バイト仲間の死
彼女の事だから、図太く生き続けるだろう。
そう思っていた。
二年前にバイトしていた居酒屋で、当時一緒に働いていたバイト仲間の女の子が亡くなった。
BARのバイトの帰り、コンビニに停めた車の中で、吐瀉物を喉に詰まらせた窒息死だったそうだ。同じバイト先だった友人が教えてくれた。
なんて死因だ。
正直、私は彼女の事が苦手だった。名前を萌と言う。
バイト入りたての頃に、まだ二回しか会っていない萌に「友達が出来るなんて思わなかった!嬉しい!」と言われた時から、この子はきっとヤバい子なんだと思っていた。
同じバイト先であり、かつ電話をくれた友人の宮里は、頭が良く仕事も出来て話が合う子だった。
対して萌は、仕事をしているつもりなのだろうが私たちにそれが伝わらず、影で妖精と呼ばれていた。
まずドリンクを作るのが遅かった。例えば、ソフトドリンクとカクテル、ビールの注文が入った時は、ソフトドリンクのボタンを押してグラスに溜まる間にカクテルを作る。そしてビールは一番最後に作る。そうすれば時短にもなるし、ビールの泡もあまり減らない。
けれど萌はまずビールを作り、ソフトドリンクを入れ、カクテルを作り、ビールの泡が減ったのを足す、という風に仕事をした。
これはただの例題だが、萌の仕事が出来ない、遅いというのはこういった具合に効率を考えずにやることだ。卓の片付けに関して言えば、お客さんに料理提供しにホールに出たついでにバッシングが必要な卓に寄ってジョッキや皿などを片付けてパントリーに戻れば良いのに、バッシングが溜まってる卓を全スルーでパントリーに戻って行っていた。
宮里と私より3ヶ月先輩であるにも関わらず彼女は仕事が出来なかった。
店長の教育も悪かった事は間違いないが、それでも仕事は宮里を見れば何をすれば良いか分かる。
私がバイトの手本にしたのは宮里だった。長年の焼肉屋でのバイト経験があるからテキパキ働き、卓管理もしっかりしている。私も宮里のように仕事の出来る人間になりたいと憧れていたものだ。
対して萌は場に混乱を与える事が多かった。
ある日、お店の口コミに「餃子を焼き直して欲しいと言ったのにされなかった」と文句が付けられていたのを見た店長が慌ててバイト仲間に連絡を回した。
私は萌にまず連絡を取った。
ラインでのやり取りが残っているので、文章をそのまま打ち込もうと思う。
私「うちら出勤の時に餃子の焼き直しって言われてないよね?」
萌「言われてないと思うよ」
私「だよねー」
萌「いつかは忘れたけど、焼き加減甘いからもう少し焼いて欲しいなら言われたの覚えてるけどいつかは忘れた」
私「いや、それじゃない??????」
萌「あれ?これかな?」
私「人はそれを、焼き直しと言うんじゃない?????」
萌「待ってよ、聞いてみるわ」
その後、店長が萌から聞いた情報を元に卓番と注文内容をレシートで出し、餃子の焼き直し要求があった事を確認した後に口コミで丁寧に謝罪し、餃子事件は幕を閉じた。
無事解決して良かったが、しっかり焼き直しをお願いされているのに関わらずそれが理解出来ていないとは。
それでも、女子3人しかいないバイト先だ。萌も一緒に飲みに行った事も何度かある。
その度に萌は酔っ払って宮里の髪の毛の匂いを吸ったり、バーテンと喧嘩したり、チンチロやジャックポットに夢中になったりとやりたい放題をしていた。
萌が高熱で欠勤した時、「体調大丈夫?」とラインすると、一緒に住んでいる親は薬もくれず、ご飯も与えず萌のことを放っておいてると知り、大量のお見舞い品を持って萌に届けた事もある。
その時から、萌の親に対して、特に萌の稼いだお金を自分のものにして娘の看病すらしない母親を快く思っていなかった。
萌と2人で焼肉屋に行った事があるが、ずっと恋愛話を聞かされた。その帰りに萌の彼氏の話をし、ふと「まぁ彼氏かぁ……いつか出来たら良いな」と零すと、「大丈夫!樹ちゃんなんかでも彼氏出来るよ!」と言われた事がある。
あまりの衝撃に大笑いしながら「待って、待って、なんて?!?」と聞き返すと
「えっあっ!ちがっ!えっと、私なんかでも彼氏出来たんだから、樹ちゃんでも出来るよ!っていう、うぁー、伝わるかな」
と慌てていたが、言葉の意味はまるで変わっていなかった。
この話を宮里にすると、宮里も両手を叩きながら大笑いし
「樹!!なんかでも!!!!あははは!!勘違いするなよ萌、樹は高嶺の花だよ!あははは!」
と言っていた。
そう、私は萌よりも顔が良い。スタイルも良い。だからこそ私たちは萌の言葉が面白くて仕方なかった。私と宮里は性格が悪い。
ちなみに宮里は私なんかより顔が良く、私なんかよりスタイルの良い女だ。
きっと、萌は彼氏のいない私を慰めようと見当違いの優しさを発揮したのだろう。
私は萌のように会った事もない男をドライブに連れて行ってそのまま男の要望に応えてセックスする意志もプライドもない女じゃない。
私は自分のプライドが高いからこそ、体目当てだけの男と見抜けず関係を持つ萌が理解出来なかった。
「お願いされると断れないんだよね!」
と言ってたけれど、それも理解出来ない。
萌の考えや行動の全てが理解出来なかった。
どうして自分を大切にしない、見ず知らずの男をわざわざドライブに連れて行くのか。
どうして一人でBARに行き、お金を湯水のように使うのか。
私や宮里のように可愛くなりたい、と言いながら化粧も歯列矯正もダイエットもしないのか。半袖短パンでパッツンの重い前髪、一本だけ前に大きく飛び出した前歯を直そうと思わなかったのか。
親の愛情を十分に受けず、またもしかしたら何らかの精神的な、あるいは発達に関係のある病気も持っていたかもしれない萌。
彼女の事は苦手だ。
けれど、亡くなった事実は悲しい。
死んでせいせいする人間なんて、私の周りにはいない。どんなに苦手でも、亡くなってしまったら悲しい。
けれど、悲しむ権利のある人は、故人を心から大切に思っていた人達だけだろう。
だからきっと私には悲しむ権利などない。
そんな私がどうしてこんな事を文章に残しているのか、自分でもよく分からない。
ただモヤモヤする。
萌は決して悪い人間ではなかった。ただ私には理解出来ない人間だった。
愛されて育てば、何かがもっと違っていたはずだ。BARに通いつめて悪い意味で有名になる事も、身体目的の男にホイホイ会いに行く事も、果てにはコンビニの駐車場で死ぬ事だってなかったはずだ。
萌が亡くなった事を彼女の友人関係にあった人達に伝えず隠蔽するかのように家族葬をした母親の事は気になる。
でももう、私には関係のない話だ。
全部全部関係ない。
ただ、やっぱり。
少しだけ萌の事を大切な友達と思っていた時間も、過去にはあったから。
やっぱり彼女の死は悲しいんだ。
萌が亡くなった事を知った経緯
・萌のバイト先のBARの店長から、萌が行方不明になったと宮里に連絡が入る
・そのBARの近くのコンビニで女の子が亡くなったという噂が付近に出回る
・宮里の母親の知り合いが萌の父親の上司で、萌の父親から最近娘が亡くなって家族葬をした事を知る。
・上記の出来事を統合して、萌が亡くなった事を知る