナードを見る。


「皆の上に立って、指導する自信はないんです…ですが皆と同じ立場に立って、協力し合う事なら出来ます!これだけは、自信があるんだ!」


 そう言って笑うセディナードに、長老も微笑んで頷く。


「なるほど、うまい事言いおるのぉ。儂は昔言った事があると思うが、仲間同士上下の関係があってはいかんのじゃ。大事なのは、仲間との信頼関係。協力し合う自信があるならそれで十分じゃぞ、セディナード」


「はい!」


 セディナードは、笑顔で頷いた。


「次は、アストリアじゃが…其方はまた、色々な事に挑戦しとったようじゃのぉ?」


 長老に訊かれ、アストリアは頷いて言った。


「そうですね…攻撃魔法に回復魔法と言う、賢者になくてはならない魔法は、全て覚えました。最近は、専ら召喚魔法の勉強に明け暮れていますが」


「感心な事じゃ。その知識を自分の為だけでなく、皆の為に生かしてやってくれ。そして、是非とも今回の旅を成功させるのじゃ…良いな?」


 アストリアは、力強く頷いた。


「そしてペルティエ、其方は本当に周りの人間に迷惑ばかり掛けとる、我儘娘じゃった。16になって、やっと少しは女性らしく淑やかに振舞えるように、なって来たかのぉ?」


 顔を赤くしたペルティエは、慌てて言った。


「ちょっ、長老様っ!もう、やめて下さいよ!子供じゃないんですよ、私!もう、ちゃんと出来ますって!」


 そんなペルティエを見て、皆が笑う。


 長老も、笑いながら言った。


「そうかそうか、それなら良いがの…それから、カミユールにジャスミン。其方達は、ご両親の都合や特殊な技を勉強している事もあり、広場での練習には1度も参加せんかった。そうじゃな?」


 頷く2人。


「しかしこの6人はいつも一緒にいて、広場での練習も長年やって来ておる。その中へ、ポッと仲間入りする事に不安はないか?」


「僕は、その事に対しての不安感はありません」


 最初にそう答えたのは、カミユールだ。


「確かに、練習に参加した事はありませんでしたが、アストリアとはたまに練習していましたし、皆さん優しくて道で会うと、必ず声を掛けて下さっていましたから」


 続けて、ジャスミンも言う。


「私、いつも父さんに言われるんだ。お前が生まれる時、勇者様達も一緒にいてくれたんだよ。だから、今度はお前が勇者様達と一緒にいて、お前にしか出来ない事やお前にしか助けてあげられない事が、1つでもあったらそれをしなさいって…」


 皆は、ジャスミンが生まれた時の事を思い出した。


「だから私、セディナード達と一緒に頑張る!」


 それを聞いて安心した長老は、静かに微笑んだ。


「其方達の気持ちは、よく分かった。ではバルティック、旅を許可するかどうかについてじゃが…」


「お待ち下さい、長老様…」


 バルティックは、長老の言葉を遮るように言った。


「まだ今は、完全には心の準備が出来ていません。それに、最終的な訓練と旅の支度も御座います。ですから本当に全てが整った時に、こちらから長老様の許へお伺い致しますから、今は…」


「そうか、分かった。儂もまだ、答えを決め兼ねていた所じゃ。では儂もその間、ゆっくり考えさせてもらうとしようかのぉ…」


 立ち上がった長老は、皆に言った。


「では、あまり夜更かしをしないように…お休み」


「お休みなさい、曾祖父様」


『お休みなさい、長老様!』


 皆は長老に挨拶をし、長老は1人家へと帰って行った。






「なあ、皆…」


 長老が帰った後、暫くしてからバルティックは皆に言った。


「ちょっと、聞いて欲しい事があるんだ」


 皆が、バルティックを見る。


「言ってみれば、この旅は俺の我儘から始まった事だ。そんな事の為に何年もの間、皆をこうして引きずって来た訳だけど…」


 其処でバルティックは、皆を見回した。


「正直に、言ってくれ!行きたくない奴は、此処で断ってくれても構わない。その代わり、これが最後のチャンスだ。此処で断らなかった奴は、どんなに危険だろうと無理矢理にでも連れて行く!」


 皆の表情が、強張る。


 バルティックは、俯いて言った。


「当時ガキだった俺は、旅に出ると言う事がどんなに大変な事か、分かっていなかった。何せ、祖母ばあさんから聞かされた絵本の勇者と戦士に憧れたのが、元だからな。それで、安易に言えてしまったんだと思う…」


 そして、バルティックはギュッと拳を握り締めた。


「しかし、それが現実になり目前に控えた今、ガキの戯言だったでは済まされない状況にまで、来てしまった…でも俺は、旅に出たいと言った事を後悔していない。たとえ当時ガキだった俺が、本気で言ったんじゃなかったとしてもだ!」


 皆は、黙ってバルティックの話を聞いている。


「何故なら、その戯言のお陰で皆とこうして出会う事が出来、仲間としての大切な絆を結ぶ事が出来たからだ」


 それを聞いて、皆は互いに顔を見合わせながら照れ笑いをした。


 バルティックは、話を続ける。


「自分で言うのも何だが、俺が旅に出たいなんて言わなければ、俺にとって此処にいる皆はただの近所のガキでしかないし、皆にとっても俺はただの図体のデカい、武器屋の兄ちゃんでしかなかった…よって、こんな風に親しくなれたのは、全てこの俺のお陰である!」


