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一人目の番パート2


アルフォンスとの攻防戦(宿泊阻止)を夜まで繰り広げ、彼がようやく帰った次の日の朝、リナリーは外の空気を吸うために玄関の戸を開け、外に出ると大きく伸びをした。

未だに自分が王弟の番だとはピンときていなかったが、本物の番であるならば時期にわかってくるだろうとリナリーは深く考えることをやめた。

しかし、とりあえず今日一日は自分が置かれている状況を整理したいので家でゆっくりしようと体の伸びを解き、息を吐いた。


「おはよう。今日もいい朝だな。……本当に……今までにないくらい素敵な朝だ。こんな朝を迎えることが出来たのもリナリーがいるからだろうな」


朝にふさわしい爽やかな笑顔をアルフォンスがリナリーに向ける。

それを受け取ったリナリーは一日の計画がおじゃんになったと瞬時に理解した。


「……本当にいい朝ですね」


リナリーはにこりと愛想笑いをアルフォンスへと返すと、すぐさま家の中へと逃げ込み扉の鍵を閉める。


「(……幻か何かか?)」


今自身が目にしたものに首を傾げる。

返事に応えはしたが、いまいち状況を呑み込めずにいた。

昨日の今日で、しかも朝一で会いに来るアルフォンスの行動がリナリーは不可解だった。


「(そうだ。やっぱり幻に違いない。だって王弟殿下は騎士団長なんだから、こんな立て続けに女に会いに来るほど暇人じゃないはず)」


そう結論を出したが再び外に出る選択はなく、リナリーは自室に戻ることにした。

昨日のこともあり疲れが取れていないのだろう。あんな幻を見てしまうなんて。

自分に言い聞かせるようにうんうん頷きながらリナリーは背にしていた扉から離れようとした。

と同時にメキメキメキという木が軋むような音がリナリーの耳に付いた。

不思議に思い音がする扉に目を向ける。

そして目を疑う。扉の隙間が大きくなっていき、外の光が漏れだすほど扉が大きくしなっている。


「リナリー大丈夫か!?」

「ぎょえー!!」


バキィッ!という扉が壊れる音と共にアルフォンスが家へと乗り込んでくる。

そのあまりの迫力にリナリーは身の危険を感じ悲鳴を上げた。


「あ、あばばばばば」

「大丈夫か!?どこか具合が悪いのか!?」


腰を抜かしてへたり込んでいるリナリーにアルフォンスは駆け寄ると彼女の両肩掴み激しく揺らした。

あまりの現実とかけ離れすぎた衝撃にリナリーはあばばばばとしか言えなくなった。


「リナリー!どうした!?……ひぃ!」


父が駆けつけるも扉の粉塵が舞っている中に体格の良い王弟が現れたのを目にすると父はリナリーと同じく腰を抜かしその場にへたり込んだ。

そんな父の態度に何を勘違いしたか、リナリーのことが心配でショックを受けたのだとアルフォンスは解釈した。


「お父様、状況を説明しますと、リナリーが急に血相を変えて家に入ってしまった為、体調が悪くなったのだと判断し緊急で扉を壊したところ、やはり彼女は具合が悪かったようでこうして介抱しているのです。私が付いておきながら彼女の体調の変化に気が付かないなんて……不甲斐ないっ!」


