三人目の番パート2
修道院での生活も慣れ始め、数ヶ月が過ぎたある日のこと。
やけに機嫌が良さそうなルベルが洗濯物を干しているリナリーのもとへやってきた。
「リナリー。明日は僕の誕生日なんだ」
アステル国は数え年なので満年齢で歳を重ねるのはリナリーにとって珍しいものであった。
色んな決まりがあるのだなぁとリナリーはしみじみ思った。
「へー。何歳になるの?」
「12」
「え!?それにしては小さすぎない!?」
「あー!酷いなリナリー!僕の成長期はこれからだよ!」
ぷんぷん可愛らしく怒っている彼が4歳しか年が変わらないことにリナリーは心底驚いた。
背の低さと子供っぽい言動ですっかり騙されていた。
男性の成長期は女性に比べれば遅い方であることを思い出し、リナリーはこれからルベルには厳しく指導することを心に決めた。
「まあ、それはいいとして。明日は僕の誕生日だからさー、プレゼントはリナリーがいいな」
ルベルは不穏なこと言葉を言い放つ。
はっきりと断らなければならないと危機察知能力が警鐘を鳴らす。
「それは無理。あなたの好きな焼き菓子焼いてあげるからそれで我慢しなさい」
「……」
ルベルは返事をしなかった。
ただにこにこと笑う彼にリナリーはただならぬ不気味さを感じてた。
次の日の修道院内はやけに慌ただしかった。
先輩のシスターに聞いてみれば午後一でルード国の重鎮たちが修道院に訪問するとの話であった。
事情を聞いたリナリーも言われるがまま準備を手伝った。
そして、昼食を終え、午後にルード国の者たちが修道院へと訪れた。
修道院の建物の前で彼らを一同で出迎える。
神父と髭を生やした老齢の男性が挨拶を交わす。
「長い間本当にお世話になりました」
「いえいえ。いつもルード国にはお世話になっております故、お気になさらずに。さあ、ルベル。こちらへ」
神父はルベルを名指しする。ルベルは飄々とした様子で進み出る。
老齢のヒゲを生やした男性は恭しくルベルに頭を垂れた。
「ルベル様。お迎えに参りました」
「ああ。ご苦労であったな」
「(ん?)」
リナリーは首を傾げた。
二人のやり取りはまるでルベルがルード国の重要人物であるかのようだ。
不思議に思っているのはリナリーだけのようで、周りの者は祝福しているかのように微笑みを浮かべている。
知らないのは自分だけなのだとリナリーは察し、隣のシスターにこそっと問う。
ルード国は王ではなく、教主が国を統治している。
信心深いため、次の教主となる者は12になるまで修道院で暮らすという慣習があった。
修行の意味合いもあるため、修道院はルベルを特別扱いすることなく他の孤児たちと同じように接しなければならなかった。
新参者のリナリーがそれを知らなかったのは無理もなかった。
「(どうりで見目が他の子と違うわけだ)」
もやもやがすっきり解消された気分だった。
リナリーにとってルベルが修道院を去るというのは寂しさより安心感のほうが勝っていた。
達者で暮らせよ、という言葉で見送ろうとしていたが、流れが変わる。
「あ。そうそう。僕の番も一緒に連れてもいいかい?」
「なんと。番をその年でお見つけになられたのですか?」
“番”そのワードを聴いたリナリーは顔をしかめた。
嫌な予感がして後ずさる。逃げたほうがよいと警鐘が鳴る。
しかし、そんなリナリーをルベルが逃がすわけがなかった。
光の速さで彼女に近づき、腕を引く。
「紹介するよ、僕の番でリナリーっていうんだ」
「な、なんという神の思し召しであろうか……」
シスター姿のリナリーを見て、老齢の男性が身を震わせ驚愕する。
ルード国は宗教国ともあり、神の思し召しを大事にしている。
その為、二人の出会いのきっかけが修道院であるのがまずかった。