 皆が、笑いながら頷く。


 バルティックは、2重に首に掛けているペンダントを強く握った。


 10年前から肌身離さず持っている、シティーリオの形見だ。


 バルティックの為に、シティーリオが一生懸命作ったと言う十字架からは、彼の温もりが…。


 そして、バルティックがシティーリオに作った蒼い石からは、こびりついて今も取れない赤茶けて固まったシティーリオの血が、無念さを伝える。


「しかし、何より…シティオの同意がなければ、俺は1人でこの計画を実行してはいなかった」


 皆が、俯き黙り込む。


「シティーリオって人の事…私、覚えてないの。私が生まれた時、いてくれたんでしょう?だからこの前、マリアに写真を見せてもらったんだ。何だか気は弱そうだったけど、とっても優しそうでカッコ良かったよ!」


 ジャスミンがそう言うと、カミユールも静かに頷いた。


「僕、いつも思うんです。シティーリオと言う人の事を…こんなに皆に愛されて、こんなに皆に大事に思ってもらって…余程、素晴らしい方だったんでしょうね。残念ながら僕は3、4歳でしたし、まだ面識もなかったものですから、記憶にないんです」


 それを聞いたバルティックは、腕を組んで考え込んだ。


「いや…そんなに、素晴らしい奴だったかなぁ?俺の記憶の中では弱虫で、臆病で、全然頼りない奴だったぞ?」


「バ、バルっ…」


 バルティックのあまりの言いように、メルローズが注意する…しかし。


「けど…優しくて、あったかくて、人の気持ちが良く分かる奴で、俺の我儘もいつも聞いてくれて、俺が落ち込んだ時いつも側にいてくれてさぁ…笑顔なんかもう、最っ高なん、だ、ぜ?」


 バルティックの目は、涙で潤んでいた。


 メルローズも、目を潤ませる。


「そ、そう言う奴の事をさ、素晴らしいって、言うっけ?ハハ、何か、よく、分かんねぇ。照れ臭くて、あいつの事、素晴らしいなんて、口が裂けても、言えねぇ、や…」


 そう言って涙を拭うバルティックを見て、メルローズも無理して笑う。


「ほ、ほらーっ!まーた、始まった!シティオの事になるとすーぐこれなんだもんなぁ、バルは!シティオ、大好き人間なんだから!」


 皆が大爆笑する中、バルティックは顔を真っ赤にしながら憤慨している。


 一緒に笑っていたセディナードは、ふと真剣な表情で言った。


「さっきの話に、戻るけど…皆、危険を承知でバルについて来てると思うんだ。遊びで付き合うような奴は、この中にはいないんだよ。だから、バルがそんな事心配する必要はないと思うな」


 続けて、マリアージュも言う。


「そうよ、バルティック。折角覚悟して、何年もやって来たんですもの。今更、そんな悲しい事言わないで。皆、無理してる訳じゃないと思うから…」


 マリアージュの言葉に、皆も頷く。


「有り難う、皆…」


 バルティックも、頷いて言った。


「皆を選んで、本当に良かったと思ってる。これから、もっと辛く厳しい事が待ち受けているかもしれない。だけど、俺達8人でそれを乗り切って行こう。俺は喜びを分かち合い、悩みを素直に打ち明ける事の出来る仲間になる事を誓うよ…皆は、誓うか?」


「勿論、誓うに決まってるじゃない!」


 最初にそう言ったのは、メルローズだった。


「誓う!」


 ペルティエも、続けて言う。


「絶対、誓うよ!」


 ジャスミンも、元気良くそう言った。


「私も、誓うわ!」


 マリアージュも、力強く言う。


「僕も、誓います!」


 カミユールは、笑顔で言った。


「アスト…お前は、どうなんだ?」


 俯いたままのアストリアを見たバルティックは、セディナードの答えを聞く前に、アストリアに訊いた。


 アストリアは、黙っている。


「バル、僕にはそんな事訊かないでくれよな?訊かれなくたって、誓うのが当たり前なんだから!仲間って言うのは、そう言うものさ!なあ、バル?」


 セディナードはそう言って、バルティックを見た。


 バルティックも、セディナードを見る。


「ああ、そうだ!その通りだよ、セディ!それが、仲間だ!」


 そして目と目で合図をし合った2人は、悪戯っ子のような笑みをアストリアに向けた。


「はぁ…分かりましたよ、全く」


 ニヤける2人に見つめられながら、アストリアは溜息をついて肩を竦めた。


「勇者様にそう言われちゃあ、僕も誓わない訳には行かないでしょう?それを狙って、わざとセディナードより先に僕に訊きましたね、バルティック…そちらの作戦勝ちと言う事で、仕方ありません…僕も、誓いましょう!」


 不貞腐れた表情のアストリアを見て、皆は同時に笑った。


 アストリアも素直じゃない自分に対し、思い切り笑った。


 勇者セディナード、20歳の今宵。


 8人は、夜空の月に永遠の友情を誓ったのであった。






                                 ―THE END―

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