四人目の番
機嫌が良かったリンファだったが、お茶を飲んだ後も長く居座ろうとしているレオンにいい加減痺れを切らす。
立ち上がり、レオンの腕を掴むとぐいぐいと引っ張り玄関まで連れていく。
抵抗する気がないのはレオンが女性に手荒なことをしないからだ。
しかし、抗議の声はあげる。
「もう少し居てもいいだろう?」
「駄目ネ。これから女同士の話し合いがあるんだから男は邪魔ヨ」
「……はあ。わかった。また来るよ。リナリーまたな」
「はい。本当にありがとうございました」
リナリーがお礼を言うとレオンはふっと笑って部屋を後にした。
やっと帰ったレオンにリンファは安堵のため息を吐いた。
それから二人でこれからのことを話し合う。
リンファは王宮で週三日勤めているらしく、ちょうど明日が出勤日であった。
「本当はリナリーに街を案内したかったんだけど、明後日でもいイ?」
「私は自由の身だしいつでもいいよ」
時間ならいくらでもある、とリナリーの心は穏やかだ。
ここでの住まいが慣れてくればリナリーも仕事を探す気でいるくらいハイビ国は彼女にとっていい印象であった。
次の日の朝、戸を叩く音がしリンファが戸を開ければそこにはレオンが立っていた。
彼の顔を見た彼女はあからさまに嫌そうな顔をした。
「私今日は仕事なんだけど何の用?」
「あ。いや、今日はリンファじゃなくて……リナリーに会いに来たんだ」
「リナリーに?」
「ああ。国の代表としてリナリーに街を案内しようかと思ってな」
レオンはそう言って視線を泳がせる。
いつもとは様子が違う彼にリンファは怪訝な表情をした。
いつも女性を口説いている彼がリナリーに目を付けたのだと推測したが、それにしてはいつもより余裕がなさそうであった。
とはいえ、独断で断るのも自分勝手な気がしたのでリンファは一応リナリーに問いかけた。
「リナリー、レオンこう言ってるけどどうすル?嫌なら断ってもいいヨ」
「嫌って……」
さらりと発言した言葉をレオンは気にするように呟いた。
リナリーはクリームをわざわざプレゼントしてくれたレオンを悪い人だとは思えなかった。
それに彼はリンファにお熱のようなのでそれを加味しても誘いを受けても大丈夫だろうと判断した。
「折角のお誘いなので、迷惑でなければお願いします」
「全く迷惑ではない!誘いに応じてくれてとても嬉しいよ」
リナリーが了承するとレオンはほっとした表情を浮かべた。
いつもなら女性に断られたとしてもそんな顔を見せないレオンにリンファは首を傾げた。
リナリーのことは心配であったが、レオンに対する謎の違和感が拭えなかった。
しかし、他の大陸からきたお客様であるからいつもとは違うのだろうと無理やり納得させる。
「そっカー。リナリーがそういうなら止めないけど、なにかあったらすぐに逃げるヨ?」
「心外だな。俺は女性に嫌がることはしない」
「……まあ、信じてあげル。約束破ったら容赦しないヨ」
レオンを睨み釘を刺せば、彼は大げさに肩をすくめた。
出かけるための準備のため、レオンは退室した。
リンファとリナリーは互いに準備を済ませると家の前で別れた。
リナリーは昨日と同じで白装束の衣装を身に纏っている。
「昨日あげたクリームは塗ってないのか?」
「塗ってはいるんですが、念のためですね。あとこの服、落ち着くんですよねー」
どこで誰と会うか分からない。
身を隠すためにもこの衣装はリナリーにうってつけであった。
素顔が見られないのは残念であったが、彼女が落ち着くのであればとレオンは納得せざるを得なかった。
街の方に向かって歩いていると、前方からレオンの名を呼び女性が駆け寄ってくる。
「あら?珍しいネ?従者引き連れてるなんテ」
リナリーの姿を見て従者だと勘違いしたらしい。
どう見られようが構わなかったのはリナリーだけだったようでレオンは女性の誤解を解くため首を横に振って口を開く。