老齢の男性が、ルベルとリナリーの巡り合わせが必然的に神の思し召しと解釈してしまうのは仕方のないことであった。
「帰ったらすぐに祝言をあげようと思うんだ」
「そうですね。すぐに手配いたしましょう」
「ち、ちょっと待ってください。私が他の殿方と結婚すればアステル国とセイラ国が黙っておりません」
黙っていないのはアルフォンスとエリックだけだが、最悪3カ国で戦火が飛びかねない。
リナリーは誰か助け船がいないか周囲を見回すも視線をさっとそらされる。
修道院は中立を保っているものの、昔から支援が熱心であったルード国寄りであった。
それに神の思し召しとまで言われればどう説得すればよいのか難しくあった。
なので無言を貫き通している。
「安心してほしいリナリー。僕は君を守るために戦うよ」
リナリーの手をルベルは両手で包み込み真摯の眼差しを向けた。
戦うことが駄目だと言っているのに話が通じていなかった。
「(まずいまずいまずいまずい)」
絶体絶命の大ピンチ。
リナリーはどうにか切り抜ける方法を考える。
自分のせいで戦争が起こってしまうなんて洒落にならない。
頭を抱えていると上から黒い何かが降ってきた。
リナリーは一瞬瞠目するもその黒いものは黒装束を纏っている人であった。
背の高さ、体格から男であるとわかる。
突然のことで呆気に取られている間に、男はルベルを腕の中へ捕らえナイフを彼に突きつけた。
どうやら男は修道院の屋根に潜んでいたようで、周りを見れば同じ黒装束を纏った複数人が取り囲んでいる。
「ガキを解放してほしければこの袋一杯に金貨を積めろ!」
男が腰に下げていた袋を老齢の男性の前へと投げる。
おろおろしながらも老齢の男性はそれを拾い上げる。
「す、すぐに用意しますので。なにとぞルベル様には手出ししないようお願いします」
そのやり取りを見て、リナリーは急いで部屋に走った。
そして二ヵ国の王から褒章とともに受け取った山のような金貨が入った大袋を手に抱え再び元の場所に戻った。
「金貨を用意しました」
「早っ!?」
リナリーは声高らかに言った。
時間を要すると思っていた男はあまりの用意周到さにツッコミを入れざるを得なかった。
しかもリナリーの腕に抱えている袋は男が投げた袋よりも大きいものだった。
「リナリー様。そのお金は?」
「もしもの時のために手つかずにいたお金です。ルベル様を助けることができるのなら私は喜んでこれを差し出しましょう」
老齢の男性の問いかけに応えるリナリー。
なんと献身的な女性なのだと老齢男性は感激のあまり涙を流した。
「本当に金貨なんだろうな!?」
リナリーは疑う男のために袋の紐を解き、中身が見えるように開示した。
金色に輝くそれはまさしく金貨であった。
「な、なんか展開が早すぎるような気もするが……ま、まあいいか。このガキは金貨を受け取り次第解放しよう」
男の要求に老齢男性が頷く。
リナリーばかりに負担はさせまいと老齢の男性は自ら男に受け渡す役目を負うことにした。
リナリーから金貨の入った袋を受け取ろうとする。
手が震えている彼にリナリーは静かに首を横に振った。
「お待ちください。その取引、私に任せてください。ルベル様は私の番です。必ずや彼を助けてみせます」
殊勝な態度でそういう彼女に老齢男性は再び感動し、涙を流した。
金貨を用意した挙句、自ら受け渡しを名乗り出るリナリーに男は、番の為ならこんなにも危険を顧みず行動できるものなのかと感心していた。
リナリーは黒装束の男を見据えゆっくりと彼に近づいていく。
捕らえられたルベルは心配そうにリナリーを見つめる。
リナリーは男の前で止まると、抱えていた袋を渡す。
袋を受け取った男はルベルを突き飛ばすように解放した。
リナリーはルベルが解放されたのを確認するとすかさず男の腕を掴み、自らを捕らえるよう仕向けた。