歯を食いしばる。悔しさのあまりアルフォンスは拳を床に叩きつける。バキッと木の床が抜ける。

次々に家が壊されていく様をリナリーと父はただただ震えながら見守ることしかできなかった。


「どうしたの二人とも?朝っぱらから騒がしいわねー。……あら。アルフォンス殿下じゃありませんかー。おはようございます」


騒がしいのは二人なのか、それともアルフォンスなのかは定かではないが母は視界にアルフォンスを捉えると近所の奥さんに挨拶するかのようにお辞儀した。

そんな母にアルフォンスは騎士らしく恭しくお辞儀する。


「おはようございますお母様。今日もお綺麗ですね」

「あら、やだ。おほほほほ。お世辞でも嬉しいですわ」


口元に手を当て上品に笑う母は屋敷が破壊されていることに気づいていないのか。

それともただ現実逃避をしているだけなのか。

一切そのことについては触れない。

その母のマイペースさが呆れつつも羨ましいとリナリーは思った。


「どうぞ上がってください。お茶をお淹れしますわ」

「お心遣い感謝いたします。しかし、今はリナリーの身体が先決です。一刻も早く王宮の主治医のもとへと連れて行かねば!」

「いい!いいから!元気ですから!」


お姫様抱っこをしようとするアルフォンスからリナリーは身を捩じってなんとか逃れる。

心配しているわりにはお姫様抱っこという行為をアルフォンスは嬉々としてやろうとしている節があった。


「(まさかとは思うがこのまま王宮に行ってたら家に帰れなくなってたとかないよな?)」


リナリーの危機察知能力が働く。

アルフォンスはリナリーが元気であることを喜ぶどころかしゅんとして肩を落としているのでもちろん帰れなかっただろう。


「まあ。アルフォンス殿下ったらすっかり娘に夢中なのですね。リナリー!ほら、ぼーっとしてないで客間に案内してあげなさい!」


さも当然のように自分が相手をさせられることにリナリーは納得がいかなかった。

光の速さで母の傍へと詰め寄った。

言いたいことは山ほどあったが、一番の問題点を突きつけなければならなかった。


「ちょっとお母さま!家の現状に対していくらなんでも無関心すぎるでしょ!」

「王弟殿下のもとに嫁ぐならこんな屋敷どうなっても構いはしないわよ」


リナリーがこそっと耳打ちすれば母ははしれっと言葉を返す。

ただのマイペースかと思いきや打算的な思考からであった。

母はお茶の用意をするためにキッチンへと向かい、その後姿を見送ったリナリーは渋々だがアルフォンスへと顔を向けた。


「あの、とりあえずどうぞこちらへ」


ただの枠と化している玄関とか穴が開いた床とかそういうのを気にすることを止めにし、リナリーはアルフォンスに声を掛ける。

それを目にしたアルフォンスは少年のような笑顔で頷いた。


客間は二人掛けのソファが二つあり、テーブルを挟んで置いてある。

アルフォンスを座るよう促し、その向かいのソファにリナリーは腰かけた。


「……真正面だとなんだか緊張してしまうな。席を移動させてもらっても構わないか?」


頬を染めたアルフォンスは恥ずかしいのか、そわそわしながらリナリーから視線を逸らした。

心理的に人は向かいの席に座るよりは斜め向かいか隣の席の方が落ち着くと云われている。

それをなんとなく知っていたリナリーはそういうことであるならと頷いた。


「ありがとう。それでは遠慮なく座らせてもらおう」


謙虚な笑みを浮かべたアルフォンスは立ち上がり、リナリーの隣へと腰かけた。

いや、隣と言うか真横と言うべきか、二人の間にパーソナルスペースは存在せず、腕と腕は密着していた。


「(いや近ぇよ!!)」


ただでさえ大きい体格をしているというのに。

心の中で叫んだリナリーはアルフォンスから距離を取ろうと尻を動かす。

すると彼も同じように動かす。リナリーも再び動かす。

それを繰り返せばリナリーはひじ掛けに追い込まれた。

ひじ掛けとアルフォンスに挟まれ自然とリナリーの身が縮む。


「あ……あの。王弟殿下」

「ん?どうかしたか?」

「すみませんが、もう少しあっち行ってもらえます。ちょっと(かなり)狭くて」

「ああ。すまなかった。すぐ動こう」


そう言ったアルフォンスはほんの少し、気持ち程度体を動かした。

おそらく長さ的には指一本くらいであろう。

正直リナリーはふざけるな!と怒鳴りたい気持ちではあったが相手はドアを破壊する力の持ち主。

自身の身が可愛いリナリーにそんな危険行為はできない。

しかし、このまま身を縮こませ続けるのも疲れるので指一本分の空いたスペースを使用しようとリナリーは体を動かした。


