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二人目の番


一度抱きしめることを了承してしまった反動かアルフォンスとの逢瀬は少々変わったものになった。

人は一度許されてしまうと歯止めが利かなくなってしまうのか、アルフォンスは度々リナリーを抱きしめたいという衝動に駆られるようになってしまった。

しかし、彼はそれを抑える。

リナリーの嫌がることをしないためだ。

精神的に抑え込むのは限界があったようで、彼は考えた末、腕立て伏せ、上体起こし、スクワットなど体を鍛えることで衝動を抑えようとしていた。

その姿を見る度にリナリーは「(これ以上鍛えるのはやめろー!)」と叫んでいた。

しかし、止めることはできない。

他で紛らわしてもらわなければ自分の身が物理的に砕けてしまう可能性があるからだ。

リナリーに出来ることといえばダンベルを夜な夜な持ち上げることだけであった。


アルフォンスが訪れる度に家の至る所が破壊され、父はただただ家の修理屋さんと化していた。

板を調達し、咥えている釘を打ち付ける姿はまるで職人のようであった。

随分と見慣れた姿になっていたが限界だったのであろう。

父はアルフォンスに屋敷の修理を請求した。


「確かに……なぜ今まで私は気づかなかったのでしょう。直ちに修理の依頼を私から手配します」


本当になんで気づいていないのか。

彼の目には初めからオンボロ屋敷にでも見えていたというのか。

なにはともあれ屋敷が直る見通しができ、父とリナリーは喜んだ。

しかし、母はアルフォンスの申し入れを静かに手で制した。


「いえ。アルフォンス殿下。修理をするならばいっそ立て替えてしまいたいので、とりあえず家が再起不能になるまで待っていただいてもいいでしょうか」


母は暗にアルフォンスが家を粉々にしてしまうまでは待ちましょうと言っている。

アルフォンスを解体屋かなにかと勘違いしているようだ。

表には出していないものの母から出ている気のようなものは否を許すものではなかった。

オーラを感じ取ったアルフォンスは「わかりました」と答えた。それを見た父は泣いた。



アルフォンスは長期休暇を取っていたが、騎士団長をしている身。

さすがに数か月の不在は許されなかったため、復職しなければならなかった。


「リナリーと会えなくなる日がこんなにも辛いとは……いっそ騎士団を辞職しようかとも考えてしまう」

「しっかり働いてください。それに……今まで口にしたことはありませんが、私は騎士団長を務めているアルフォンス殿下を誇りに思っていますよ」


リナリーは毎日アルフォンスに会うことに慣れ切ってはいたがたまには一人で過ごしたり友人と遊びに行きたかった。

なので、彼が仕事に復帰することに対して手放しで喜んでいた。

リナリーの献身的な態度にアルフォンスはじーんとしていた。


「リナリーが寂しくないように毎日手紙を書くと約束しよう」

「お待ちしております」


笑顔でアルフォンスの乗った馬車を見送るとリナリーは自由の身になったことをほそく笑む。

速攻で友人に連絡を取り、次の日に遊ぶ予定をいれた。

そして次の日の朝、朝刊を取りに行った母の手には新聞とは他に白い封筒が握られていた。


「リナリー。アルフォンス殿下から手紙が届いてるわよー」

「は!?昨日の今日でもう手紙が届いたの!?」


さすがに早すぎるだろうとツッコミをいれたくなるが、母から受け取ったのは間違いなくアルフォンスからのもので、封蝋は王家の紋章が押されている。

リナリーは手紙の内容に目を通すと返事は次の日でいいかと友人と遊びにでかけた。

しかし、手紙は次の日も送られてきた。無論、返事は書いていない。

慌てて手紙の返事を書き、郵便屋へと走る。

ほっと一安心したリナリーだったが、次の日、朝刊を取りに行った母の手には見覚えがある封筒が握られていた。


「(ば、馬鹿な……毎日書くってのは建前的な意味合いじゃなかったのか……)」


連日送られてくる手紙にリナリーは戦慄した。

手紙は彼の言葉通りに毎日送られてきた。

返事を書くため筆を執る。書き終われば、郵便屋に走る。

まったくもって、彼女は自由ではなかった。

寧ろ、アルフォンスが家へと出向いてくれる方が楽までもあった。

今の彼女は手紙に踊らされている哀れな女だった。


手紙の内容には二人で旅行に行きたい旨が書かれていた。

リナリーは始めは乗り気ではなかったが、友人が隣国のセイル国に遊びに行ったことを楽しそうに語っていたことで興味が湧いてきた。

行ってもよいとの返事を書けば感極まった彼が家へと突撃訪問してきた。


「リナリーとの旅行……とても楽しみだ。どうせならリナリーの好きなところに行こう。宿泊期間は一か月か?いや、一年でも良いな?」

「三日くらいでお願いします。行き先は……友人がセイル国の巨樹が立派だったと言っていたのでセイル国に行きたいです」

「セイル国か……。旅行とはいえ、セイル国は友好国のため王に挨拶しなければならないのだが、共に(婚約者として)来てくれないだろうか?」

何か含みのある言い方を感じ取ったが、発言自体に引っかかるところはないためリナリーは了承した。

しかし、まさかこれが更なる波乱を巻き起こすことになるとはリナリーには知る由もなかった。


旅行の日当日、朝早くに迎えに来たアルフォンスにエスコートされリナリーは馬車へと乗り込む。

セイル国の王と謁見があるため事前にアルフォンスからドレスと装飾品を贈られていたリナリーはそのあまりの豪華さに受け取る手が震えた。

そういう事情があり、リナリー旅行当日だというのに借りてきた猫のように静かであった。

アルフォンスは自身が贈ったドレスを身に纏ったリナリーが愛おしくなり悶えていた。


王宮に到着し、盛大な歓迎を受け謁見の間へと案内される。

王とのやり取りはアルフォンスにすべて任せることにしていたリナリーが唯一すべきことは、この日のために何度も練習したカーテシーだった。

それもつつがなくこなし、リナリーは王の許しで面を上げる。


玉座の間には王と王妃が玉座に座っており、その横には第一王子エリックが控えている。

第一王子エリックは若く、金糸のような髪を一纏めに後ろに流し、長いまつげが縁取るのは宝石のような碧眼。肌は白く陶器肌のように滑らかで透明感がある。まるで天使のような青年だ。