「あーれー」
「リナリー!!」
男はそのつもりはなかったのにいつの間にかリナリーが腕の中にいることに度肝を抜かれた。
呆気にとられている男に、ルベルは顔を赤くし叫んだ。
「卑怯だぞ!要求を呑んだというのにリナリーを人質に取るつもりか!?」
「あ……いや、決してそんなつもりはなく」
自分でも何が起きているか分からない男は言い淀む。
男の仲間たちもまさかの事態にざわついている。
そんな状況とはお構いなく、リナリーは男に小声で声を掛ける。
「ちょっとあんた、私と取引しない?」
「は?」
リナリーの持ちかけに男は間の抜けた声を出す。
すかさず声が大きいと叱咤される。
「このまま私を連れて逃げなさい。私が責任を持ってあなた達を逃がしてあげる。それに私は彼の番。私がいることであっちも下手に手だしができないわ」
不思議な取引であった。
金貨も自身のものであるはずなのに、彼女になんのメリットもない。
男は気がかりではあったが、逃走経路が安定するのは願ってもないこと。
悩んだ末に彼が下した決断はリナリーと手を取り合うことであった。
「ふ、ふはははは!馬鹿め!俺が素直に言うことを聞くとでも思ったのか!?」
迫真の演技にリナリーは肝の据わった男だと見直した。
負けてはいられないとリナリーも覚悟を決め、ルベルへと手を差し伸ばし口を開く。
「ルベル様!私のことはお気になさらずに!きっとこの日のために神が私たち二人を引き合わせたのでしょう。貴方は教主としての責務をしっかり果たしてください」
「リナリー……」
嬉しくて涙を浮かべているリナリー。
悪党に捕らえられてもなお健気に自分を思ってくれているとルベルは痛む胸を抑える。
彼が運命とは残酷なものであると思い知った瞬間である。
ルベルが動こうとすればリナリーに刃を突き立てるため身動きが取れない。
何もできない己の無力さにいら立ちを感じながらも、ルベルは叫んだ。
「リナリー、絶対に助けに行く!それまで待っててくれ!」
「いいえ!私のためにルベル様が危険を犯す必要はありません!どうか、どうか私のことは忘れてください!」
あーれーと言いながら、リナリーは男の行く先へと足を動かす。
ルベルたちの姿が見えなくなると、男は呆れた顔でリナリーを見た。
「お前よくもまあ、あんな臭い芝居ができたもんだな」
「自分の身のためなら私はなんでもできるのよ」
ふふんと得意げにリナリーは笑う。
一国の教主の番というのは度胸があるのだなぁと男は感心する。
後ろを向けば追うものはいない。
人質に取ったことは正解だったと思う一方で、やっかいな女を引き受けてしまったような気もしてしまう。
逃走用に用意していた馬車に乗り込み、目指す先は海であった。
潜伏させていた船まで着くと男はリナリーを解放した。
「お前のおかげで難なくことを運ぶことが出来た。ありがとな」
「いいえ。お礼なんていいのよ。今からお世話になるんだから」
リナリーは満面の笑みを男に向けた。
言っている意味が分からず男は首を傾げる。
そんな男の横を通り過ぎ、リナリーは船へと歩みを進める。
「お前船にも乗る気か!?」
さすがに男はぎょっとする。
そんな男に構うことなく、リナリーは涼しい顔で船へと乗り込む。
この国にいても安息の地がないことを知ってしまったリナリーは新天地にいかなければならなかった。
彼らの逃走手段が船であるのは願ってもないことだった。
男たちはリナリーが共に来ることに酷く狼狽していたが、一刻も早く大陸から出たいという焦燥の方が勝り船を出航させた。
リナリーは動き出した船の甲板へ出て3カ国がある方を向いた。
「あばよ。もう二度と会うことはないだろう」
強い潮風が吹き荒れ髪が大きく靡くが、リナリーはとても気持ちの良い風だと感じていた。