「リナリーの方から私に寄ってくるなんて……」


感極まったアルフォンスが自身の胸をぐっと押さえている。

それを横目で見たリナリーはやべぇやっちゃな……としか思えなかった。


「(番を意識しちゃうとこんな感じになっちゃうのか?怖いんだけど)」


番という概念の脅威にリナリーは恐れおののいた。

今まで当たり前のように認識していたものが実は呪いなのではないかと思えてきたのだ。

しかし、そうなるとアルフォンスは呪いの犠牲者になる。

そう思えばリナリーはアルフォンスに対して憐れむ心が生まれてしまった。

きっとこの人が自分の番で違いはないのだから歩み寄る努力をしようとリナリーはそっと決心した。

明らかな同情心からであった。

それから話をするとアルフォンスはリナリーとの逢瀬のために長期休暇を取得していると分かった。


「幼いころから私の番はどんな女性だろうと楽しみにしていたんだ。しかし、番はいつになっても私の前に現れない。次第に諦めの方が大きくなり、番のことを忘れようと休みを取らず仕事に打ち込むようになった。……まあ、そういう経緯もあり私の休暇は簡単に受理されたよ」


遠い目をしながら至近距離で生い立ちを話すアルフォンス。

その話に耳を傾けていたリナリーはそっと思った。


「(やっぱり近いな)」


それからというものアルフォンスは毎日リナリーの家へと訪れた。

リナリーから彼の家に遊びに行くという選択肢は危機察知能力がやめておけと警告するのでまだまだ先になりそうだ。

しかし、毎日顔を合わせれば慣れてくるもので、いつの間にか彼の体の大きさに対し恐れを抱かなくなっていた。そして相変わらず座る位置は至近距離であった。


そんな生活が続いた何週間目のある日、アルフォンスはやけに畏まった様子で「リナリーに一つ頼みがあるんだ」と言った。


「なんですか?」

「実は……幼いころから夢見ていたことがいくつかあるのだが……そのうちの一つを叶えてもらいたいんだ」


どうやら彼は番を見つけたらやりたいことリストがあったらしい。

少しは仲良くなったと思っていたリナリーは一つくらいなら聞き届けてもいいかという気になった。


「いいですよ。なんですか?」

「いいのか!? ……実はリナリーのことをぎゅっと抱きしめてみたいんだ」


決断を下すのが早かったかもしれない。

リナリーは少し後悔したが、まあ、親戚のおじさんともハグを交わすこともあるからいいかと了承することにした。

隣り同士で座った状態だと体を捻らないといけないのでリナリーは立ち上がり、見栄のために置いてある大きなツボの前へと立った。

そして両手を広げ、アルフォンスを迎え入れるポーズをした。


「どうぞ」


自分を受け入れようとしているリナリーの姿にアルフォンスは歓喜した。

胸がいっぱいになり、今すぐにでもリナリーを抱きしめたいという思いで彼女へと歩み寄る。

彼がリナリーを見つめる瞳は恋情に支配されているようだ。

アルフォンスの腕が体に触れる前、リナリーは嫌な予感がした。

死神の釜をリナリーの首元に突きつけられたかのような悪寒だ。

リナリーは本能的に体を捩じり、床へと転んだ。

がしゃん、と何かが割れた音がする。

リナリーは体を起こし、そちらに顔を向ける。

アルフォンスがリナリーの背後にあった大きなツボを抱き割ってた。

彼の衣服についていたツボの残りの破片がパラパラと床に散らばる。


「は!私としたことがリナリーとツボを間違えてしまうなんて……やはり緊張しているようだ」


自分の腕の中にリナリーがいないことに気づいたアルフォンスは自分の失態に羞恥を覚えていた。

そして、次は間違えないようにリナリーへと体を翻し、鋭い眼光で彼女を見下ろす。

リナリーの怯えが歯に伝わりガチガチと音を奏でる。


「や、やややややっぱり婚前の肌の触れ合いは天がお赦しにはならないのでやめましょう」


リナリーの頭に死という言葉がよぎる。

おそらく死にはしないが、どこからしら体は壊れるのは間違いないだろう。


「……確かにそれもそうだな。リナリーが可愛くてつい己の誘惑に負けてしまった。抱擁する日が来るその日までのお楽しみにしていよう」


ただただ怪我する未来を先延ばしにしただけであった。

リナリーの頬に汗がつたう。

来る日のために体を鍛えなければならなくなった。

筋肉には筋肉をぶつける。そうすれば軽傷で済むかもしれない。

アルフォンスはいつも「欲しいものはあるかい?」と訊いてくるのでリナリーは「ダンベル」とお願いした。






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