その隣には彼の美貌には敵わないが、高価な装飾品で着飾った美しい女性が寄り添うように立っている。おそらく婚約者だろう。


リナリーは意識をしていた訳ではなかったが、彼と目が合ってしまった。

その瞬間、彼の瞳が瞠目する。

リナリーの危機察知能力が警鐘を鳴らすため目をそらした。

それがよくなかったのか、エリックは王が話しているにも関わらずリナリーを凝視したまま彼女の前へと歩み寄る。

制止する声など耳に届いていないのか彼の意識はリナリーにしか向いていない。

近づいてくるエリックにリナリーは相手が王族の立場にあるため動けずにいた。

そんなリナリーに構うことなく、エリックは彼女の顔の横へと顔を近づけ匂いを嗅ぐ。

既視感のあるスーッと吸われる音にリナリーの全身はぶわっと鳥肌が立った。


「やっと会えた……」


エリックは顔を離すとリナリーにとろんとした瞳を向けた。

とろけるような甘い瞳にリナリーは背筋に冷たいものを感じた。


「エリック殿下、私の連れになにか?」


異変を感じ取ったのかアルフォンスは二人の間に割って入り、リナリーを背後へと押しやる。

エリックはアルフォンスの問いかけに応えずただ一瞥した後、彼に背を向け王に向き合う。


「父上。ようやく会えました。彼女が我が番です」

「な、なんと!それは誠であるか!?」


エリックの発言を皮切りに、謁見の間がざわつき始める。

リナリーはこの場から口笛をふかしながら素知らぬ顔で立ち去りたい気持ちに駆られていた。


「(ワンチャン……ワンチャンイケるか?)」


逃げ腰のリナリーに対し、アルフォンスはさすが王弟兼騎士団長といったところか、怯むことなく声を張り上げる。


「お言葉ですが、エリック殿下。リナリーは私の番です。誤解なきようお願いします」

「いいや。アルフォンス殿。リナリーは我が番で間違いないようだ。目があった瞬間、稲妻に打たれたかのような衝撃……そしてこの胸の高鳴り……紛うことなく我が番だ」


二人の間に静かに闘争心が芽生える。

お互いが目を逸らすことなく、にらみ合う。

エリックの傍にいた女性は虚を突かれていたが、ようやく状況整理が出来たのか、自分の立場が危うくなっていることに叫んだ。


「待ってくださいエリック殿下!私との婚約はどうなさるおつもりですか!?」

「君との婚約は番が現れなかったときの保険だと契約書の条項に記載していただろう。今まで大儀であった。下がってよい」


酷く冷たく言い放つ。

それでも縋りつく女性をエリックは振り払い、声高に宣言する。


「アリアとの婚約は今この瞬間をもって白紙と戻す!」

「そんな!あんまりですわエリック殿下!」


目の前で突如行われる婚約破棄劇場をリナリーは他人事のように眺めた。

アリアと呼ばれた女性はわなわなと震え、行き場のない怒りの矛先をリナリーへと向けた。


「あんたのせいで……よくも……よくも……私のエリック様をー!」


鬼気迫る表情でアリアはリナリーの前まで歩み寄り、手を振り上げるが振り上げた先に待っていたのはアルフォンスの手であった。

腕を掴まれたアリアは身動きが取れなくなった。


「我が番に手を上げるとはなんという残忍な女だ。一度でも伴侶として迎え入れようとした己が恨めしい。その女を連れていけ!」

「リナリー、怪我はなかったか!?」


アルフォンスがアリアの腕を受け止めたというのに怪我なんてあるはずがない。

怒涛の展開ではあったが、リナリーはこのまま彼女の婚約が無効になれば自分に災いが降りかかる気がし、急いで声を上げる。


「待ってください!私が現れたということだけで彼女の婚約を破棄してしまうなんて理不尽ではないでしょうか!?」

「同情はおよしなさい!ああ。憎たらしい。こうなったら自ら斬首を望み、死後あんたに取り憑いてやるわ」