「彼女はリナリー。違う大陸から来た女性で街を案内してあげてるんだ」
「ふーん。じゃあ私も一緒に遊んでもいイ?」
女性がレオンの腕に絡みつき色目を使う。
言い寄られたレオンは気まずそうにチラチラとリナリーの顔色を窺う。
なぜそんなことをするかリナリーは不思議であった。
「私はご一緒してもいいですよ」
「……いや。今日はリナリーの案内をすると決めていたんだ。また今度遊ぼう」
「残念ー。また今度だからネー」
すんなりと女性は身を引き去っていった。
「気になさらなくてよかったんですよ?」
「……」
リナリーの言葉にレオンは何も答えず眉尻を下げた。
女性と別れるとリナリーたちは昨日通った市場へと赴いた。
お店を見て回れば、レオンはなにかとリナリーに欲しいものはないか尋ねてくる。
特に欲しいものはなく、リナリーはその都度断っていた。
「これなんてどうだろうか?君に良く似合うよ」
そう言ってレオンは手に取った髪飾りを白装束の上からかざした。
本当に似合っているか謎すぎる見解に、リナリーは他の女性にもこんな感じなのだろうと察した。
「リナリー。喉が渇いてないか?」
「実は少し」
頷けば酒場へと案内される。
リナリーは初めての酒場でテンションが上がり、店内をきょろきょろと見回す。
席に着くとリナリーはジュースを、レオンは葡萄酒を注文した。
ただの酒場ではなく、舞台が設置されており露出度の高い服を着た踊り子が情熱的なダンスを踊り始める。
リナリーは上機嫌でやはり美しいものはよいと女性に見惚れていた。
そんなリナリーの横顔をレオンは頬杖を突きながら見つめていた。
「はー。初めてああいう場所に行きましたけど凄く楽しかったです」
「それはよかった」
辺りはすっかり暗くなり、一部の街灯が明かりを灯し始め、夜道をオレンジ色に照らす。
まだ見慣れていない街の景色はリナリーの胸を弾ませる。
二人は帰路についていて、まだリンファの家の正確な場所を把握していないリナリーはレオンに送ってもらっていた。
「もう少しリナリーの時間を頂いてもいいかい?」
「え?」
ふいの問いかけにリナリーはすぐに返事をしなかった。
日は落ちているためあまり遅くなるとリンファが心配しないか気になった。
「うーん。リンファが心配するかもしれないので……」
「ああ。リンファなら大丈夫。俺が事情を話せばわかってくれるよ」
「う、うーん?」
そう言われてみたものの今まで見たリンファの対応はレオンを信用していないものであった。
悩むリナリーの手をレオンは掴み笑顔で「君に見せたいものがあるんだ」と誘う。
そこまで言うなら断るのも野暮というものであった。
彼が案内したどり着いた場所は王宮。
リナリーは思いもよらない場所に少し不安になった。
「リナリー。俺がいいって言うまで目を閉じててくれないか?」
ここまで来たのだから言う通りにしようと、リナリーは頷き目を閉じる。
両手をレオンに引かれ、彼の誘導に身を任せる。
目を閉じて歩くのは恐ろしく、レオンの手をついつい強く握ってしまう。
そんなリナリーにレオンはクスクスと笑った。
「大丈夫。安心して俺に身を任せてくれ」
信じていないわけではないが、初めての体験であるため安心はできなかった。
本当に長い間リナリーは目を閉じていた。
長い階段を上り、方向感覚もわからなくなった頃ようやくレオンが止まりリナリーの手を離す。
「目を開けてごらん」
リナリーが恐る恐るそおっと目を開ければそこには絶景が広がっていた。
王宮の最上階のバルコニーから見える街は、街灯が宝石のようにきらきら輝いているようであった。
リナリーはバルコニーの塀に手をおき、身を乗り出す。
「凄く綺麗!」
「サプライズ成功、かな?……リナリーにこの国を好きになってほしくてね」
リナリーが隣のレオンに顔を向ければ、彼は塀に頬杖を突きリナリーの顔を覗き込んで微笑んだ。
不意打ちを食らったリナリーは胸がどきりと音を立てた。