暗い表情で嫌な笑いを浮かべたアリアにリナリーは口を引きつかせた。

この国の貴族のもともとの特徴として、煌びやかな裏で残忍で陰湿な性質を持っているとかいないとか。

とにかくリナリーの言葉はなんの意味もなさず、アリアは兵に連れていかれた。


「これで我ら二人の障害となるものはなくなった。リナリー、改めて君を花嫁として迎え入れよう」


たった今婚約破棄したばかりだというのに他の女性を娶ろうとしている彼はサイコパスかなにかなのかもしれない。

外見は天使だが、内面は悪魔のような男だった。

リナリーはやはり災いが降りかかったかと眩暈がした。


「婚約者であった淑女に罪悪感の欠片も抱くことなく捨て去る男がリナリーの番であるはずがない!」


騎士道に反するエリックの行いをアルフォンスは到底受け入れることができず、嫌悪を露わにする。

そんな彼をエリックは鼻で笑う。


「人が人でいられるのは決まり事を守ってこそであろう?契約を反故にしようとしたあれは罪人だ」


二人が応酬する中、リナリーは頭を抱えていた。


「(番が二人いるなんて確率的に低いはずなのに……なぜ!?)」


複数の番は過去にも事例はあるが滅多に確認されないため稀であった。

その事例はどちらに対しても番だとみられる反応が起きている。

まさかの事態に頭を悩ますリナリーだったが、いがみ合う男性二人はそんなそんなことでは止まらない。自分こそが番だと主張し続けている。


「どちらが番であるかなど、リナリー本人に直接訊けばよいではないか」


王の発言にリナリーは一斉に注目を浴びる。

リナリーは参っていた。

なぜならエリックにもなんのときめきを感じられずにいたからだ。

確かにエリックは天使のように美しいが、リナリーはそれ以上に冷酷な性格に恐れを抱いていた。


「非常に申し上げにくいのですが、私はお二人のどちらが番であるのか皆目見当もつきません」

「なに!?二人のどちらに対しても何も感じないと申すか!?」


素直に頷けば周囲がざわめく。

ここでアルフォンスを指名しておけばよかったのかもしれないが、後で嘘だとばれるともっと面倒なことになりそうなのでリナリーは敢えて真実を話すことにした。


「リナリー。番を見分ける方法は簡単だ。こんなおっさんがリナリーの番なわけがない」

「(……)」


痛いところを指摘された。

アルフォンスの唯一気になる点といえばリナリーの許容する年の差を超えていることだった。

愛があればいいのであろうが、愛が芽生えていないからこそ気にする点の一つであった。

そのこともあってつい納得してしまうリナリーだったがさすがに失礼かもと反省した。


「年の差は関係ない。愛する心が大事なのだ」


その愛がなければどうすればよいのか。

とはいえ、リナリーはアルフォンスに対して情はあるためその意見に否は突きつけなかった。

話は平行線を辿るばかりで何も解決せず、疲弊してしまった王がとりあえず今日のところはお開きにしようという言葉で謁見の間から皆が退室する。

リナリーとアルフォンスは街に宿を取っていたが、引き留められ王宮に宿泊するよう勧められる。


「リナリーは我の部屋へ泊まるといい。二人きりで今までの空白の期間の穴埋めを存分にするとしよう」


エリックは流れるようにリナリーの手を取ると手の甲に口づけする。

それを目にしたアルフォンスがエリックからリナリーの手を奪うと懐からハンカチを取り出しその手を丁寧に拭った。

バチバチと二人の視線が交差する。


「(勘弁してくれ……)」


リナリーの苦悩は続く。



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