夜景効果もありロマンチックな空気が流れる。
「(こ、これは……いわゆるデートというやつではないか?)」
リナリーは気づいてしまった。
とはいえ、自由恋愛の国であるならこれくらいは日常茶飯事だろう。
しかもレオンは毎日女性と遊んでいるのでこういうことをするのは呼吸をするようなもの。
しかし、番以外の男性とデートと言うのは妙な背徳感がありスリルが脳を刺激する。
「(そうか……これが自由恋愛というやつか)」
リナリーはハイビ国が自由恋愛を推奨する理由がわかったような気がした。
それから何事もなく、レオンはリナリーをリンファの家へと送り届けた。
「今日はありがとうございました。陛下のおかげでハイビ国が好きになりました」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。……また俺と出かけてくれるかい?」
「もちろんですよ」
リナリーは親切なレオンを友人認定した。
家の戸をノックすれば、リンファが出迎える。
リナリーの頭のてっぺんから足のつま先まで視線を動かし、乱れた様子はないかを確認する。
「なにもされてなイ?」
「とっても親切だったよ」
「それならよかっタ」
笑顔でリンファが道を開け、リナリーは家の中へと入る。
そんなリナリーの背を見たレオンは別れが惜しくなり突き動かされるように声を掛ける。
「リナリー、明日も俺に付き合ってくれないか?」
「明日は私と出かけるのヨ。じゃあ送ってくれてありがとうネ」
そう言い切り、リンファは無慈悲に扉を閉めた。
レオンが何かを言っていたような気がしたリナリーは振り向くが、リンファが何も言ってなかったと首を振ると気の所為だったと受け入れ、疑いもしなかった。
次の日、リンファは友人二人を交えて買い物に行かないかとリナリーに提案した。
リナリーは目を輝かせ、久々の女子同士の遊びに胸が弾む。
リンファの友達のターニャとツミキは懐が広くリナリーはすぐ打ち解けた。
目的としてはリナリーの身の回りの物を揃えるためであるが、あてもなくぶらぶらと思いついたものの店に行くという緩い買い物であった。
「ちょっと待っテ!今すれ違った男、凄くいい男だっタ!」
「え!?本当二!?どこ!?どこいいるノ!?」
「ターニャの美的感覚は私に合わないから期待してないけど……そこまで言われると気になるネー」
「うん。私も気になる!」
リナリーは女子のわいわいとしたこの雰囲気が好きであった。
男性には興味がなかったが、一緒に共有する楽しさが良かった。
「(やっぱり女友達と一緒にいるのが一番楽しいわ)」
最近男疲れ気味のリナリーはしみじみと今の幸せを噛みしめた。
会話をしていると結婚の話になり、アステル国の文化を知らない三人は興味津々でリナリーの結婚事情を聞いていた。
「番同士の結婚、ネー。よくあんなに面倒な手続きするよネー」
「ほんとほんと。あんなに拘束されるのに、簡単に離縁できないなんて地獄ヨ」
辟易としている反応にリナリーは首を傾げる。
詳細を訊いてみれば、ハイビ国の婚礼は一般市民は3日ほど続き、階級が高くなればなるほど婚礼の日数が増えていく。
王族の結婚はなんと一年も続くと聞かされたリナリーは流石に目を剥いた。
しかも、簡単には離婚できず、署名を集め、役所を通したあと、数か月の待機後、裁判所に持ち込まれ……ほかにもいろいろ手続きをしなければならないのだが、最終的には王の許可が下りないと離婚は出来なかった。
自由恋愛推奨してるからこそ結婚を望むものはそれなりの覚悟が必要ということなのだろう。
「レオンも一年も女遊びができないなんて耐えられない、って言ってたヨ」
「あはは!結婚しても女遊びする気満々じゃなイ!」
「あれは病気ヨ」
結婚がこんなにも困難であるならば、ますますリナリーはこのハイビ国を気に入ってしまった。
ここが安息の地であるとのだと疑う余地はなかった。